42:愛されたがりの自信なし。
アズールはなんだかステータスがだいぶ変わっていた。
名前 : アズール
種族 : ハルピュイア
契約主: イリス・ベッケンバウアー(親愛度:10☆)
レベル: 38
HP : 78500
MP : 6000
攻撃 : 10900
魔力 : 1800
特技 : 急襲 風刃 従魔変化 生活魔法(Lv.1) 威圧 超音波 怪音波 カマイタチ 暴走 念話
レベルは変わってないのに超音波と怪音波とカマイタチと暴走と念話が増えてる。
っていうか暴走ってなにこの不穏な単語!!!
特技なの? それって特技なの?!
念話はまあ、親愛度MAXで出るってわかってたけどこれ特技なんだー。
私と離れたことが不安だったらしいアズールはぴったり張り付いて頬擦りし続けている。
フェルとアリュートが到着した時には(流石に安全とは言え、救出対象者に何も言わずというわけにはいかなかったらしい)ノールの死骸の山が出来ていた。
アズール無双、怖かったです。
それでも私を探すのに大分消耗していたのか、フェルたちの姿を認めたら小鳥姿になって私の肩に止まった。
頬擦りは止めないけど。
フェルとアリュートが私に刻んだモノに気が付いて、文句も言ってたけど。
……アズールって私の保護者枠だったのかな……?
とりあえず、救出対象者(と遺品)を持って帰ることはできたので依頼は完了。
後日改めてちゃんと話をしようということで解散した。
私としてみればずいぶん駆け足でダンジョンを下りて、その上思いもよらない出来事に見舞われたわけなんだけどまあアズールと念話ができるようになったのは僥倖だろうと思う。
いや、現状に納得できているのかと問われると微妙だ。
正直、初恋の人と婚約まで行ったのは嬉しいと思う。
……恋人すっ飛ばしてだけど。
前世の記憶があるせいか、私の中では告白→交際→婚約→結婚、みたいな流れがあってだね……。
うん? あれ?
一応私フェルに告白してるしアリュートも私に告白してるのか……。
いやまあ結婚できるまで相当先だからその間は婚約者だけど恋人期間ってことで……あれ?
その日、私は疲労からいつも以上によく眠れた。
◆◆◆
夢の中で、女の子が泣いていた。
私を見てよと縋りついたら、何故そんなことをするのか理解できないと言わんばかりの目で大人に見降ろされた少女だ。
あれは、和子とその母親だ。
姉ばかりではなく自分も構ってくれと願った時だったと思う。
虐待と言われればまあ、そうなんだと思う。
ある意味放置だったから。
でも恵まれた方でもあったと思う。
ケータイもゲームもパソコンもできたから。
窮屈な生活だったけど、姉の邪魔にならなければ大抵のことは放置されていたから。
好きな男の子が出来ても、声を掛けたりなんてできなかった。
したらしたで母親にばれたら怖かったし。
だから、小説や漫画を読んだり、乙女ゲームとかで恋愛を楽しんだ。
それだけでドキドキしたっけ。
私もこんな恋愛がしてみたいなあ、なんて思ってたんだっけ。
モテモテの人生ってすごいな、そんな生活送ってみたいななんて妄想もしたっけ。
今となっては黒歴史か。
なんせいやって程あの生活から異世界に行っても現実ってものを見せられたからね。
いや、待てよ?
じゃあイリスでの生活は?
兄に従魔にモテモテで、まさかの彼氏ができました。
あれ、これってまるで和子がかつて夢見た状況にほとんど似てる。
まさか、これ全部夢なんだろうか。
イリス・ベッケンバウアーなんて人間は、三宮和子のゆめ……?
違う。
リリと友達になったのも、おかあさんがいなくて寂しいのも、全部、イリスだ。
「本当に?」
「それは本当なのかな?」
「だって都合がよすぎでしょう? すごくじゃないけど強くて、家族に愛されて、前世の記憶があるからちょっとだけ賢く身の振り方がわかってて、幼馴染の男の子ふたりに愛されちゃって、ねえ、そんなことってあるかな?」
「それってただの妄想じゃない?」
「現実を見なよ」
違う、と訂正する私の前に現れたのは、和子だ。
黒髪を一つに束ねて、化粧っ気も無くて、おしゃれでもなくて、ちょっと俯き気味に人と目を合わせて喋ることが苦手で。
まぎれもなく、『私』だった女性。
ああそうか。
私は、不安なんだ。
こんなに出来過ぎた環境が現実だって受け入れられないんだ。
色々あって、イリスだって胸を張って言えていたはずなのに。
でもどこかで、まだ。
受け入れきれない自分がいる。
だって和子は、辛かった。
それがイリスを否定していい理由にはならなくても、悩ませるには十分だった。
今、こうして考えている私はどっちなんだろう。
和子なのか、イリスなのか。
どちらでもあるのに、どちらでもない気がする。
なんて夢だ。
まったく。
私っていう人間は、なんて面倒くさい女なんだろう。
「夢じゃないといいなとか思ってるでしょ」
夢なら醒めないでって思うくらいには。
でももしこれが夢だったなら、私は目を覚まして絶望するんだろうか。
それとも覚えていないんだろうか。
ぐるぐると回る思考に、和子が苛立った顔で私を睨みつけた。
「どうして私が愛されなかったんだろう。和子が愛されたって良かったじゃない」
そうだね。
そう私も思うよ。
だって、イリスも私で、和子も私なんだから。
愛されたがりだって自分の事、わかってるつもり。
「今更恋愛なんてどうやっていいかわかんないよ。ゲームみたいに選択肢があるわけじゃないし、イベントが起きるわけじゃないし。小説みたいにうまくなんて行かないよ。口下手だもん」
うん。うん。その通り。
まったくどうしたらいいんだろうね。
さすが私だよ。
悩むポイント同じだよね! って当たり前か。
「でも、大丈夫」
そう私の声がして、目の前の和子がきょとんとした。
だって和子の声だったもの。イリスの声じゃなかった。
でも、そうか。
和子だった私が愛されたかったけど、それは無理だから。
「和子でもあるからね。イリスとしてだけど、愛されるような生き方をしていくからね。あなたも私だもんね」
不器用で、これからを夢見て、生きるのに必死になった努力家の自分を否定しちゃ悲しいよね。
別人になったからこそ、改めてわかることがあったんだ。
「まあ、まだフェルとアリュートのやりようは納得できてないけどさ……」
そうだよ、2人の間でだけ納得しちゃってさ。
今度はイリスの声で和子に語り掛ければ、彼女は面食らったような顔をして、泣き笑いを浮かべた。
「恋愛ゲームみたいに選択肢を思い浮かべちゃったりね?」
「そうなるかも」
このやりとりも、相当イカれてるよね。
夢の中で自問自答だ。それなのに別人で、やっぱり同一人物なんだから。
◆◆◆
イリスは、知らなかった。
ぐっすりと眠る彼女の傍らで、彼女の従魔がイゴールと小さな諍いの果てに友情を育んでいただなんて。




