39:モテュイラダンジョン
このダンジョンの名前はモテュイラ。
かつてここの地上にはモテュイラという村があったのだけど、ダンジョンが生まれた時に飲み込まれてしまったという伝説の場所。
なんでもここのB5Fにある魔力の泉はその水に触れるだけで治癒、回復、なんでもござれらしいんだけど……その名前でパチモンの水とかも売られているし、お土産品でただの水まで売られる始末なくらい幻だ。
特殊な容器で持ち帰らないと、蒸発してしまうっていうけど本当だろうか?
まあアマンの実もある意味幻なので、実在はするんだろうけど。
モテュイラは私が潜ったことのないもので、踏破者がまだいないもの。
幸い途中までのマッピングは出来ているということでギルドからそこまでのマップは提供してもらえたのでアズールと私は慎重に潜っていく。
洞窟タイプのダンジョンだったので、セレステは入り口でお留守番だ。
勿論、ダンジョン警護の人なんかもいるからね、セレステの安全は保障されている。
……セレステ強いから大丈夫だってわかってるけど。
もし生きた人がいて救出できたなら、セレステの力は必要だしね。
さて、今回の依頼対象である人は合計5人いる。
エルフの女性、人間の女性、人間の男性が2人、ハーフリングの男性の計5人だ。
パーティーリーダーはなんと珍しくハーフリングの男性。
ハーフリングというのは温和で、あまりこういった冒険家業は聞くだけでお腹いっぱいのタイプが多く、冒険者になっても縁の下の力持ち、ムードメーカー、そういう人が多いと聞いたんだけど。
まあそこら辺は個人差なんだろうと思う。
わかっている範囲は、地下へ延びる形式のダンジョン。
B5Fまでは攻略済み。
狭い岩場が多く、地下に進むほどに広さが出てくる。
B3Fまで降りるとそこからは遺跡のような形状になるため、行動がしやすくまた宝物も多くなる傾向がある。
敵の難易度が上がるのもここから。
そして今回、対象のパーティが目指して進んでいたのはB5Fにある魔力の泉と呼ばれる不思議な湧き水がある階の魔石だったそうだ。
なんでも回復威力を増幅させる杖を作るのに必須素材だそうだ。
なのでそこが一番怪しいと見ていいだろう。
他にも救出目的で潜ってきているパーティがちらほらいたようなので、私は下から上に向かって探す方針で行くことにした。
人手があるわけじゃないし、マップ上に誰かがいることを確認するなんてご都合主義の魔法は知らないし、隅から隅まで探すとなると時間のロスもいいところだ。
流石にパーティ全体が被害を受けて戻れないと考えるなら、難易度があがるB3Fからだろう。
「よし、アズール行くよ!」
「キュゥルルル!」
もう最初からアズールはハルピュイアの姿で楽しそうだ。
今回は救出作業だよと一応言ってあるんだけど、わかってるのかな……?
とはいえ、B3Fに到達するのは難しい話ではなかったのであっという間だった。
というか敵がいなかった。
いてもいつの間にかアズールが覚えた“威圧”スキルでどうやら逃げてしまったようだけど。
ところでマップには敵情報も書いてあって、B1とB2は虫系って書いてあったけどB3は虫とトカゲ系、B4は虫と魔法生物系、B5は陰獣って書いてある。
ざっくりすぎて情報が少ない。
というのもマッピングも怪しいというのが正直なところらしく、売られているダンジョンマップもずいぶん安い劣悪なものだ。
まあ虫と魔法生物はなんかわかるけど、陰獣ってなんだ。
江戸川乱歩の推理小説か。
まだまだ私も知らないことが多すぎて、いくら学んでも追いつかない気がしてきた……。
とにかく、得体が知れないのがいるならより気を付けていけばいいだけの話だ。
幸い荒いとはいえマッピングは大体合っているし、今の所敵に対してはアズールが無双してるし。
しかし罠系はないのかな。思ったよりも敵も少ないし……B3からは敵が強くなるってあったのに拍子抜けなくらいだ。
いや、アズールが強すぎるのか?
しかしここまで生物の死骸らしきものを見ていない。スライムはいた。
ということは食べられちゃったのかな。
でも血痕とかそういうのも見当たらないし……スライムって滲みこんだものまで分解・吸収するのか?
或いはもっと下なのか。
……下だろうなあ。
◇◆◇
B4では魔法生物が出てきた。
ミミックとリビングアーマーだった。
ちらほらとトラップがあって、床とか壁から槍が突き出てくるとか矢が飛んでくるとか、そういう系統のトラップだ。毒はなかった。
敵の動きも単調で、時々コイン虫がアズールの威圧で逃げ出していった。
ミミックの宝箱の中には装備品があったりもしたけど、最近のものはなさそうだ。
「アズール、疲れてない?」
「キキュゥ!」
「そうだね、この先にちょっと広いところがあって……その先が階段か。じゃあそこがエリアボスだと思っていいかな?」
「キュルル」
「気を付けていかなきゃね!」
サンドイッチをインベントリから取り出して、私とアズールそれぞれ食べた。
こういう時便利だよね。
ちなみにコイン虫の種類はコインに擬態するもの、コインに張り付くものの二種類あって、どっちも好事家が収集してるらしい。私は気持ち悪いから御免だね!!!
擬態型なんてあいつら飛ぶんだよ?!
びっくりするわあ……。
ホンモノ見たのはこのダンジョンのが初めてだよ。本では見てたけどね!
張り付くタイプは毒を持ってたり寄生虫になったりするから要注意。実は何気に危険度高い。
対処は軽く塩水を掛けると嫌がるらしい。ナメクジか。
っていうかダンジョン潜るのにいちいち塩水とか持ってこないだろう。
なので、コイン虫を収集する人の知恵ってところだ。
さて、休憩をとった私たちは大したダメージも収穫もないまま慎重に進む。
拓けた空間は、四角い部屋だ。
左右にずらりと並んだ鎧、鎧、鎧。
そして正面に、巨大な鎧。
これもしかして全部リビングアーマーか?
さらに暗くなっているので注視してみる。
すると壁と床にもご丁寧に小さな穴が開いていて、どうやらトラップもあるようだ。
「キュルっ!」
「え?」
アズールが、声を上げた。
私にあっちを見ろと言わんばかりに羽を指し示すところには、床に落ちた布のようなものだ。
血の染みのようなものが見えるところを考えると、誰か冒険者のもの、だろう。
まさかフェルかアリュートとのものじゃないだろうなとサァっと血の気が引いた。
いや、あんな罠にわざわざひっかかるような人たちじゃない。
「暗くてわかりづらいな……。罠の位置がわかるような魔法ないかな!」
いや解除の魔法はあるんだけどね、部屋全体とかは無理だ。
というか魔力の無駄遣いは出来れば避けたい。
あれがもし目的の対象者の布であったとして、ボスが残っている場合考えられるのは倒したか、倒されたかの二択だろう。
もし敗走していたなら近辺で他の生物の痕跡があったはずだし。
「……やるしかないか!」
「キュルル!」
アズールのやる気も十分だし、私は覚悟を決めてその部屋へと足を踏み入れたのだった。
◇◆◇
結論から言うと結構問題なかった。
足を踏み入れた瞬間に動き出すリビングアーマーたちは、吸い寄せられるように入り口の私たちに向かってくる。
罠は動かなければ発動しない。
一番奥のボス? も近づかないと反応しないようで、私はアズールにあまり離れない程度に護衛してもらって魔法で倒していくだけだ。
そうして雑魚を倒したら、魔力を貯めて、落ち着いて罠を踏まずにボスのそばまで行って一撃必殺!
なんてズルイ戦い方……と自分でちょっと思わずにいられなかったけど、まあそこは戦略だと自分を納得させることにした。
今はとにかく被害を最小に、そしてできる限りスピーディに対象を探しつつ、私はフェルとアリュートを探さないといけないのだから。
あの布はマントの切れ端だったのでフェルたちのものかどうかも判別は難しいけど致命傷とかではないと思う程度の汚れだった。
そしてB5Fに到達。なんとなく臭い。
ここがまた暗いのなんの。
松明とかもなくて、ここにいるであろう“陰獣”とやらは夜目が効くタイプなんだろう。
もしかして蛇系の熱感知とかそんな感じのやつなんだろうか。
それとも蝙蝠みたいに超音波とか?
とりあえず暗すぎて話にならないから、と灯りの魔法を使うことにした。
カンテラを取り出すにはちょっと敵が予想出来ない以上両手を開けておきたいからね。
「アズール、装備に灯りの魔法を使うからね。ちょっと目を閉じててね」
「キュルー」
私を中心に明かりが広がるのはいいけど、灯りの魔法はいきなり使うと目潰しにもなっちゃうからね。
特に目の良いアズールなんかには先に言っておかないとね。
アズールは私の言葉にうなずいて、翼で顔を覆った。行動が可愛いな。
彼女も同じ魔法を唱えられるけど、持続時間を考えたらやはり私が使うべきだろうと思うし、アズールを中心にしちゃうと万が一戦闘でアズールの速度に私が追いつけなかったらと思うと……怖い怖い!
魔法を唱えたら、アズールの目が慣れるのを待ってから行動だなあと考えながら小さな声で「灯り」と唱えた瞬間明るくなって、――びりっと空気が震えた。
「えっ?!」
これはいけない、魔法感知型の罠だ。
アズールが慌てて手を私に伸ばすのが、妙にゆっくりに見えた。
私の足元には杖が転がっている。アズールの顔はとても悲痛なものだ。
ああ、もしかして例のパーティもここで灯りを使ってこの罠に引っかかったのか!
だとすれば、これは――そう思った私の視界がまた暗くなった。
そしてぐにゃりと、まるで船酔いの酷い状態みたいな感覚が私の中に生まれて爆発した瞬間。
「いったあ!?」
私は尻餅をついた。
薄い灯りがある。
真っ暗闇よりはマシだったけど、私は明かりがあるということに逆に警戒しなければ、と即座に思った。
それはきっとヘイレム兄さんたちの教えの賜物で、打ち付けた痛みで腰はまだ痛かったけど即座に防護の魔法を唱えることができた。
そして隠蔽の魔法を唱えて、気配を最小限に抑える。
魔法感知からの転移罠だと判断した。
近くにアズールの気配は感じない。
下がらせていたせいで、どうやら罠の範囲に外れていたようだ。なんてことだ!
「……」
耳を澄ませる。
こういう時、無暗に慌てて動いちゃだめだとヘイレム兄さんが言った。
罠があるということは、その罠を利用する魔獣もいるかもしれないということ。
罠を張ったのが、冒険者を狙う盗賊である可能性も否めないということ。
落ちたところで次の罠がない、また待ち伏せもないとなったからと言って安全とは限らない。
なんせ、生き物の気配だけはするのだ。
しかもたくさんいる。
この部屋だけじゃなくて、もしかすると罠の転移位置はランダムなのかもしれないけどとりあえずアズールの気配を感じないということは入り口からは離れているんだろうと思う。
こういう時、従魔契約の互いの気配を感じるっていう付属効果はありがたい。
でもアズール心配してるだろうなあ。
早く合流しないと、私も独りでどこまでやれることやら。
とりあえず、ここで感じる気配が敵だとするなら敵の顔を拝んでついでに居ない方向へと足を進めるしかないだろう。
私は薄い明かりにようやく目が慣れたのを感じて、部屋を見回して絶句した。
そこには、骨が転がっていた。肉付きで。
その肉、は。
顎下、だけの。
首だった。
これはやばい。
もしかしなくてもやばい。
なんだこれは。
どうして血なまぐさいと思わなかった。
違う、血生臭さしかなかったからだ。
入口からずっと感じていた、臭さの正体だ。
血と、腐敗と、獣臭さが入り混じって鼻がバカになっている。
転移の混乱もあった。でもそれは全部後付けの理由だ。
これは、危ない。
アズールは、アズールも危ないんじゃないのか。
フェルは、アリュートは、彼らもまた。
ぞっとした。




