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6:光明

 お母さんの死が自分に関係していたと落ち込んだ時間もありました。

 落ち込んだりもするけれど、私は元気です。


 とまあ、私は割り切ることにした。

 実際はハンリエ村から帰った私はふらふらと青い顔をしたままで、事実を話したのだというおじいちゃんに家族が掴みかかりかけたりしたんだけどそれは私が止めた。


 知って良かったと思う。

 そう言えば、お父さんがあっさりと引いてくれた。


 そして私は、今まで意識して避けていた母の遺品を見て、泣いた。

 自然と泣けてきた。

 ああ、そうか。

 『和子』じゃなくて、『イリス』が泣いているんだ。


 どっちも私なのに変なことだけど、今まで私は和子のままでいたんだと思う。

 身体がちっちゃくなっちゃったーとか、強くてニューゲームだぜ!! とか。

 そんな風にしか考えていなかったのだと思う。


 優しい家族を手に入れて、“こわい”お母さんという存在がない、そんな理想の空間がある。

 それは、でも、三宮和子のものじゃない。三宮和子が欲しかったものだ。

 それをようやく、受け入れられた気がした。


 わあわあ泣いて喚いて、きっと命がけで守ってくれた母リリファラは生きていればきっと素敵なお母さんで、私は娘として憧れたに違いない。

 そんな未来は閉ざされた、今まで彼女を見ようともしなかった。


 おかあさん、おかあさん。

 そう零れる言葉は言葉になっていなくて、とにかくわあわあ泣いてお母さんのものだったという衣類を抱きしめて泣いた。

 でも、たくさん泣いて、悲しくなって、自分にムカついて、ようやく私は、イリスになったのだ。


◇◆◇


 とはいえ。

 そういう事情を理解したとはいえ、高い魔力を有する人間の女の子、というのは今後も扱いが難しいだろうということはわかった。

 そして隠していくことはとても難しい。

 なにせたくさんの人がいて、一般人として生活する上でどこでどう漏れるかなんてことは正直分からない。

 というわけで、きちんとその危険性を理解させた上でどうするかをおじいちゃんは考えたらしい。

 それの結果がロットルさんへの相談と、今まで隠していたことの謝罪だったわけで。


 そこで出てきたのがシンリナスという人物だ。

 狼人族で、おじいちゃんとロットルさんの悪友らしい。

 この世界では学校は無くて、冒険者も誰でもなれる。

 冒険者学校はあくまで冒険者が冒険者として生きていくのに師がいない人が行くようなところ、ってことらしい。


 だからおじいちゃんとシンリナスさんは、新人冒険者のころのライバル? のようなものだったとか。

 好きなものはお肉。だからお土産を獲って会いに行こうというおじいちゃんに連れられて、私たちは森に行って今――ちょっと想像以上にでっかい獣を前に緊迫した状況である。


 おじいちゃんは「ふむ」なんていつものようにしれっとその獣を見ていたけど、私は目を丸くするしかない。

 目の前にいるのはイワイノシシだ。

 イワイノシシというのは、その名の通りイノシシだけど外殻が岩でできているからそう呼ばれる。

 でもどんなに大きくてもこんなに小山の様な大きさじゃない。

 私の生まれた世界でいうなら、馬くらいのサイズの岩の塊みたいなものだったはず。

 それでもそんな岩の塊が突撃してくるんだとしたら危険極まりないけれど、目の前のそれは見上げないといけないサイズだ。巨大な岩山だ。


「そういえば、ヌシが現れたと聞いていたねえ」


「おじっ、おじ、おじいちゃん……!」


 そんな大事な話を今思い出さないでください!!


 こちらは幼児と老人だ。

 おじいちゃんがどんな冒険者だったのか、そういえば聞いたことがないけれどこんな巨大な敵は危険でしょ。

 いうなればあれだ、ゲームでいうネームドモンスターとかそんな感じでしょこれ。


「しかしヌシとなるとその肉はさぞかし美味かろうねえ……土産にするのはちぃと惜しいが、ここは吾輩大人にならねば」


「そういう問題?!」


「イリスや、よく見ておきなさい。このくらいの魔獣を一撃で狩れるようになれとは言わないけれどね、吾輩たち冒険者というのは――」



 おじいちゃんがまるで学生に講釈をするかのように話始めた途端に、ぶぉん、と生臭い風が私たちを揺らした。

 それがイワイノシシの鼻息(・・・・・・・・・)であると知って私は嫌な汗がどっと出る。

 あちらからしたら私たちはちっぽけな存在で、あの巨躯を包む岩はまるで鉄のように固くそんじょそこらの冒険者の武器や攻撃を通すとは思えない。

 かといってじゃあおじいちゃんは武器を持っているのか?

 見た感じ、持ってない。

 じゃあ逃げるのかというのが普通だけど、おじいちゃんはあれ(・・)を狩るつもりだ。

 しかも向こうもどうやらこっちが逃げないことから『エサ』と認識したようで。


 ぶふぉん。


 再び生臭い鼻息が私たちに注がれて。

 次いでびりびりと体中が震えるような咆哮。

 耳が聞こえなくなるかと思った!!


 と思ってびっくりしているのは私だけで、おじいちゃんは軽く跳躍してどこから出したのか、両手に刃渡り30cmほどのナイフを構えている。

 スーツ姿のカラスの頭を持った爺さんが、空飛びながら両手剣ナイフだけどで巨大な敵に挑みかかるとかどんなゲームの宣伝よ?! とか思ったのは内緒。

 私のおじいちゃん超カッコいい。


 けどあれじゃあ危険だ、アイツは次に体を少しだけ前に出して当ててくる。

 それは私のステータスが、レベルアップと共に得た『先読み』の能力だ。


名前 : イリス・ベッケンバウアー

性別 : 女

種族 : 人間

職業 : 勇者

ランク: C

レベル: 10

HP : 8500

MP : 17000

攻撃 : 1800

魔力 : 15000

特技 : 神聖魔法(Lv.1)/回復魔法(Lv.8)/属性魔法(Lv.1)/身体強化(Lv.5)/鑑定(Lv.9)/翻訳(Lv.9)/アイテム生成(Lv.1)/属性耐性(Lv.7)/恐怖耐性(Lv.8)/知力強化(Lv.8)/魔力強化(Lv.5)/精霊魔法(Lv.3)/先読み


 医者がいないと聞いてポイントを振った身体強化からまさかの先読みという能力ゲットだぜ!

 でも他の特技とかについては何が必要かわからないから、まだポイントは振っていない。

 精霊魔法とやらはたまたま森の中にいた葉っぱの女の子と話したらその子が精霊でしたよとかいうオチです。


 ってことは、私は強い攻撃魔法を持たない、ちょっとすばしっこくて体力のある幼児という立ち位置は変わらない。

 回復魔法の中にあるシールド系の魔法を咄嗟におじいちゃんにかける。

 そういえばおじいちゃんを鑑定してみればよかった。今まで身内にやるのは気が引けたからやってないけど。


「ふん!!!!!」


 私のシールドのおかげかあの巨体にぶつかられても平気そうなおじいちゃんがイワイノシシの上に降り立ったかと思うと、力いっぱいあのナイフを突き立てる。

 やはり身には届かないのだろう、ヌシは平然とした様子で頭の上のおじいちゃんが鬱陶しいのか大きく後ろ足で立ち上がるようにして振り払おうとしている。


 がらん、がらん。

 そんな音を立てて岩が落ちる。

 そう、落ちる。それはたくさんという量ではないけど、確実に外殻を剝いでいる。

 急所近くの外殻を剥いで倒す気なのだと気が付いた私が思わず魔法で相手の体の動きを封じる。

 『影縛り(シャドウ・スナップ)』と呼ばれていた技は、相手の影を使うので術者の魔力次第と言われているけれど今の私ならイケるはず!


 ちなみに呪文の詠唱がないのは、それは私が『勇者』だからだ。

 あの世界での講釈によるとやはり呪文(カオス・ワーズ)によって体内と体外にある魔法力を掛け合わせて形にして放出するということだったのだけれど、異世界人である勇者はそのプロセスを必要としない。

 要するに異世界人にその世界の常識は当てはまらなかったよってだけの話。

 それがこの世界に転生して使えるのは、『勇者』の職業が関係してるんだろう……と私は考えたわけだけど。

 正直それが当たってるかどうかはわからない。


 でも家で修練の為に使った魔法は使えた。この世界の魔法ではない以上、気を付けないといけないけど。


 とにかくそれが役に立っているのかどうかわからないけど、おじいちゃんは確実に首元の岩を剥いでいく。

 早く的確だ。ってことはやっぱりすごい人なんだろう。


 『暴虐』のアマンリエの夫、ジャナリスの二つ名は一体?

 ドキドキする。私も冒険者になれば、いつかそんな風に二つ名がつくのかな?


 冒険者になれば――そうだ、冒険者になればいい。

 自分の身を守れるくらい強くなって、稼いでいけばいいんだ。

 光明を見出した瞬間、また大きく鼓膜が揺さぶられる。

 そしてズズン、とまるで地鳴りがしてヌシが膝をついた。


「さすがしぶといのである!」


「お、おじいちゃん」


「もうヤツは戦える余力はないであるよ、とどめを速やかに刺すのも慈悲である。……と、イリス」


「え?」


「ありがとう、うちの孫可愛くて優しくて天才」


 ぎゅっと抱きしめながらそんなこと言うおじいちゃんは、イケジジイだと思う。

 とか思った私はやっぱり、この祖父にしてこの孫ありなんだろう。


 おばあちゃん辺りが呆れそうだ。


 そうして私の初めての魔物討伐は、『イワイノシシのヌシ』である『岩石イノシシ』となった。

イリスは経験値を得た! レベルが上がった!! 


 なんてシステム表示が出るわけじゃない。

 ので後で鑑定してみるにして、さすがに先ほどの地鳴りで人が集まってきた。

 トドメもおじいちゃんがさした後だったので周囲に集まってきた冒険者やら狩人やらはおじいちゃんをしきりに褒めていた。

 どうやらあのヌシには手を焼いていて、討伐の依頼が冒険者ギルドにも出ていたらしい。

 お肉は我が家でもらえるけど、他の部分――骨とか皮? 岩? とかは素材として買い取ってもらう手筈が進められていた。


「さすがは『暴君』どのですな!!」



 ……祖父の二つ名は、『暴君』でした。

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