51:ボスバトル 1
とまあ、格好つけてみたところで正直なことを言おう。
和子を含めて私はアンデッド系との戦闘は、実は経験がない。
知識としては勿論あるよ? 回復魔法を使って倒すこともできるとか、弔いの詞とかだって一応使えるよ?
でも考えて欲しい。
正直なところ考えて欲しい。
普通に生活してて、地上にそうごろごろゾンビとかいてたまるかって話ですよ!!!
まあ腐った肉の塊が腐臭を漂わせながら街中を歩くような世界じゃなくて良かった。本当に心底そう思ってる。
で、ゾンビ<グール<リッチと思えばわかりやすいか。
ゲームとかで良く出てくるけどね、グールとかゾンビって。
でもそんな敵を相手にする経験なんてそう普通に暮らしていたらないわけですよ。
……まあ、どこかのダンジョンとかにはいるのかもしれないけど。
まず、この目の前のリッチは魔法を使う、そしてレイスやワイトとは違う肉体を持った不死者なわけですよ。
で、リッチが生ずる条件は自らが望んだとか魔法力が高いままにうまく死ねなかった場合だと前の世界もこの世界でも書いてあった。
で、バーラさまから聞いた話を総合して考えてもこの目の前のリッチ、マッヒェルは生前も相当な実力者だったはずだ。その上自ら望んでリッチになった、最悪のパターンだ。
リッチになって、年月を経てどう悪い方向に進化したのか。
大体の不老不死を望んでリッチになった魔法使いは、持てあます時間を研究に使ったりアンデッド軍団を作ったりとろくなことがないと本にあった。
ちょうどこの相手はどうにもこうにも拗らせてているようだし、私としても油断はならない。
が、実を言えば正直頭にも来ているのは事実だ。
恐らく私の全力での蘇生を掛ければリッチといえども無事ではいられない。
なにせ生命のあるべき形に戻す技だからね、死者という理から外れた状態を正常に戻すということは……ただの死者になるってことなんだから。
まあ倒せるとは思わない。中には倒せたと思っても数日で復活する例もあるらしいし。
でもそれで終わらせていいのか? と思うわけです。
一発殴りたい。正直その気持ちが強い。
だってこの人が横恋慕しなければ、ただ片思いの失恋で済ませれば、こんなに被害は広がらなかったはずだ。
勿論本人が辛かったんだろうなんてことは予想できるよ、私と同じようにつまはじきにされたぼっちが場所を見つけて、すごく好きな人を見つけたのにすげなくフラれて、なんでこんなに自分の人生は上手くいかないんだろうって自棄になったんだろうって思うよ。
でもさ、家族を大事に思うからきちんと断ったバーラさまも、夫を殺されて、息子の目玉が抉られて、娘がダンジョンに放り込まれるなんて、そこまで酷いことだったのかと言われたら逆恨みもいいところだよね。
その結果、バーラさまは望まぬレイス化で魂の消滅しか道がなくなり、夫君はいまでも見つけられず、ファナリナスは人を信じられずに引きこもりになったしリリはずっと独りぼっちで彷徨う羽目になったんだよね。
そしてサーナリアは蹂躙されて、今の形になるまでどれだけの人が奴隷されたり虐待されたり混迷期にあったのか。
恋や愛はひとつの大きな原動力で、それが憎しみに振り切っちゃうことだってあるだろう。
でも人はやっちゃいけないことってのがあるんだ。
マッヒェルは、それをやってしまった。
恩人の虎人族たちに泥をかけるようにして、尽くしたいと言った国を蔑ろにしてしまった。
許せるはずがなかった。
――という心情はともかく、経験の差はどう考えたって大きい。
戦うと決めたけど、魔力が高いのが売りの未熟な私と、やっぱり魔力の高い経験があって良心が瓦解していそうな不死者となると相当厳しい。むしろヤバいんじゃないのかなと思う。
魔力の塊でもある杖を取り出して構える、それは普通に考えたらそうだろう。
でも最初からそれを出して余計な警戒をされたくない。
杖は出さずに、トネリコの弓を取り出した。もちろん弦はない。
『ふ、はは……我を相手取るに弦もない弓とはな。それなりに育ててあるハルピュイアでもあるようだし貴様もアンデッドにして我の下僕にしてやろう!』
「丁重にお断りよ!」
瞬間的に魔力が煌めいて、つがえた魔力の矢が放たれる。
威嚇の意味を込めた風の矢は、リッチの目の前でいくつにも分かれて襲い掛かる。
『しゃらくさい』
「キアアアアアアアアアアアアアア!!!」
腕のひと振りで私の矢を払った瞬間に、アズールの超音波が一点集中でリッチを揺さぶる。
直撃だが、大したダメージにはならなかったようだ。
その間に練った魔力で私はいくつもの風でリッチを囲んだ。
だがそれらを面白そうに笑い飛ばした不死者はやっぱり腕のひと振りで風の檻を破り、私とアズールにそれぞれ黒い魔力の塊を投げつけて吹き飛ばす。
口の中に鉄の味が広がるが、私はそれを吐き出した。
アズールもまだまだやれると戦意むき出しだ。本来ならリッチのような敵と戦うのに本能から背を向けたくなっても良かろうに、アズールは私への絶対の信頼を寄せてくれているから――だから私も怖くないのだけれど。
弓をつがえ放つ。それを繰り返す。
途中で避けたり防護魔法を使ったり、アズールも風の刃を使ったり直接爪で鋭い蹴りをしたり。
リッチの服がボロボロになって、人間ならばとっくに死んでいるであろうダメージは与えているはずだけれどそこは不死者だ。
魔法を使おうが何だろうが、苦しそうにはするものの、それすら楽しいのか高笑いをされてしまう。
『面白い、面白いぞ小娘ェ!!!』
ぐわっと顎を外しそうなほど口を開けて、落ちくぼんだ目をギラギラさせて、その男は笑った。
その手に握りしめる杖を振りかざし、黒い魔力を満ちさせる。
『我にこれほど食らいつける者に出会えたは久しぶりよ! 少しばかり魔道の真実を垣間見せてやろうではないか!』
黒い光が雷となって部屋中を駆け巡る。
驚くバーラさまとキャラフラさんが互いを抱き合うようにして庇いあう姿は美しいが、幽霊なのでちょっと滑稽でもある。
でも彼女たちはそんな風に、死ぬまで互いを思いやってきたに違いないと思うと薄く笑みが浮かんだ。
だが目の前に迫る雷を防御魔法で受け止めるとその重さに驚愕が走った。
『クハハハハハハ!! どうしたどうした、今のを防いだか! では次はどうだ!』
黒い光、それは闇魔法だ。
闇属性魔法のそれを、マッヒェルは複数放ってきたのだ。
普通の魔法使いでは考えられない魔力の容量だと言えたし、それを操れる精度と理解力は魔法使いとしてまっとうに進めば賢者として称えられても良かったんじゃなかろうか。
けれど彼は道を選んだのだ、自らを死者にしてでも不死になって、誰かを捕えるという暗い考えに。
「あうっ!」
『マスターっ!』
防ぎきれなかった魔力が、私の肩を掠めた。
それだけで焼かれるような痛みが走る。
実際には火の魔法などではなくて、じくじくとそこが食われていくかのような気分だ。
だがそれで立ち止まっては格好の標的なので、痛む肩を庇うこともせず距離をとる。
嫌って程おじいちゃんと兄さんに仕込まれた戦闘術は、私を確実に助けてくれている。
『ほう、ほうほう。まだ諦めぬとは逸材だな。では続いての攻撃、凌げるかな?』
闇の雷、闇の風、それらが渦巻く中に気分が苦しくなっていく。
アズールが私を庇うように立ったが、苦し気に呻くばかりだ。
これは状態異常か。意識が混濁としてくるのを感じて、私も対抗せずにはいられない。
というか、できれば神聖魔法が使えることは気付かれたくなかったけれど、そんなことを言っている場合でもない。
私だけならアイテム効果もあって耐えることができるけれど、アズールが耐えきれないだろうし、バーラさまたちがいつリッチの能力で悪霊化してしまうかもわからない。
やりたくはないけれど、やらないと。
『あっ?!』
「ごめんなさい、陛下、キャラフラさん。結界の中で大人しくしててください。巻き添えにするわけにはいきません」
『イ、イリス、そなた何をするのじゃ?!』
「“響け鐘の音、歌うは幸い、つむぐは優しき天の導き。我は請い、願い、そして叶え、伝う者。其の願いを叶え、守り、導くために、数多の悪意を弾く壁を今作る”」
簡易版だけれども。あえて呪文を声高に唱えれば、マッヒェルが大きく後退した。
その顔が驚愕に彩られたことに、少しだけしてやったりと思ったが、これはまだ始まりだ。
「聖域!」
神聖魔法による高位防御魔法、聖域。
小さな範囲だけれど、この範囲に敵の干渉を一切受け付けない。
勿論長時間維持は私の魔力量であっても厳しいけど、仕切り直しするには十分だ。
前世から私が最も得意とし、そしてあまり活用法が無かった術だ。
……なにせ、前世の異世界でもゾンビって見かけなかったから……ね。
『ク、クハ、ハハハハハハハ!!! 面白い、面白いぞ小娘エエエエェェエ!!!』
この術を使った以上、私が回復系を使ったところでもう相手は驚きもしないだろう。
私だってもう相手がこれ以上の黒魔術を使ってきたって驚きはしないね。
だって相手は相当手練れの術者なのだから。
しかも、相当イカれてる、ね。
「いける? アズール」
『勿論、マスター』




