59:強者と弱者
神々の意図やら昔の人たちの結婚情報やらいろいろ見て回ったものの、これと言って有用なものは見つからなかった。
やっぱり地下にどんどんと進むべきなんだろう。
それで満場一致のはずだけど、学者集団だけあって彼らには目の前に広がる本の山は宝の山でもあるらしい。
私たちが降りてすぐの所は児童書や文学系の本が並んでいた。
そこからわかるのは、当時どのような教訓をもって子供たちに聞かせていたのか、戦争のことがわかる背景が見えるものがあったり、宗教的なものであったり、そういうのが読み取れるらしい。
シトリーンさんが特に児童心理学とかそういうのが専攻らしく興味を持ってあれこれ見て回ってすっかり動かない。
こういうものだよとレラジエは苦笑して私たちに謝ってくれたけど、もしかして彼らの専攻に当たるたびにこうなるのかと思うとちょっとこの依頼、長丁場になる予感がしてきた。
同じように思ったらしいアリュートは肩を竦めただけだけど、フェルは呆れた様子を隠そうともしない。
それどころか少し苛立っているかもしれない。
「バルバス殿、申し訳ないが研究したいのは理解するがここは長く居座って日数を無駄にするのが望みとは思えない。興味が持てたものを幾つか研究材料として持ち帰る方向でお願いできないか」
「そうだな、我らが座り込んでいては折角菩提樹の皆が護衛に付き添ってくれているのに勿体ない。シトリーン、いくつか選び出せ」
「は、はい! ああでもどうしようこれも、これも……ええと、これも!」
「……イリス、いいかな?」
「ええ、勿論。シトリーンさん、急いではいただきたいと思いますが、慌てずに選別してください。他の方も含め資料として持ち出す本に関しては後々この国で長老会に申請を出すことも考慮をお願いします。その上で本棚ひとつ持って行くほど必要とは思いませんが、いかがですか」
「は、……はい、すみません」
「すまない、彼女はまだ年若い。好奇心が強すぎるようだ」
「いいえ、反省していただけたなら。……って女性の方だったの!」
びっくりだ!!!
いや、正直竜人族って男女の差がわかんないよマジでこれ。
そう言われればなんとなく声が高め……かな? くらいの。
レラジエさんがこっそりと「竜人族の女性はね、尻尾の形が僅かに違うんだよ。本当は尻尾の付け根とかが一番わかりやすいけど、まあ流石にそこを見せて歩く人はいないからね。恥ずかしいし。ほら、尻尾の先のとこがちょっと丸いでしょ?」と教えてくれたけど……うん? 丸い? かな……?
ちょっと判別できそうにないです。
シトリーンさんには謝られたけどこっちも女性と気付かなくて申し訳ないですと謝りあってこれで終了。
そっと彼女が鞄に入れようとした資料は、お詫びの気持ちとして私のマジックバッグに入れることにした。
「それにしてもここは何もいないね」
「いないわけじゃなさそうだが、相手はでかそうだぜ」
「え?」
フェルが臨戦態勢に誰よりも早く入る。
私の目にはまだ何も見えない。けれど、次の瞬間にはアズールが私の肩から飛んであっという間にハルピュイアの姿に戻り、超音波を発していた。
その超音波を喰らったのか、巨大な蝙蝠が一体床に落ちる。
それを皮切りに、天井と思っていた黒い絨毯が一斉に赤い点を纏ったみたいになり――あれがすべて巨大吸血蝙蝠だと知らされた。
なんて数だろう!!
しかしどうしたことだろう、フンも死骸もなにもなかったのに。
いつの間に?
そう思った時には先ほど落ちた巨大蝙蝠に群がるものを見て私は理解した。
それはオレンジ色のスライムだった。
アシッド・スライムと呼ばれるそれはほかのスライムに比べ行動力が高く、集団で行動し、弱った生き物がいれば生きたままでも食べてしまうほど食欲に忠実だ。
その反面、活動的に生きている存在は対象外らしく、寄ってくることもない。
蝙蝠のフンも死骸も全て彼らのエサになっているからここはこんなにも綺麗なのだ。
「イリス!」
きんっと爪で飛び掛かってきた蝙蝠の攻撃を、フェルがはじいた。
私に襲い掛かる爪を、アリュートがはじく。
これだけ数がいるならば、私がするべきは魔法を全体攻撃として放つことだろう。
だけど護衛対象たちに無詠唱を知られたくはないし、ここが本の山という事を考慮すれば燃やすわけにはいかない。
私は迷う時間も少ないと、手持ちの杖――これは、目立たない程度に良いものを買ってきただけだ――をかざして魔力をそこに集めた。
「我が魔力を思いのまま喰らい猛き雷、跳ねよ!! 雷の乱舞!」
ぱり、と最初は小さい音がしたと思うと私が望んだように空中に紫色の小さな玉が出来て、それが弾けるように周囲に放電を始め、あっという間に広がった。
そして一匹に雷が触れた途端まるで周囲に飛び散るように多くの蝙蝠がそれを喰らってぼとぼとと落ちては喜んだスライムたちの餌食になるのだ。
弱肉強食だよなあ、とどこかで思うけれど勿論これで敵が全滅したわけでも、退却したわけでもない。
寧ろ敵に反撃されたことによって彼らは怒り心頭なのか、より鳴き喚き、耳障りな音を放ち続ける。
中には超音波攻撃も含まれているのか、ちょっとくらっとした。
でも私に状態異常は効かないので次の詠唱準備に入ったところで、護衛対象のシトリーンさんが膝をついているのが見えてそちらに寄った。
「シトリーンさん?!」
「ご、ごめんなさい眩暈が」
「超音波ね」
どうやら彼女はまともに喰らってしまったようだ。
竜人族は物理に強いだろうし、真っ向からのブレス攻撃も強そうだけどこういう不可視の攻撃には弱いのかもしれない。
それほど強い敵ではないけれど、集団で襲われて四方八方から超音波が飛び交えばそりゃ難しいよね。
しかも敵は空中だしね!
「フェル、蝙蝠たちは退却路ぽいものはあるのかな」
「あるだろうな」
「そうだね、ここが一番広いけど他にも部屋はあるから」
「そう、じゃあ怯えさせるのが一番ね」
「何か手があるのか?」
「ええ勿論。アズール!!」
バルバスさんが鬱陶しそうに襲い掛かる蝙蝠を地べたに叩きつけるのを横目に、私はアズールが目の前に来たのを確認してそっと彼女の胸元の魔石に手を置いた。
「アズール、いいね?」
『勿論、マスター』
アズールからの信頼を受けて、私は彼女に魔力を注ぐ。
すると羽の色はそのままに、ふわり、と魔力がその体を包み込む。
アズールのレベルアップと共に手に入れた【威圧】。
これを私の魔力供給によって強化すれば、きっと。
なにせエリアボス候補だった程の存在だからね! 可愛いだけじゃない私の従魔。
「どう、足りる?」
『十分』
ニィイ、とアズールが嗤った。
あ、なんだかすごく悪者っぽい。
初めて私たちが会った時みたいな顔をして――ぐるりとドリルみたいに体を捩じりながら宙を舞い、そしてその存在感を蝙蝠たちにアピールする。
自分こそが強者だ。
お前たちは弱者だと。
そして彼女の目の前にいた哀れな蝙蝠は爪で切り裂かれ叩き落される。
目の前のハルピュイアは今までいなかった“天敵”である、と認知した蝙蝠たちは我先にと散り散りに、フロアを逃げまどい始めたのだった。




