55:とある日の女子会
少し広い部屋、それは宿屋の一室ではなく、女性の生活感がある部屋だ。
そこは冒険者ピッキーがグルディで借りているアパートであり、近日中に引き払われることになっている一室だ。
その場にいるのは部屋の主たるピッキーと、小鳥が一羽に人間族の少女が2人、そしてエルフの女性がいる。
『イリス嬢、茶と茶菓子を用意した。これで足りるかの』
「ありがとうマッヒェルさん!」
『……何度も言うが、我はそなたの僕。敬称など必要ない。足りなくなるようであればいつでも呼ぶが良い。』
「はぁい」
ゆらりと姿を消した異形の存在に、身を固くしていた全員がほぅと息を吐き出した。
だが目の前に差し出されたクロカンブッシュ、ふわりとしたシフォンケーキ、焼きたてのスコーン、それらはこの世界ではあまり見かけられない洗練された菓子類だ。
イリスが前世の記憶からちょっと説明しただけで再現してしまった不死者で執事のマッヒェルも大概だが、ケーキ類が欲しかったのも事実なので正直イリスは喜んだ。
魔法を使って生乳を遠心分離した時には歓声を上げてしまったのも今ではいい思い出だろう。
イリスが「アリュートの家族のお祝いに参加してくる」と言って帰ってきたかと思うと疲労困憊な上にリッチを連れ帰った孫娘にアマンリエが仰天したとして誰が責められるだろう。
更に言えばその不死者の王とすら呼べそうな危険度極まりないモンスターであるリッチが彼女の従僕になったなどと言うのだから開いた口も塞がらないというものだ。
しかもこのリッチ、理性があるのはありがたいが恐ろしい魔力を秘めていることは一目瞭然だ。
それが恭しく本当の執事のように彼女に従う様は何とも言えず、アマンリエは愛しい孫娘の肩を掴んで無言で揺さぶってしまったものである。
とはいえ。
ベッケンバウアーの家とそれに連なる家族は順応性が高いゆえに恐慌状態から落ち着けばマッヒェルという存在を受け入れたのであった。
そしてピッキーはもうほぼ同居であることからアパートを解約するというので折角だからお泊り会をしよう、どうせなら女子会をしようと呼びかけられて今日に至るのである。
「それで女子会って何をするの?」
「うふふ、まあ女の子同士でただおしゃべりしようと思ってね。たまにはいいでしょこういうの!」
「まあ……アタシもかまやしないがね。ババァは説教臭くならないように気を付けようか」
メンバーはイリス、ピッキー、アマンリエ、メルティと言ったメンバーである。
後は一応アズールもいるが、女子として数えはするが本人は会話に混じるつもりもないのかクロカンブッシュをさっそくつついていた。
「それで女同士のって何を話すの?」
メルティが小首を傾げると、ピッキーが指をぴんと立ててどうだと言わんばかりに胸を張った。
「女同士で話すと言えば、おしゃれに美味しいモノに、それから恋でしょ!」
「ああ、そういうものかい。じゃあ婆はウマイモノの話でもしてやろうかねえ」
「何言ってるんですか、アマンリエさんが唯一の既婚者なんですからそういうお話期待してますよ!」
「……ピッキーだってもう婚儀を待つばかりだろうに、金銭面なら良い稼ぎ方を教えてやるけど?」
「うっ……それは魅力的!」
「いいなぁー私はまだ素敵な出会いすらないもんなー」
「メルティにもいつかあるよ、行商してたら出会っちゃうかもね」
「……イリスみたいに熱烈にプロポーズされるようなことはないと思うけどね」
「ぐふっ?!」
ちなみにこの女子会。
冷静に考えると超ベテラン冒険者・中堅冒険者・新人冒険者(とその従魔)・新人行商人という一つパーティ作れるよね? という構成である。
とはいえ、さすがに部屋でおしゃべりを――というだけあって、全員就寝用のラフな格好だ。
この世界ではいつどんな危険があるかわからない以上、寝る時も動きやすいものが望ましい。
それゆえか、アマンリエはゆったりめのチュニックに7分丈のパンツにスリッパだ。そのチュニックに隠れた太もも部分から短剣がちらちらと見えているのはご愛敬というやつなのだろう。
ピッキーも似たような様子で手が届くところにショートソードが置いてある。
メルティはパジャマ姿だったがいつ外に出ても大丈夫な厚底のムートンを履いていた。
そしてイリスはワンピースであった。靴はサンダル。軽さ重視である。
「そうよねーイリスの方は進展あったのー?」
「進展もなにも……まずは地元の教会に行って、聖都の教会への紹介状を書いてもらうんでしょう?」
「そうそう、それの為に寄付金が要るのよ。で、紹介状書いてもらったら長い道のりで聖都に行ってそれぞれの種族の教会に行ってまた寄付。そしたら中央の聖殿で誓いの言葉を告げるってことらしいけど……アマンリエさまの時はどのくらいでした?」
「ダンジョンの超がつくレアアイテム2つ取られるくらいね」
「うへあ……じゃあ私は3つくらい用意できるようにならないとだめなのかー」
「イリスは自力で獲ってきそうだから怖いよね!」
「うちはドムと私であと何年かかるかな~……まあその間恋人として楽しむことにするわ」
「アタシたちも協力は惜しまないさ。いつでも頼んなさい」
くすくすと笑いあうものの、現実の非情さにちょっと遣る瀬無い表情になるのもしょうがないだろう。
そこは甘いものでも食べて乗り切ろうと言わんばかりに焼きたてスコーンに手を伸ばしたピッキーにメルティが興味津々と言ったように口を開いた。
「ねえねえ、ピッキーさんは自分から告白したっていうけど、ドムさんからはないの?」
「んぐ!」
「あー兄さん朴念仁だもんねえ。ちゃんと好きって態度は示すんだろうけど言葉はちゃんと言ってくれてる?」
「それでもジャナリスみたいに年がら年中場所柄もわきまえず言葉にするのもどうかと思うがねエ……」
「おばあちゃん嬉しいくせにー!!」
「ばっ、馬鹿をお言いでないよ!!」
「で、どうなんですかー?」
「……あんまり言ってはくれないけど、時々は言ってくれるわよ。あーでも私早く結婚したいなあ! 子供欲しい!! 7人くらい生みたい!」
「わあ、具体的数字だ」
「さすが獣人族さんだね。兎人族って多産なの?」
「ええそうよ、10人くらいは生むかしらね。ドムは人間族だし、きっとそのくらい生むと思うの。イリスは……大変そうね、狼人族ってあれよ? 結構独占欲強いからね?」
「えっ、そうなの?!」
「周知の事実じゃな。それにあのアリュート、魔人族の身内に対する執着も有名じゃしの。お前が浮気めいた発言をしようものなら監禁一直線じゃな」
「わあ、ヤンデレルート……」
「ヤンデレ?」
イリスの言葉にメルティは首を傾げたが、その意味は結局わからない。
わからないことは無理に今気にする必要もないだろうと彼女は今度は話題を変えることにした。
「ドレスとかはどうするの? やっぱりマニャム蚕の絹でドレスが憧れだよね!」
「そうだね、私はそれにレースもあしらいたいなー」
「あらイリスなら可愛いわね、私は大きなブーケを持ちたいわ!」
「ふふふ、先が楽しみじゃ。」
こうして女たちの夜は過ぎていくのであった。
ちょっぴりヤンデレルートの可能性を示して。




