41:愛が痛い!
頭が追いつかない。
なんだって?
今アリュートは、なんて言った?
きゅうこん? 球根? 求婚?!?!?
「えっ、えっ、なに、なんで……!」
「ふふ、驚いた? 実はね、フェルは君に告白されて嬉しかったんだよ。でも彼は友達思いだから」
王子様のような柔らかな笑みを浮かべて、アリュートが私の手を取ってその指先を軽く齧った。
ぴくっとしてしまったのはしょうがない。フェルは面白くなさそうな顔をしてる。
「僕が君のことを好きだと思ってたから。フェルはね、自分を選んでもらって僕が不幸になると思ってしまったから、君の言葉に応えてあげれなかったんだ。不器用でごめんね」
「お前が謝るのか」
「そうだよ、大体イリスを泣かせるなんて論外だもの。それでね、僕も話を聞いて驚いちゃって。まあ僕が君のことを好きなのって、知らなかったでしょう?」
そりゃそうだ知りませんでした!
いつの間に……っていうか私がフェルのことを好きだっていうのはバレバレだったのか。
何かを言わなくちゃと思うけど、何も言葉が出なくてはくはくと口を開けては閉じての繰り返し。
アリュートはそんな私をにこにこと見ていた。
「それでね、考えたんだ。僕もフェルがしたことは驚いたし怒っちゃったけどね、その友情はとても嬉しかった。でもフェルにも幸せになって欲しい。僕も幸せになりたい。そこで、なんだけどね」
アリュートが、立ち上がる。
私の前に立つ彼は、そりゃもう優雅な、でも男の顔をしていた。
え、なにこれ。
私乙女ゲームの逆ハールートでも攻略する夢見てるのかな????
あれだけ他の人間にちんちくりんだのなんだの言われてたのに、フェルとアリュートみたいなモテて当然みたいな見本の人たちが私のことをなんだって?
「折角、一妻多夫制度も異種族婚姻も認められているんだから、利用しない手はないでしょ?」
「へぁっ?!」
「でもイリスは成人してないし、僕も魔人族は18歳が成人だからね。とりあえず結納ってことで2人で頑張って稼いでみたんだよ」
「あ。あ。あ。あ。あ、あれはそういうことだったの?!」
「そう、それを家人が付き返しに来なかった場合は承諾とするのが獣人族では一般的だ。そうだろう?」
「そんなこと聞いたようなでもしししし知らないよ?!」
「今言った」
「で、どうかな。フェルはともかくイリスから見て僕は旦那さんになれるかな?」
「えっ」
いや今言われて初めて意識したからなあ。
急にじゃあというわけには。
でもじゃあアリュートの欠点はなにかな、と考えてみると思い浮かばない。
だってフェルと一緒にいる時とか、そうでない時とか、何度も会話もしてれば行動を共にしたこともあるけど。
優しくて、話を聞くのが上手で、顔もカッコよくて、精々心配性なところくらい?
意外とよく食べるけどまあそれは冒険者してれば狩るだけだし。
って、あれ?
「い、いやじゃ……ない。かな……? でも、あの、ごめんね、私今までアリュートの事そういう風に思ったことが無くて……」
ここは正直に伝えることにした。
アリュートもそれを予想していたのだろう、にこにことしたまま「それで十分だよ」と言ってくれた。
「じゃあ結納は認めてもらったってことで」
「へあ?!」
「だって嫌じゃないんでしょう。拒否されたわけじゃないからね、結婚まではまだやっぱり資金をまた貯める必要もあるからその間に僕がちゃぁんと口説けばいいだけだからね!」
「あっ、」
「フェルのその咬み痕。意中の相手にするのが狼人族の習わしだったね。見事に痕がついてて……ちょっと妬けちゃうな」
深い緑の瞳が私のことを愛し気に見つめてくる。
こんな空気、過去の人生を含めて、知らない。
知らなくて、まるで全身が心臓になったみたいで、ドキドキして思わず目をぎゅっと瞑った。
「魔人族はね」
「あっ」
「個人の紋っていうのがあってね。それを魔力で相手に刻むんだよ」
「やっ、あぁ……っ、熱い……っ!」
熱くて、自分のものじゃない魔力が注がれてくる感触が怖くて、目の前にいるアリュートの服を掴む。
ぎゅっと掴んだからきっと皺になっただろう。
でもそんなのを気にしてあげられる余裕は私にはなかった。
熱くて、熱くて、まるで熱に浮かされたようだ。
ちりちりと私のピアスをしていない耳たぶにどんどん熱が集まって、ぱちんと弾けた。
はぁっと息を吐き出して、いつの間にか潤んでいた視界にアリュートが満足そうに笑っているのが見えた。
「綺麗に僕の紋が入った」
耳たぶに、ということなんだろう。
どんな紋なのか気になったけど、わからなくてそっと指を這わせただけだ。
それにしてもちょっと冷静になってみるとずいぶん勝手な話じゃないか。
アリュートへの友情を優先したフェルも、そのフェルの感情も自分も両方満足させることを決めたアリュートも。
私の気持ちをまるっと無視していないだろうか。
「……私が、2人の事、成人した時にそういう対象に見れなくなってるかもしれないよ」
そうだ、咬み痕も紋を刻むのも、まるでもう決定事項のようなものだ。
結納ってことは婚約ってことだし、それなら反古だってあり得るんだ。
それを言えば、2人はフンと鼻を鳴らして笑い飛ばした。
「お前を横からかっさらわれるよりも、婚約しておいた方が安心だ」
「他の人に変に言い寄られることもこれでなくなるだろうしね」
「えええ……」
「まあ、この話は後にしよう。まずは例の連中を無事に地上に送り届けないといけない」
今度はアリュートが私を泉から引き揚げてくれた。
タオルと着替えが必要か聞かれたけど、なんとなく恥ずかしかったから大丈夫だと言って風の魔法を使って体を乾かした。
それにしても驚きの展開だわあ……。
心臓が破裂するかと思った。
さっきまではノールにヤバいことされるってひやっとしたのにまさかの乙女ゲーム展開だった。
いやそんな風に考えてる私の頭は混乱しているってことなんだろう。
「俺たちがB5に着いた時、アリュートが罠に気が付いた。俺たちはもともとそこまで魔力があるわけじゃないからな、松明を使っていたから特に発動はしなかったが……イリスはどうだ」
「入口の罠は魔法感知で、転移トラップだったよ。私が落ちた場所は、さっきの場所のさらに奥の袋小路になってる小部屋がいっぱいあるところだった。そこで多分依頼対象の人物の首を見つけたけどちょっと判別は無理で……その人のものらしい指輪を回収したよ」
「それは他のメンバーに見せて確認しよう」
「僕らは到着後、ノールによって片手片足を斬られた状態でなんとか逃げていた人間男性を1人救出後、この泉のところに来たんだ。その人は正気を保っていたけど危険な状態でね、泉の力なのかな、あとはポーションでなんとか命の危機は脱した感じだけど……そこで帰還のスクロールを使おうと思ったんだけどその人にまだメンバーがいるからって断られちゃったんだ」
アリュートが不満そうに苦笑した。
彼としては危険な状態のその人物をさっさと地上に送って手当てしてあげたかったんだと思う。
とりあえず、この泉の魔力のおかげか魔獣が寄ってこないことからその人をここで休ませて、他の人たちを探していたらノールの住処を見つけて、そこでまだ正気を保っていたエルフ女性にまず接触。
もうひとりの女性の居場所を探し当てて泉の方へと逃げようとしたけど、正気を失った女性を移動させるのは困難だったために見つかってしまってあの状態になったんだそうだ。
その途中、私も見た死骸は仲間だったというエルフ女性の証言もあって、じゃあ私の持ってきた指輪がもし該当者なら、これで全員ということになる。
「問題は、帰還のスクロールを使うには人数が多すぎるってことだね。イリスは持ってきてる?」
「私は自分で唱えられるから」
「ああ、なるほど」
一般的な市販品の帰還のスクロールは人数制限がある。
それは当然、スクロールに込められた魔力の問題だ。
市販品はそれなりに高額だけど、それなりに優秀でもあるが帰還のスクロールに関してはとても扱い方が難しい。
こういった救出依頼は勿論、ダンジョンに潜るには必須なものだ。
「イリスなら全員行けそうかな?」
「できると思う。でもできれば救出対象者は眠っててもらいたい」
「え?」
「私、使えるけど大人数は初めてだから。魔力干渉が起こらないように眠ってもらった方が安全だと思う。……それに、私の装備を見られたくないっていうか……」
「……わかった。アリュート、それで話をしてきてくれ」
「はいはい。もうちょっとフェルは僕に全部任せないで交渉とか覚えた方がいいんだからね?」
「そのうちな」
「でもアズール見つけないうちは使わないよ!」
忘れてるわけじゃない。
アズールは大切な相棒だ。
ノールの集団とかに襲われていたらどうしよう。
心配でたまらない。
そう思ってもアズールの気配はずっと感じ取れなかった。
「!」
唐突に。
感じたのは、近くなった、ということと。
声だ。
「アズールだ!!」
「え?」
「アズールが近くに来た!」
どうやら範囲に入ったようだ。
でもアズールがいるのはノールの住処の方だ。
それはとてもヤバい事態じゃないのか?
私はインベントリから例の杖を取り出して、駆け出した。
勿論フェルたちに心配かけるってわかってるけど、でもアズールはとても大切だから。
それに、確かに聞こえたんだ。
アズールが私を呼ぶ、悲鳴みたいな声が。
マスター、マスターって。
どこなのマスターって。
「アズールっ!」
私は、ここだよ。
私はここにいるよ。
そう伝えたくて飛び出したそこで目にしたのは、返り血を浴びて咆哮を上げるアズールの姿だった。
その彼女の翼の先にある爪には私のショートマントが握られている。
『お前が、お前らが、マスターを、傷つけたのか!』
アズールが、怒りに我を忘れてる。
ノールたちが恐怖と動揺とに揺れるグループと、好戦的に数で押してしまえと動いている。
『マスターを、どこにやったああああああ!』
アズールが叫ぶ。
耳が破裂するかと思った。
超音波まで使えるとかアズールどうなってんの?!
別れる前はそんなスキル持ってなかったと思うんだけど……。
とにかくそのことはあとで考えよう。今はアズールを正気に戻さないと。
「アズール! アズール!! 私はここだよ!!」
超音波は風の魔法で緩和して、あらん限りの大声で叫ぶ。
だけど超音波で苦しむノールたちの悲鳴と、アズール自身の声の所為で全然届かないみたいだ。
「アズール……!!」
私がいなくて、泣いてるあの子が、こんなにも近いのに。
ノールは邪魔だし、超音波で近づくのも難しくて、でも。
「アズール!」
私を想って、泣いてくれてる。
それが私に、覚悟を決めさせた。
のたうち回るノールの間を縫って走って、時々踏みつけて、地上から少し高い位置で喉から血を流す勢いで未だに超音波を発するアズールに飛びついた。
耳がキンキンしたし、超音波でまさかのカマイタチ現象まで起こるとは思わんかった。
どういう原理だこれ。
私の防護魔法を僅かだけど貫通してくるよコレ。怖いよコレ。
飛びついた私に、ようやくアズールの超音波が止んだ。
そして呆けた顔をしたアズールが、ゆっくり、ゆっくりと視線を下げて、飛びついた私を見る。
焦点の合わなかった目が私を映して、アズールの顔にだんだんと表情が戻ってきた。
『ます、たー』
「うん、アズール、私だよ!」
『ますたー』
「探させちゃってごめんね!」
『マスター!』
「アズール怪我してない? 大丈夫? 無茶しなかった?」
強く抱きしめられた。
頬擦りされた。
あ、私超愛されてる。
とうとう念話ができるようになったね、嬉しいな。
でもちょっとそろそろ抱擁が痛いかな!
まだノールも残ってるしね!!




