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4:ハンリエ村

 母はよく言っていた。

 『和子、お前はお姉ちゃんの“予備”なんだからでしゃばるんじゃない。欲しがるんじゃない。全部、全部、お姉ちゃんのものなの。お姉ちゃんに何かあったらお前がもらえるの。お前は“予備”なの』


 姉は良く言っていた。

 『ごめんね。お母さんが言ってることは変だって私もわかってる。でも私にはどうすることもできないの。せめてお前が怒られないようにするために、あんまり接点を持たないようにしよう。和子が家で怒られてるの見るの、私も怖い。ごめんね』


 飢えたこともない。服だってもらえた。

 でも授業参観に来てもらったこともなかったし、運動会は姉の応援だけだった。

 部活をやることも許されなかった。

 私は、いつしか家族に期待しなくなったし――そんな自分も、好きじゃなかった。

 抜け出すことも考えることができなかったし、他の誰かを信じることもできなかったし、行動も起こせない自分も、この状況がいやだという癖に声を出せない自分も、この飢えて死ぬことはとりあえずないんだという状況で生きてけばいいじゃないかと甘んじた自分も、大っ嫌いだった。





 ばさ、ばさとお祖父ちゃんの羽ばたく音が近い。

 ずっとずっと、いつもよりも視点が高くて町が見渡せる。

 この街、グルディの街はサーナリアの国の中でもそんなに重要な都市じゃない。

 でも、なんて綺麗な町なんだろう。私は大好きだ。


「怖くはないかね?」


「お祖父ちゃんが、ちゃんと抱っこしてくれてるから平気!!」


「ふふふ、イリスは可愛いねえ」


 とはいえ、お祖父ちゃんは学者だからと思ってたけどやっぱり冒険者でもあったんだ。

 幼いとはいえ子供一人抱いて悠々と空を飛ぶ。

 もう結構飛んでるぞ?


 だって町の出口で一旦地面に降りて、門番の人と話をしてる間も抱っこだ。

 そしてそこからまた飛んで、今度は湿地帯へ。

 そうこうしてたら見えてきたのは小さな村だった。


「まぁるいおうち!」


「あれが湿地帯特有の家であるよ。あの一番奥、大きな沼のそばの家がおじいちゃんの友達の家だ」


 ハンリエの湿地沼というのが正確な名前らしい。

 それ故に村の名前もハンリエ村。

 この湿地と沼地でヌマガエルの繁殖をしているらしく、町でも安定した供給があるのだとか。


 ヌマガエルはなんと大きなカエルだ。

 正直5歳児の私と同じだけの大きさがある。毒はない。

 大きな声で鳴いて敵を気絶させるのが最終手段であるのでとても良い獲物だそうだ。だろうね。

 で、カエルだけに繁殖率も悪くない。

 ただ獣人族は総じてよく食べる方なので、養殖しちゃったらどうだっていう人が現れてハンリエ村は盛んになったそうだ。

 でもまあ、カエルっていう存在が苦手だっていう人も一定いるし、湿地沼っていうのは町を作るには適していないし他に名物もないしっていうので村自体は栄えてはいない。


「おうおう、ジャナリスよく来たねエ。この子がお前さんの一番小さな孫かね? こんにちは!」


「こんにちは、イリスです! 5歳です!!」


「おうおう、賢い子だねえ。私はロットルというよ。さあさ、中にお入りよ」


 ロットルさんは鶴だった。

 ひょろっとした体格に、鶴の頭。背中には勿論翼。

 招き入れられた家は普通の、ごく一般的なものだ。つまり私の家と同じ。


 でも「お茶をどうぞ」と勧められた器は前世に子供時代見た童話のような細長いツボだった。

 ロットルさんはそれに長いくちばしを差し込んで、飲んでいる。

 ちなみに私には普通のカップ。お祖父ちゃんには少し深めのカップだった。

 この世界、ちゃんと種族向けに色々工夫がされているのだと知った。


 そういえば、お祖父ちゃんの家の台所にも長細いのがあった気がする。ってことはロットルさん達用なんだろうか。


「イリス、紹介しておこうね。こっちは私の妻でリリアンナ、その隣のが息子のドットルとその嫁さんのニーナだ。ニーナは見てわかると思うが、狼人族の出身だよ」


「イリスです。5歳です!」


「あらあら、可愛いわねえ。ちゃんと年齢も言えるのねえ、えらいわねえ」


 紹介されたリリアンナさんはとても穏やかな人だ。

 ドットルさんとニーナさんもにこにこして頭を撫でてくれた。


 その後の紹介でわかったことは、お祖父ちゃんはもともとこの村出身らしくロットルさんとは幼馴染だったんだとか。

 同じくリリアンナさんも同郷だけど、女性不足の世の中でもどうにもならないものがある。虚弱体質だったのだ。

 ってことでリリアンナさんは出産が見込めないだろうと言われ続け、厄介者扱いされていたんだそうだ。

 そこをロットルさんが告白して結婚して、そのお祝いに祖父母はダンジョン産の超絶効くポーションをプレゼントしたらあら不思議、元気になって子供も二人授かったというわけで家族そろってのお付き合い、ってやつらしい。

 超絶効くポーションってそれまさかエリク……いやまさか……。


 ドットルさんの弟さんはリットルさんで、兄弟でヌマガエルの養殖をして定期的に届けてくれているそうだ。

 ああ、なるほど……それを時々お祖母ちゃんがから揚げにしてうちに分けてくれていたのか……。

 しかもお嫁さんのニーナさんはその種族名の通り狼の顔をした女性だ。更に言うと兄弟で同じお嫁さんを迎えた、一妻多夫の家族らしい。

 だから今は一生懸命稼がないと大変なんだと笑ってたけど、何がだかよくわからなかった。


「いつもイリスたちが美味しいと言っているヌマガエルはドットルたちの育てたものなのだよ。律儀なものでね、今も続けてくれているんだ」


「ははは、気に入ってくれたなら嬉しいよ。なあドットルや」


「ええ、嬉しい限りです。なぁニーナ!」


「しかもこれは礼だからと言っているのにジャナリスは時々返礼で古文書なんぞ見つけてくれるもんだからねえ、お礼にお礼を返してまたお礼して、を繰り返してるんだよ。」


 にこにこと笑い合うロットルさん一家に、やっぱり笑うお祖父ちゃん。

 ロットルさんの職業はなんと古文書研究と児童文学を中心とした物書きさんなんだそうだ。

 私のお気に入りの絵本もロットルさんが書いたんだとか!!!

 思わず前世の自分宜しく、好きな作家さんを前に「握手してください!」とか言ってしまった。

 そんな挙動不審な幼児を怪しむでもなく自分の絵本が好きなのだと幼馴染に聞いてぱあっと顔を輝かせた(多分)鶴のおじいさんすごい可愛い。隣の奥さんまで超嬉しそうで何この夫婦可愛い。


「さてジャナリスや、相談事とか言っておったがイリスちゃんはどうするね?」


「……いや、ちょいとなあ……」


 ちらり、とお祖父ちゃんが私を見た。

 これは空気を読んで、外の養殖沼でも見せてもらった方が良いのだろうか。

 だって、わがまま言ったら怒られるかもしれない。嫌われるかもしれない。良い子でいないと、空気が読めないと、彼らは違うけど、やっぱり、やっぱり。


「わたしっ、あっちに、!」


「じゃあ、吾輩の膝の上で良いだろうかね。ジジイ同士の長話に、小さな子は退屈になっちまうかもしれんのであるがね」


「……おじい、ちゃん」


「イリス、怖がらなくて良い。吾輩は、お前のお祖父ちゃんであるよ」


 何に怖がってるかなんてきっと伝わらない。

 だって私は隠してる。

 皆に隠してる。

 愛してくれる家族に、隠している。


 中身が大人なんだよ、前世の記憶があるんだよ、さらに違う世界のことも知ってるんだよ。

 私は特別賢くなんてないんだよ、良い子でもなんでもないんだよ。

 そんな風に叫び出したい時もあるし、そんなことをして今手に入れている“理想の家族”を亡くしたくない気持ちにすぐ押さえつけられる。


「ロットル、吾輩はお前とリリアンナを信頼しているのである。お前の息子たちも。だからこそ相談に乗って欲しいのである」


「……ニーナ、すまんが周囲の警戒に入ってくれるかね」


「承知いたしました」


「ドットル、お前も来客がない様に村の中に出ていてくれるかね」


「わかりました」


「リリアンナ」


「はい、あなた」


「お茶とお茶菓子のお替りの準備は?」


「万端です」


 でも、でも。

 私を抱きしめる手は、強くて、温かい。

 撫でてくる手は、とてもとても優しい。


 無性に、泣きたくなった。

 愛しくて、嬉しくて。


「さあ、どこから話そうかなあ。そうだなあ、最初からであるな。まずはリリファラパルスネラの話から始めようではないか」


 と思ったんだけど、なんだその名前は。

 そう思ったのは私だけではなかったらしい。


 渋い顔をしたロットルさんがいる。


「なあ、ジャナリス。私の記憶が正しければ、その名前は結局嫁さんに却下されてリリファラとなったはずなんだが」


「何が不満なのだ!! 由緒正しき名前なのだよ?! かの狼王の妻、最後の女帝バーラパールネラドルスキリエの名をもらおうかとも悩んだのだけれど……」


「いやだから」


 そして私はようやく理解したのだ。

 リリファラなんとかって名前が、イリス(わたし)のお母さんの名前である、と。


 そりゃおばあちゃんに却下されますよ、おじいちゃん。

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