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C級勇者はどうやら逆ハーとかいう状況を手に入れた。  作者: 玉響なつめ


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52:ボスバトル 2

 私が神聖魔法を使うと知って、マッヒェルはすごく楽しそうだ。


『我と並び立つ魔法使いは滅多にいなかった上に、我と戦うだけの気概を持つ者も滅多におらぬ。その上で珍しい神聖魔法の使い手とは! 神は我を見捨てておったと思うたが……面白い、面白いぞ……!』


 確かに神聖魔法の使い手は珍しい。

 回復魔法を使う人が少ないっていうのが顕著な例だ。


 まあ、ものすごくささやかな回復魔法程度なら使える人は結構いる。

 でも己惚れるわけじゃないけど、私クラスの使い手は滅多にいないというのが実際の所だ。

 だから王侯貴族や豪商が囲ったり、強い冒険者パーティが囲ったり、教会で囲ったりとまあ……回復魔法の使い手は危険を冒さなくても結構暮らして行けるものだ。


 で、更に私の場合は神聖魔法の防御技を見せたことでバリエーションが回復だけじゃないとマッヒェルは理解したからこその高揚なんだろうと推察したところで私の方も態勢を整え治せた。

 でも、まだ杖は出さない。あれは私の切り札の一つだ。


 マッヒェルが油断していた状態での私の知りうる限りの強力な聖属性攻撃ならば相手を消滅させることもできたかもしれない。

 だけれど今はもう油断なんてしてもらえないだろう――そもそも、油断している状態で私とアズールは追い込まれかけているというのがネックだ。


『陛下、ご覧あれ。貴女が我を受け入れなかったゆえにこの小娘もまた我の犠牲になるのだ!』


 ごぉう、と音がした。

 それは風で、それがマッヒェルの攻撃だということは私にも理解できた。

 そのままではアズールが貫かれると思った私は、アズールを押しのけて防御魔法を展開する。

 それでも吹き飛ばされた私が次の一撃はやばい、と思ったところでぎゅっと抱きしめられた。


 ……誰に?

 温かさはない。

 だけど、誰に?


 アズールは私の視界の端にいる。

 じゃあ、誰、が?

 その抱きしめる人の胸に、刺さるそれは、なに?


「……え」


『おのれ。マッヒェル。……なんという愚かな男!』


「ええええ?!」


 なんとそれはバーラさまだ。

 え、あれ、そういえばバーラさまに私膝枕されたね。

 死霊女王(レイス・クイーン)だってキャラフラさんが言うし、青白かったからついそうなんだとばかり思いこんでいたけど・・・実体があるってことじゃん?

 触れられたけど、なにもエネルギーが吸収された感じもない。


 ってことは、バーラさまは、もしかして。


「へいかも、りっちになってるってことですか……?」


 思わず呆然としてそう問えば、バーラさまはきょとんとしてから自分の手や体を眺めて、困ったように笑った。


『そうじゃの。リッチというものが何か余には理解できぬがあれ(・・)と同類ではあるようじゃ。……怖い思いをさせたの。そなたの勇気は買うが、無理をするでない』


「え、いや、あの……」


 やだ、陛下カッコいい……。

 じゃなくて!


『マッヒェル。そなたが余に望むのは今なにか。言うてみよ』


『愛しき女帝陛下、我と同じところにたどり着いていただけたのは至上の喜びでございます。このマッヒェル、そうなるようにと細心の注意を払い、この場を設けさせていただきましたが何分愚かな民草の行動はまさしく牛歩の歩みゆえにお迎えが遅れましたが、さすがは陛下と申し上げるべきでしょうな。我の法術を跳ね返し、今もその強く威厳ある眼差しで我を睨みつけるその気概! 変わらず他者を惹きつけて止まぬその美しさ!!』


『妄言を聞きたいわけではないわ、簡潔に述べよ』


『あいも変わらず冷たきことですなあ……。我はこのような姿になってまでも貴女さまだけを求め、待ち続けておりましたのに!』


 嗤う男が陛下の足元に跪いた。

 本当に臣下であるかのように。


 あれ、マッヒェルは陛下の愛が欲しかったんじゃないのか?

 今私の事忘れてないか?

 あれあれ? さっきまでの命のやり取り☆超危険! だったんじゃないのか?


『我は変わりませぬ。貴女だけの(しもべ)でありたい。貴女の夫という地位が得られぬのなら、愛が得られぬのであれば、ただ一人の臣下になりたい。それが許されなかったゆえに行った暴挙、貴女は赦すことなどできないでしょうな。であれば、我は貴女のたった一人、憎む相手ということになるではないですか。嗚呼、なんと甘美な事でしょうなあ!!』


「……イカれてる」


『なんとでも言うが良い、小娘。我は全てをこの方に捧げたのだ。この方のただ一人になるためであればどのような手段も選ばぬわ!』


『余の答えはあの時と変わらぬ。そなたを臣とするつもりはないし、そなたを臣としたところで唯一のとするべきところはひとつとしてない。……憎むというならば、そうであろうな。そなたはきっかけであった。じゃが』


 バーラさまは私の手を取って立ち上がらせ、そして緩く埃を払い優しく笑った。


 私に対して優しい笑みを浮かべてくれているのに、マッヒェルに向ける視線は無機質だ。

 その差に彼も気が付いたのか、驚愕と絶望の表情を浮かべていた。


『余が憎むべきは、余であろう。そなたではない』


 毅然とした言い方は、完全なる拒否だった。

 うわあ……カッコいい……カッコいいよ!!

 でもそれは相手を打ちのめすよりもなんか逆上されそうですよ!


 そう思ったのは私だけではないはずだ。


 ふるふると震えるマッヒェルは、恐ろしい容貌だ。それは内面を表しているかのようだ。

 バーラさまは、まあ……幽霊と間違えるほど青白いけれど、見た目は綺麗だ。

 いや、もしかしてマッヒェルは、バーラさまの容姿も残そうと術式を展開していたのだろうか?

 だとしたら随分と高度な技術を無駄に……いや無駄じゃないのか、彼にとってはそれこそが最大の目的なのだから。


 美しい女帝の、どんな形でもいいから一番になりたかった。

 夫になれないなら臣として、臣になれないなら隷属、隷属すらできないなら敵として。

 ところがそれすらできないとなると、後はこれ以上ない暴力での行使しかないんだろう。


『どうして』


 男の、壊れた喉から零れたぽつん、と呟いた空しい言葉に応える声もない。

 真っ直ぐにそれを見ていたバーラさまが、目を大きく見開く。

 マッヒェルは、動かないけれど。

 ぼわ、と彼の体から闇が膨らんで、広がり始める。


 ああ、拒絶されて暴走を始めている。

 元々が暴走でこうなったんだろうけれど、目的があったから形を成していた理性がなくなれば――それは、とても危険な、不死の獣の出来上がり、だ。


「バーラさま、他の幽霊の方々を連れて別室へ。そこでバーラさまが張れそうな結界を張ってください!」


『よ、余がか?!』


「リッチに対抗するのはリッチだけですよ!! このままじゃキャラフラさんたち全員、マッヒェルに飲み込まれるか隷属させられるかです!」


『ぬ……ではそなたはどうするのじゃ!』


「私は――私は、少しだけ時間を稼ぎます。大丈夫、死んだりなんかしません。死ぬわけにはいかないんです」


 だって、お母さんに助けてもらった命だし。

 なんていうか、経緯はともかく恋人がふたりもできたわけだし、しかもいつかは結婚するんだし。


『ギィアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 断末魔のような叫びに、黒い魔法力が四方八方へ散る。

 アズールと私はそれが掠めただけでそこから血が出た。しかもそれは傷口から憎悪でさらに浸食しようとするような、毒のような魔力だった。


 だけれど私はそれに対抗する力があったし、私と契約をしているアズールもそれに影響されて、ただ痛む傷だという程度に立ちはだかる。

 私たちを見てどう思ったのか、バーラさまはくっと唇を噛んで、私の背中に声を掛けてくれた。


『……あとで話をしましょう。娘のことを聞かせておくれ。そしてそなたの呪いのことも、今の余ならば協力できよう。ゆくぞ、キャラフラ。皆を集めよ』


『はい、陛下』


「ありがとうございます、……って、え?!」


 今なんか、呪いとか言わなかった?!

 なんだそれ、今まで聞いたこともなければ感じたこともない!!!


 慌てて振り向いて呼び止めたいところだけど、目の前の座り込んだままぶつぶつと呟き続けているマッヒェルからは黒い魔力がダダ漏れで、やっぱりそれどころじゃなかった。


『何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ』


 何を呟いているのかと思えば、繰り返しているのはそれだけだ。

 正直怖い。


 そして唐突に声が止んで、魔力の放出も終わり、男が立ち上がった。

 奇妙な形に首を傾げて、私をひたりと見据えた。


『そうだ、まず、お前を殺そう。手ごまが必要だ』


 そしてまるで、今日の夕飯を決めるかのようになんでもない平坦な声が物騒なことを言うのを私はしっかりと耳にした。

 だけれど私は怖くなかった。

 いやさっきまでは正直言えば、怖かった。怒ってもいたけれど。


 アズールがいたから、真っ向から敵を見据えたけど、怖いことは怖かった。

 じゃあなんで、と問われたら。


 背にしたドア側から飛び込んでマッヒェルに飛び掛かる2人の気配を、私はずっと感じていたからだ。


「はぁっ!」


「ふっ!」


 短い気合と共に確実に2人の剣が襲い掛かるのを、マッヒェルは、なんでもない表情で受け止めている。


「イリス、遅くなった」


「ううん、ありがとう」


「あれは何?」


「あれはリッチ。……フェル、あなたの一族と縁の深い男の人よ」


「……聞いたことがある名だな」


 さらっと答えたフェルが、剣を構え直す。

 私の隣に立ったアリュートが、私の頬に伝う血を指で拭って苦い顔をした。


「強敵みたいだけど、僕らの恋人を傷つけた代償は払ってもらわないとね」


 暴走の果ての狂気に満ちたリッチなんて初めて見るであろう事案にもふたりが動じる様子もない。

 アズールを通じてセレステに2人を連れてきてもらうようお願いしたのだけれど……上手くいったのはいいけど、ここからどうやって戦うか。

よく考えたら私たち3人での初めての共闘になるんだった。

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