62:幽霊
ミドリアーナさんは幽霊だ。
まごう事なき幽霊だ。
私が死霊術を使わなければ、今いる他の皆に気が付いてもらえないくらい幽霊だ。
「じゃあミドリアーナさんに未練はないの?」
『そうですねえ、本が打ち捨てられるのが悲しいと思ってましたが案外冒険者の方が知識を求めていらっしゃるという事実を知って安心もしましたし! といっても最新刊だったこれらが古書扱いとは時代を感じますが……この児童作家さん当時ものっすごい人気で書店で手に入れるのも苦労するレベルだったんですけど……続きはどうなっちゃったんでしょうねえ』
「……うーん、ゴーストって大体未練があるからなるって本にはあったんだけどなあ」
『私の場合ですが、遺跡化したこの図書館で未練があってゴースト化したところでダンジョン発生の折にこのダンジョンのモンスターカウントされたんじゃないでしょうか? 冒険者さんたちが来てくれたおかげで未練自体はなくなったんですけど成仏の兆しがなにもないですから……冒険者さんたちに倒されたら成仏なのかもですけど、残念ながら今まで私のことが見える人はいませんでしたしねー!』
明るく言うことだろうか? とちょっと思ったものの、まあ彼女の考察は妥当だと思う。
それと……多分見えている人もいたんじゃないかなと思うんだよねー。魔導師とかの中にはやっぱり死霊術が使えなくてもその素養のある人はやっぱりいるわけだしね。
でも多分……無害と思われたのか、それとも役に立たなそうと思われたかだと……。
いい人なんだけどね。
ゴーストだからいい亡霊だけどが正しい?
「あっ、フェルそこから先少し行ったところ落とし穴だからね!」
『正解です~、よくわかりますね!』
「……どこだって?」
『わかりづらいと思いますけど、そこの床に穴があるのを軟体生物系のモンスターがへばりついて隠してるんですよ。モンスターごと穴に落ちて死んでしまった冒険者をモンスターが食べてまた這いずり出てくるっていう寸法です』
「……色々計算づくめか」
フェルが嫌そうな顔をしながらも納得していた。
しかしスライムとは違うタイプの軟体動物か……ちょっと気持ち悪いなあ。
色が床と同じってことは保護色ってやつでしょ?
「ミドリアーナさん、このモンスターって珍しいの?」
『私が生きている時は珍しくもありませんでしたよ。スライム系の亜種でカモフラージュ・スライムと言います。最も、ダンジョンの内部では結構大型に成長しやすいようで……外ではこんなに大きくはなりません。基本的に燃費がものすごく悪いので動き回るのが不得意で他のスライムに獲物を横取りされちゃうみたいです』
「あー……」
つまり大飯ぐらいだけど、あんまり行動力がないから待って燃費を抑えて奪われないように食べる、完全に待ち伏せのみというパターン?
それって逆に効率悪いんじゃないかと思うんだけど……素早さよりもそのカモフラージュ能力を進化させていった結果なんだろうし、こうしてダンジョンで生きていけているってことはそれなりに結果を残してきたってことなんだと思うけど。
『昔はペットにするのが流行したものですよ! なかなか温厚な性格で知能もあって、喋れませんけど簡単な命令程度は理解できますから』
「え、それってすごい!」
『他のスライムたちも知能がないわけじゃないんですよ。ただ調教にちょぉーっと手間がかかることと、才能ある魔獣使いさんが欠かせないだけで……』
「それって致命的じゃないかな?!」
私たちの会話を聞いていたアリュートのツッコミは至極当然のことだと思う。
まずね、今の時代魔獣使いってあんまりいないんだよね。じゃあ彼女の時代はどうだったのか聞いてみればやっぱりあんまりいなかったようだ。まあ才能があったとして、調教する前に命の危険が高すぎるからね……。
魔獣を捕まえるところとか結構ハードじゃん……やりたい人はやっぱり少ないと思うよ……。
多分、低レベルの魔獣でいいっていうんならやってくれる人はいっぱいいただろうけど、望まれるのがどうしたって強そうな魔獣だもんねえ。
例えばスライムを調教するよりもグリフォンが欲しいとか、ゴブリンよりもリザードマン、とか。
いうのは簡単だしお金を積むのは(大変だけど)可能だよね。
でも現地行って捕まえてきたor捕まえてきたのをもらった、として。
そこから調教の為に毎日やりとりしてちょっと失敗したら向こうにパクリとやられるオチですねわかりました! 無理です!!
ってことになるよねー。で、できないってなると評価や評判はがた落ちになる……けど無理はできない、無理をしないとお客の要求は止まらないということかな。
うん、不人気職だわ。
「ちなみにダンジョンのでもその……カモフラージュ・スライムって温厚で知的なの?」
『そうみたいですよ。もし食料に余裕があるなら餌をあげてみてはいかがですか? 喜ぶと少しだけですけどピンク色になって可愛いですよ!』
……スライムがうっすらピンク色に染まって可愛いというんだろうか?
ちょっとミドリアーナさん、感性が違うかもしれない。
「アリュート、いいかな?」
「そうだね、ちょっとどいてもらって落とし穴の中とか参考に覗きたいかな」
「そうだな、冒険者の死骸とかは流石にないと思うが」
「あっても吸収されてるでしょ。スライムとダンジョンに」
笑えない話だけどまあそうだろう。
でも最近入った冒険者が万が一いてここにはまって死亡したなら、もしかしたら遺品くらいは持ち帰ってあげられるかもしれないというのがマナー的なものだ。
なければないで安心できるし、落とし穴の構造を知っておくのは悪い事じゃない。
というわけで荷物から干し肉を取り出してスライムの前に立ってみた。
向こうは恐らく警戒しているのか、床の形状を保ったままピクリとも動かない。
でも私たちはミドリアーナさんの証言と私の探知力とアズールの眼力で確実にそこにいることを知っているのでそっとしゃがみこんで、できるかぎり驚かせないように敵意がないよーと声を掛けつつ干し肉をぎりぎりのラインに置いてみた。
「良かったらこれあげる」
干し肉チョイスなのはミドリアーナさんの助言だ。
スライムは基本的に味とか好みはないと言われているけれども意外とあるらしい。
なんでも食べる、けれどもなんでも食べなければならない状況から脱すれば好みが出る、というものなのだそうだ。そう入門編に書いてあるらしい。……あるのか、入門書。
「っていうか読んだってことはミドリアーナさん、魔獣使いになりたかったんですか?」
『いえいえ、私の目標は最初から司書でしたよ。ただ私、この通り腕が羽でしょう? なかなか上手に本が持てなかったり細かい作業が苦手だったので、サポートしてくれる魔獣をテイムできたら便利かなと思って読んでみたんです。最初の3ページくらいで諦めましたけど!』
「はやっ! 3ページとか入門の挨拶とかで終わりじゃないですか!!」
『だって最悪腕の一本食われるくらいの覚悟で臨みましょう、なんて書かれてたら……』
「あ、それはいや……」
どんな教本だよ!! 死霊術のほうがずっと親切で優しい言葉だったよ?
死霊は怖がられてますが、こちらが礼儀を忘れず魔法陣の外に出なければ呪われたり取り憑かれたりはしません、とか……。
ルールとマナーを守ってゾンビを作りましょう、そうすれば食いつかれることはありません! とか……。
……。
…………。
………………。
あんまり変わらないな!!
そんなくだらないことを話していたら、目の前の床――に擬態していたスライム――が、おずおずとした動きで干し肉をその体に飲み込み始めたのだった。
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