43:見るとやるとじゃ大違い。
目が覚めて、そこは見知らぬ天井だった。
そして、私は――私は、誰……?
なんて展開はない。
私はイリス・ベッケンバウアーであり、三宮和子の記憶を持ったまま転生した10歳の女の子だ。
そんでもってつい先日、超モテ系男子2人と婚約したばかりだ。
……夢じゃないよな?
勿論夢じゃないことは、首の痛みと右耳の痛みで実感したし、鏡見て思わず「うわぁ」と呟いたのはしょうがないことだと思う。
ちなみに救出依頼を終えて、一応衣服を整えて瀕死の対象者を連れてギルドに行った時には受けてくれる人を探しまくってた受付のお姉さんが泣き出しちゃって大変だった。
そんでもって他の冒険者にお前らよりちっさいのが頑張って助けに行ったのにお前らと来たらー!! と超怒ってた。
とりあえず一旦完了の報告だけして(対象者が私の魔法で眠っていたし、重症だったしということで)後日改めて聴取があるそうだ。
だからそれまでに私とフェルたちは時間を合わせて向かう必要がある。
悪いことをしたわけではないので、口裏を合わせられたら~とかそういう疑惑の心配はない。
特に、今回の対象者のうち2人が正気を保っているというのがありがたい。
まあもし彼らが「自分たちは無事だったけど、彼らが装備と名誉のために我々を襲った」なんて言おうものなら訴えて証明のための魔法裁判でも何でもするけどね!
ちなみに魔法裁判とは教会(各宗教どこでもいい)にお金を積んで、真実を映すというマジックアイテムを使って裁判を行うってもの。
これによって出た結果によっては奴隷に身分を落とされることもあるので、金銭余裕がある人は無実を訴える際に迷わないことで有名だ。
ただ勿論それ相応の金銭が必要なので、一般庶民的には手が出ない方法だけどね……。
実は私、それなりにお金持ってるんで。
マジックバッグ作れるようになってるからね。
「イリスー? 起きたのぉー?」
「あ、イゴール兄さん。おはよう」
「おはよう。でももうお昼よ?」
「えっ、うわあ! 起こしてくれればいいのに!!」
「だって昨日大変だったんでしょう、依頼キツかったのに頑張って偉かったね。さ、ご飯にしましょ?」
「うん!!」
「ちゃぁんと顔洗ってきなさい! アズールも!!」
「ちゅぴー」
アズールが顔洗うってなんですかね!
とりあえず今日はもう仕事はしないで、フェルとアリュートの所に行って、ギルドに一度顔を出して、聴取の日付を決めよう。そうしよう!
……別に結納の件は知らなかったけど、まあ、断る理由にはならないし、うちの家族は彼らなら……みたいな雰囲気だったみたいだし、ヘイレム兄さんはあいつらしごくとか言ってたけど別に反対ではなかったし……。
昨日のは夢でやっぱりそこまでじゃないんだよ!! かもしれないし。
あれ、どんどん自信なくなってくんだけどどうしよう!!
お昼ご飯を食べて、洋服ダンスをひっくり返す勢いで探して、よくわかんなくなって兄さんに頼って余所行きって程じゃない程度にオシャレにしてもらった。
髪の毛も巻いてもらった。
……どうしよう、自意識過剰プスーとか笑われたら。
いやいやいやそんなことはないはずだ!!
アズールだって『マスター、可愛い。お花、飾る?』って花採ってきてくれたし。
意を決して「行ってきまーす」と声を上げてドアを押し開けた。
すると目の前に人影があって、あれっと思って見上げると、それはアリュートだった。
「おはようイリス、出かけるところだった?」
「え、あの、アリュート。おはよう。うちのお店に用なら表に回ってもらって……」
「やだなあ、キミに会いに来たんだよ!」
優雅に笑って私の手を取ったアリュートは、ちゅ、と小さなリップ音を私の指先に落とした。
え、なにその流れるような行動。
っていうか、あれ、その、恥ずかしい! と気が付いたには私の顔がまた赤くなった。
「お時間をいただけますか、僕のお姫様」
「だ、大丈夫。っていうかお姫様とかやめて!」
「ふふ、うん。わかった」
「わ、私もアリュートたちに会いに行こうと思ってたところなの」
「そうなの? 嬉しいなあ。今日はフェルはちょっと難しいかな。結納の件、フェルったら黙ってたみたいでね。勝手にやったことに対してグレイナスさんがすごく怒っちゃって。シンリナスさんとレイリナスさんはびっくりしたけど、イリスはサーナリアの子供だから別に……って感じだったけどね」
「……昔っからグレイナスさんは私の事、好きじゃないみたいだったからなあ」
「あの人は狼人族以外にはずっとあんな感じだよ」
苦笑したアリュートが、私の手を指を絡めるようにして繋いで歩き出す。
どこに行くのかはわからないけど、アリュートは角を隠す気もないらしくただ私と手を繋いで歩くのが嬉しいという顔をしてゆっくりと大通りへと向かった。
昼時だから賑やかな町並みで、流石に朝ごはんを兼ねたお昼ご飯を食べた直後だった私は何かを食べる気にはならなかった。
アリュートも食べてきたらしくて、グレイナスさんがあんまりにも怒っているからフェルを連れ出すのは断念して一人で私の所に来たらしい。
「まあ、イリスともう少しふたりの時間が欲しかったのも事実だからね。これからは恋人の時間もお互い必要だろう? 勿論フェルとふたりの時間を作ってくれて構わないよ。僕はフェルもキミも大事だから」
「……え? う、うん……」
正直恋人って何するの?
和子がやってた乙女ゲームとかだと大抵特定のデート箇所があって、同じようなイベントがあって、そこで好感度上げて……だったけど恋人状態ってなにそれなにしたらいいの?
小説とかはどうだっけ、一緒にご飯食べたり映画見たりとか?
だからご飯はだめだって。お腹いっぱいなんだって。
映画ってなんだよそんなのこっちの世界にはないってば!
一人で混乱する私を他所に上機嫌のアリュートと、そのアリュートの髪の毛を引っ張るようにして不機嫌を露わにするアズールの組み合わせは何とも奇妙な感じだったろうと思う。
でも正直恋人なんて前世も出来たことないし。
子供心の片思いとかそんな感じだし! 友達のコイバナとか、そんな上等なものはなかった!!
友達がいなかったからなんて寂しい理由だったのが余計いたたまれない!!!
「イリス?」
「えっ、なに?」
「ふふっ、呼んだだけ! ね、僕の名前も呼んでくれないかい?」
「……アリュート」
「うん」
にこーって笑ったアリュートは、蕩けそうな笑顔だ。
くっ……イケメン王子様系男子の癖に可愛いまで兼ね備えてるだと……!!
こんなハイスペックがなんで私に惚れたのか未だに謎だ。
いや、嫌なわけじゃないよ?
嬉しいけど、裏があるんじゃないかとか勘繰っちゃうわけですよ。
私庶民なんで。いや庶民とか今関係ないけど。
だってこんな“呼んだだけ”っていう世間でいうバカップル行為、自分がまさかやる日が来るとは思わなかったんだ……!!
「あ、そうそう。ギルドには明日か明々後日の聴取が良いって伝えようと思うんだ。それ以降指定の場合は早めに教えてもらいたいなと思って。イリスの都合はどうかな?」
「私はいつでも平気だけど……何かあるの?」
「今日は勿論先方が無理だと思うけどね、明日はきっとフェルがまだグレイナスさんとの問題で無理だと思うし、明々後日は僕の兄が誕生日だから家族でお祝いするんだ。あっ、是非イリスも参加してね!」
「そういえば、アリュートってどうしてこっちの国で冒険者学校に入ることにしたの?」
「あれ、そういえば言っていなかったっけ。僕の父は伯爵位を持っていてこの国には外交官として来ているんだよ。それで、一家揃ってこっちに来ているんだ。家族は一緒が一番だっていう国王様の計らいでもあるし、うちの両親もそれを望んでいたからね」
「そ、そうなんだ。え、でもお兄さんの誕生日に私が行っていいの?」
「勿論だよ、だってキミは僕の恋人で婚約者だろう?」
にっこりとまた嬉しそうに笑うアリュートに、私はだんだん恥ずかしくて顔を俯かせた。
なんでこう恥ずかしいセリフを彼は嬉しそうに言えちゃうんだろう。
……私、こんな生活慣れることができるの、かな……?




