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C級勇者はどうやら逆ハーとかいう状況を手に入れた。  作者: 玉響なつめ


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70:時計の針はぐるぐるまわる

 微妙な空気の中で、私たちはどんどんと地下へ進んでいった。

 何度か、休憩のたびに疲弊していく竜人族の人たちに地上へ戻ろうと声を掛けたものの、彼らのリーダーであるバルバスさんが首を縦に振ることはなかった。

 勿論、雇い主である彼の意向を私達、菩提樹(リンデンバウム)としても最優先するべきだと思うから提案を拒否されても思うところそのものはないんだけど……大丈夫かな、という心配はどうしても、ある。


 レラジエさんとの親子関係だけで意地になっているのか、或いは地下から響いてくる、そして近づいているあの(・・)地鳴りの原因がなにか繋がっているんだろうか?

 そしてミドリアーナさん。

 今まで何故か良い幽霊さんだとばかり思っていたけれど、全面的に信頼を寄せていいものなのか?

 だって彼女以外の職員はどうしたっていうんだろう? そりゃ、全員が全員幽霊になることはないと思うし、もしなっていても長い年月の間に浄化されていたり悪霊化されて退治されている可能性だってあることは理解している。


 だけど、だけどなんだかひっかかる。


 そう、まるで魚の小骨が喉に引っかかってしまったような、痛みを伴う違和感。

 この違和感が、私の中でじわじわ、じわじわと広がって不安を煽ってくるんだ。


「ちゅぴ、ぴ?」


「大丈夫だよ、アズール」


 アズールはハルピュイアの姿でいてもらった方が何かと都合が良かったけれど、飛行系モンスターにとって室内はそこまで有利な状況じゃないことは明白だ。

 下に潜るほど潜るほどこの図書館はその階ごとにある天井にまで本棚があるので、そこから何が飛び出してくるか分かったもんじゃない。小鳥型になってもらって私の傍に控えてもらい、何かある時に索敵などで変化してもらうのがいいだろうとこれは満場一致だった。

 展示棚のようなものも増えてきた図書館のこの階層は、ミドリアーナさんに言わせると保管庫の一つらしかった。


『といっても、私は担当じゃなかったんですけど~』


「でも概要は知ってるってことですよね?」


『それは一応、職員ですから~』


 どこか誇らしげに胸を反らして叩く素振りを見せるミドリアーナさんに、ふっと微笑ましい、温かな気持ちになる。

 やっぱり疑うなんて、失礼だったかもしれない。


 ……でも、おばあちゃんは言っていた。

 冒険者たるもの、ほんのわずかでも気になったことから目を背けてはならないって。

 ただの杞憂ならともかく、それ(・・)がもしかしたら仲間の窮地を救うことに繋がるかもしれない。もしもの時に誰よりも早く反応できるかもしれない。だからこそ、それを軽んじてはいけないって。


 一流の冒険者であるおばあちゃんの言葉だもの。

 なにより私自身それを尤もだと思う。


 前世の、C級勇者だった時の私の死にざま、まさにそれだ。

 あの日、A級勇者さんが何か気になる、と言っていた。みんな、誰もそれを笑って本気にしなかった。私はお情けで仲間にしてもらっていたから、特に何かを言うでもなかったし考えもしなかった。


 結果は、急襲してきたドラゴンにおたおたした挙句に死んでしまったんだから……そうだ、あの時A級勇者さんが何か気になる、と言っていたことをきちんと頭の片隅に入れていたなら、出遅れることも、体が竦むことも少なかったかもしれない。

 あの時、致命傷を負うこともなかったかもしれない。


 今世ではそれを活かすことができるはず。

 なによりも、前回と同じような失敗をして、それが私じゃなかったら。それを思うと、胸が苦しい。


「どうした?」


「え?」


「変な顔してる」


「変なって……ひどい!」


「気になることは、言え」


 私の様子に気が付いたフェルが、声を掛けてくれた。

 そんなに表情に出やすいんだろうか?

 深く問うこともなく、私に優しい言葉をかけたフェルは直ぐに前に戻ってしまったけど……相変わらず、ズルイくらいカッコいい。


 ぎゅっと持っていた杖を握りしめて、私も気合を入れ直す。

 そうだ、私はイリスとしてできることをしていく。

 どうなるか、まではよくわかんないけど、フェルとアリュートと婚約だってしたんだし、幸せになる方向を三人で考えて行こうって決めたじゃない!


「よしっ」


 小さな声で気合を入れる。

 肩でアズールがきょとんとした可愛い顔をしていたけど、びっくりさせたらしいから小さく「ごめんね」って言っておいた。直ぐにご機嫌な鳴き声を聞かせてくれた。


 ぼぉーん。


「えっ?」


『ああ、あそこですよ~面白いでしょう? こんな状況でもあそこの中央にある時計は止まってないんですよ~』


「時計があるんだ……って、止まってないけどすごい勢いで針が回ってるよ!?」


『あれあれ~?』


 私の言葉にミドリアーナさんが今度は首を傾げた。


 彼女に言わせれば、各階の中央に巨大な壁掛けの、絡繰り時計が置かれていて魔法で時間が自動的に合わせられていて決して止まることのない永久機能を持っている、とのこと。

 仕組みは知らないけど、当時の最新型で図書館の売りのひとつでもあったんだとか。


 私たちがミドリアーナさんに会った階の時計は音から敵と判断したらしいモンスターに壊されてしまったらしいけれど、他の階にもあるはずだという。

 で、永久機能とやらあるんだから時計そのものが壊されていなければ動いていて当然、と思っていたらしいけれど……。


「まあ、止まってはいないよね」


『ですよね~』


「でもぐるぐる回り過ぎてて、なんでさっき音が鳴ったんだろう?」


『わかりません~』


 思わず全員で足を止めて、見上げた。

 中央の太い柱上の本棚、そこに迫力ある時計がかけられている。デザイン的には前世ならアンティークだって喜ばれそうなもので、そういえばこの世界で時計ってあんまり見たことないなあって見ていたらレラジエさんたち学者からしても珍しいものだったらしく、「是非近くで見たい」なんて言い出した。


「ねえミドリアーナさん、あれって外して平気なの?」


『大丈夫なはずですよ~、掃除だってしていたはずですから。でもあんなぐるぐる動いているの、近づいて平気ですかね……?』


 本来時を一定のリズムで刻むはずの時計が、止まらずぐるぐる……ってどう考えても壊れている。

 それがただ“壊れている”ならいいけど、確かに原因がわからないものを下手に触れるっていうのは……。


「ねえアリュート、あれ、呪われてないよね?」


「大丈夫だと思うけど……でもあれを外すには梯子がいるんじゃないかな。ちょっと手が届くようなレベルじゃないから」


「そうだね……アレに近寄ったところでモンスターが出てくる可能性もあるのかぁ」


「否定できないな。だが依頼主が希望である以上はなんとかするべきなんだろ」


「ちゅるぴぴぴ」


 任せろと言わんばかりの鳴き声を高らかに上げて、アズールがくるりと宙を舞う。

 その瞬間ハルピュイア姿になって、ばさりとひとっ飛び。あっという間に時計に近づいて、警戒するようにそこを起点にくるりと柱を一周回る。


 だけど、やっぱりなにも起こらない?

 気にしすぎなんだろうか?


 アズールが、ゆっくりと時計に近づいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観も作りこんでいるので、続きが気になります。 [気になる点] もう一年以上更新ないから今後もされないかしら? [一言] 更新待ってます
[良い点] タイトルからテンプレと思わせて、一気読みしたくらいにちゃんと作られた世界観 [気になる点] 続きが気になります。 [一言] 以前から侍女読んでます。 思い立って、ゴブリンやら他の短編やら…
[良い点] 久しぶりに面白い作品に出会い、一気に読み進められました、魅力的なキャラクターと丁寧な文章で、とても読みやすく、完結まで読みたく思います [気になる点] 更新をお願いします、どうか、どうか。…
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