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C級勇者はどうやら逆ハーとかいう状況を手に入れた。  作者: 玉響なつめ


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39/76

37:悲しくても涙、悔しくても涙、嬉しくても涙。

 あれからどうやってどの道を通ったのか覚えてない。

 駆けこむようにして家に戻って、自分の部屋に入って、ベッドに飛び込んだ。

 荒くなった息を落ちつけようとするのに、涙と相まって苦しくて、苦しくて。

 大声で泣きたいのに誰かに聞かれちゃうからと布団を被って声を押し殺した。


 ベッドの上をアズールが心配そうに飛び回っている音が聞こえたけど、私はそれに応えられる状態じゃなかった。



 それからは、私はフェルを避けている。

 シンリナスさんに会う時も、フェルが出かけているのをアズールに見てきてもらうとかしてる。

 アリュートと一緒にフェルが何回か家に来てくれたみたいだけど、何かを察したらしいイゴール兄さんがやんわりと断ってくれていて会わずに済んでいる。


 会うのが、正直怖い。

 フラれたんだからそこですっきり! というわけにはいかないのだ、私はそんなに強くない。

 強くないし割り切れないし、こうやってジメジメ言ったことを後悔はしていないものの、引きずっている状態だ。

 それを忘れたくていっぱい依頼を受けて、なるべく家にいないようにして、夜になったら帰るようにしてる。

 夜に訪れてくることはなかったから。


 でも今日は、途中で一度だけ荷物を取りに戻った。

 イゴール兄さんからフェルたちがまたダンジョンに行ったということを聞いていたから安心していた。

 だから荷物を取りに戻ったり置きに戻ったりしてもいいだろう、と。

 最近ではヘイレム兄さんとおじいちゃんも私がよほど無理な依頼を受けるんじゃなければ、それなりの距離とか戦闘依頼でも一人で行かせてくれるし。


(……あれ? 誰だろう……、)


 家の前に、立派な鎧を着た女の人と男の人がいる。

 そこには困った顔のヘイレム兄さんもいて、兄さんが私に気が付くと次いで男の人が振り向いて、それから女の人が怖い顔で睨んできた。

 美人だけど、すごく気が強そうな女の人だ。

 え? 誰だろう知らない人に睨まれるのってすごく気分が悪いんだけど。


「イリス……」


「ただいま、兄さん。お客様?」


「あ、ああ。彼らは俺の前のパーティメンバーで、」


「初めまして妹君。僕はアルシェンティ・ディ・バナ・マルルカン。ヘイレムと学校で同期だったんだ。自慢の妹君に会えて嬉しいよ。そしてこれは僕の妹でアマルシェ。よろしくね」


「これが自慢の妹ですって?! どこが!!」


 にこやかに自己紹介をしたアルシェンティさんの言葉にかぶせるように鋭く見下された。

 いや、うん。なんでいきなり喧嘩腰なんだろう。

 よろしくと言われて握手を求められて、それに応じようとしたらそれな上に応じようとした手を彼女に払われたんだからまあ私は悪くない。


 悪くないけど、兄さんの顔がすごく強張ったのが私の視界に入った。


「ヘイレム、貴方目が悪くなったんじゃなくて?!」


「アマルシェ。無礼にもほどがあるんじゃないかな」


「兄さまは黙っていてくださいまし。わたくしが愛する人が、こんな田舎で埋もれるだなんて!」


「ヘイレムは必要な時、きちんと戻ってきてくれると約束してくれただろう。冒険者に何を期待してるんだ?」


「だってわたくしの夫になる座を蹴る理由が“家族”でしたのよ。こんな田舎の野生児だったなんて! しかも愛らしくもなければ美しくもない!!」


「チュルピピピ……」


「……ヘイレムさん、悪いんだけどそのバカ女玄関に置いとくの止めてくれる? お客さんにも迷惑だし、アタシも蹴っちゃいそうー」


 玄関からひょっこり顔出したエプロン姿のピッキーさんがまさかの笑顔でヘイレム兄さんに威嚇してる。

 アズールも私の方で可愛く鳴いてるけどいつでも変身といて襲い掛かりそう。

 私の後ろのセレステも、いつ蹴るのかと合図を待っている始末。

 あー、私帰ってくるタイミング悪かったかなー。


「す、すまないピッキー! すぐにこいつらに帰ってもらうから……」


「アマルシェ、お前の無礼な態度でこれまでどれほど迷惑を掛けられたと思っているんだ。ディの名を貰えない理由はお前自身に何度もあるって言ったろう?」


「兄さま……でもご覧ください、このみすぼらしい子を!」


「私か!」


「愛しくてたまらぬとヘイレムは言いました。この美しい私よりもずっとずっと価値ある子だと!」


「それはヘイレムにとって家族だから当然だろう?」


「家族が何だというのです!!」


 当然のようにdisられた挙句、ふふんと居丈高に笑ったアマルシェさんは確かに美人だ。

ぴかぴかの装備に身を包み、手入れされた髪と肌に化粧を施し、出るとこは出てる完璧誰が見ても美人だと評する人だ。

 対する私はまあ確かにちょっと良い装備はつけてない。

 表立って目立つつもりもないし。使い込んだレザーメイルにショートマントだし。

 あの杖と弓はやっぱりインベントリの中なので、持っているのはボウガンだし。

 けどみすぼらしいって程ボロボロでもないんだけどなー。


「わたくしが家族になれば、ヘイレムはマルルカン子爵家と繋がりを持てるのですよ?! マルルカン子爵家はわたくしを通してプラチナランクの冒険者と繋がりができる! これになんのデメリットがあるというんです! こんなみすぼらしい家族よりもよっぽど価値が――」


「アマルシェ」


 ぴりっと肌が粟立った。

 ああ、兄さんが怒ってる。


「俺は家族のためにあの都に残った話をしたはずだ。そしてそれがどんな顛末を迎えたのかも」


「そ、それは存じてますわ。だからこそ貴方がわたくしの理解者になってくださると……」


「俺の家族を理解するどころか卑下する女の何を理解しろっていうんだ」


 吐き捨てるような言い方をする兄さんは、辛そうだ。

 そうか、じゃあ兄さんが言っていた、お母さんの原因の血族なのか、この人たちは。


 そしてそれを知っていてなんで繋がりをなんて言ってくるんだろう。

 家族を侮辱されたら兄さんが余計に離れるってわかりそうなものなのに。


「申し訳ないね、イリス嬢。マルルカン子爵家のディとしてお詫びさせてもらうよ」


「いえ」


 ディ、は確か貴族位の跡取り候補だっけ。

 じゃあアルシェンティさんは子爵になるかもしれない人で、兄さんの恩人は現当主ってことだろうか。


「妹がヘイレムにフラれても諦められないっていうから会いに来たんだけど、連れて来なければ良かったと思っているよ」


「兄さま?!」


「こんな恥さらしをしてくれると思わなかった」


「なんですって!!」


「ヘイレムに嫌われようとしてやってるとしか思えないし」


「わ、わたくしが家族になるのがなんの不満なんです!」


「綺麗なだけならヘイレムが望めばもっと上がいるってことだよ」


 あっさりとアルシェンティさんは妹のことを切って捨てた。

 というよりは本当に呆れているみたいだ。

 妹が大事、だけどそこまで大事じゃない、ってとこかな。


「ヘイレム、アマルシェは()()に献上される未来を否定したくてキミに嫁ぎたいんだ」


「断る」


「承知したよ、マルルカン子爵家のディとして確かに」


「兄さま!!!」


 ああ違う、アマルシェさんにとってこれは最後の賭けで、アルシェンティさんは見届け人ってとこか。

 あれ、それでなんでアマルシェさんは私を睨むのかな!

 私は関係ないんじゃないかな!!


「どうして……どうしてこんなちんちくりんで将来が期待できそうもない小娘の方が大事で、わたくしではだめですの?!」


「わあ、そこまで言われたのは初めてだー」


 人間族の冒険者からは愛玩動物みたいとは言われたことはあるけど。

 人間ですらないのかい! と内心ツッコミは入れた。

 遠い目もしたくなるってもんですよー。


「そりゃぁそうだろう、お前の母親は夫の弟と不倫するような女で、父親は一族きっての問題児なのだからね」


「……!」


「それに比べてイリスは清廉潔白だ、八つ当たりなど止めなさい。これ以上マルルカンの名を傷つけることをしないでおくれ」


 あれこれ私をさや当てにしてるだけじゃね?

 逃げ出すタイミングを与えないアルシェンティさんは良い人では決してないことは私の位置づけに刻まれた。


 アマルシェさんは相変わらず私を睨みつけるし。


「この不細工。チビ。どうしてお前のようなものが愛されて、私のような美人が愛されないの? ねえ、お前が私の代わりにあの伯爵家に行けばいいじゃないの! そうよ、それがいいわ、お前如きの身分で由緒ある伯爵家に行くなら名誉でしょう、ヘイレムは私と結ばれマルルカン子爵家は強力になり、お前は伯爵家の女になって名誉を得る。誰も傷つかないわ、誰も!!」


「いやですよ」


 不細工だのチビだのいい加減泣くぞ。

 ちんちくりんだの将来が期待できないだの……もう、泣くぞ?


 フラれたばかりの私に追い打ちとはこのことだ。


「なんで私がそんなことしなきゃいけないんですか。兄さんは家族を大切にするとても大切な人です。その家族を蔑ろにするあなたが、ご自分の家族を大切にできるとは私には思えません。だからお断りです」


 いらだちのままにきっぱり言えば、言い返されるとは思っていなかったのかぎょっとしたアマルシェさんは何を言われたのか数秒遅れて理解して、顔を真っ赤にして怒り出した。

 それを制したのは兄さんたちで、私たちは物理的に距離を取らされた。


「……すまない、イリス。巻き込むことになるとはなあ」


「ヘイレム兄さん……」


「おう、俺は家族がなにより大事だ。俺の家族を大事にしてくれる、そんな人をいつか嫁さんに迎えるよ。ドムみたいにな!」


「うん、そうして」


「アマルシェ、いくらなんでも下劣すぎるね。そんな性根だからあの(・・)伯爵に()()として送られるんだっていい加減理解しなよ。あの男の種だとわかっていても、性根さえまっとうであれば父上は正当な婚姻を探してくださっただろうに。何度もそう教えたはずだよ」


「だ、だって兄さま……!!!」


「もう無理」


 あちらはあちらで話がついたらしい。


 呆然としたアマルシェさんの肩を抱くようにして、ごめんねとアルシェンティさんは笑った。

 爽やかなことがものすごく、逆に怖かった。


「……兄さん」


「……貴族のすることは俺にはわからねえよ」


「アマルシェさん、私はあなたのことわかりません。でも、逃げ出したいだけなら逃げたらどうですか。貴族の娘であることを捨てて、冒険者でも何でもいいじゃないですか。自分で切り開くくらいのことを考えたらどうですか」


「な、にを?」


「いっそのこと、下級のダンジョンでも踏破したらどうですか。勿論一人で。それができるような冒険者なら、()()なんてもったいないって評価してもらえるんじゃないですか」


 勿論簡単な話じゃない。

 私だってリリのダンジョン(ともう勝手に呼んでいる)を踏破したのは、セレステとアズールがいたからだ。

 あんな広いダンジョンだったからセレステ連れて行けたけど、場所によってはアズールしか連れていけないことがこれからあるだろう。

 だけど、私は独りではなかった踏破者だ。主従だから手柄が私に集まるだけで。


 だから、私がアマルシェさんに言っていることは相当な難題だ。

 それでも挑んででも逃げ出したいっていうなら、そっちに邁進したほうが彼女の為になるだろうと思った。


 多分、なんだかよくわからないけど不倫の末に生まれた娘ってことで不遇の人生だったんじゃないかな。

 なまじ美人だから、下に見られて愛人とかに迎える話ばっかり出たんじゃないかな。

 それで捻くれちゃったとかじゃないかな。

 当たらずとも遠からずなんじゃないかなと思って私は兄さんを見た。


「アマルシェさんは弱いの?」


「弱くは、ないかな。すごく強くもない。だからお前の提示した内容はかなり難しいぞ」


「本人がやる気なら、アルシェンティさんが手伝うんじゃない? お兄さんなんだし」


「ははは……いやヘイレム、キミの妹さん意外と辛辣だね!」


「これでも相当親切じゃないか、アマルシェにあれだけ酷く言われてるのに手っ取り早い方法示してるんだから」


 無理だと諦めるならそこまでだ。


 和子は諦められなかったから、C級だなんだと馬鹿にされながら、採取のクエストから地道に地味な仕事をこなして生きて行った。

 馬鹿にされながら、ずっとずっと馬鹿にされながら。

 A級さんに拾われて一緒にクエストこなしても、オマケとか色々言われて心折れることだってあったけど、生きたかったから。


 アマルシェさんにその覚悟があるのかどうか。

 貴族としてのステータスを捨ててまで、やっていく気はあるのか。


「……ダンジョンの、踏破……」


「そうだな、シルバーランクなんだしダンジョンは入れるだろ。あとはお前の心ひとつだろうよ」


 兄さんが、そっと私を撫でた。

 多分、()()ってのは良い待遇じゃないんだろう。もともと地位ある人のようだし。

 そして兄さんからすれば色々確執はあるんだろうけど、元パーティメンバーとなれば思うところもあるんだろう。


 だとすれば、私ができることはここまでだ。

 言われた内容は相当堪えましたけど。


 うん……チビで野生児でみすぼらしくて、ちんちくりんで不細工で将来が見込めない、か……。


 そりゃぁ、それが第三者の意見なら。

 特に美形からの視点でっていうなら。


 フラれてもしょうがない、かなあ……。


「イリスは可愛いからねっ!」


 もう一度依頼に出ようと思ったけど、沈み切った心はそう簡単に浮上しなかった。


 部屋に閉じこもってよっぽど泣きそうな顔をしていたのか、ピッキーさんがやってきて私のことを抱きしめて慰めてくれた。

 きっとヘイレム兄さんに何があったのか聞いたんだろう。


 その可愛い、はなんだろう。

 泣いたらもっと不細工になっちゃう?

 愛されていて不満はないよ、だけど、だけどさ。

 好きな人に好かれる程度には可愛くなりたいって思ったら、ダメなのかなあ。

 可愛いアクセサリとか、私なりに努力はしてたんだよ。

 髪の毛綺麗にするとかさ。


 でも、結局無駄なのかなあ。


 そんな風につらつらと訴えると、ピッキーさんはただただ私を優しく抱きしめてくれた。


「イリスは可愛い、優しくて自慢の妹よ。誰かの気持ちを考えてあげられる子だよ。見た目だって悪くなんかないよ、身体が小さいのはまだ子供だもの。人間族の成人の日まで、貴女は子供なんだから。お父さん譲りのこの髪も綺麗なブラウンだし、貴女の目の色はとっても素敵。肌の色も白くて、今は日に焼けているからとても健康的だし、ちょっとやせ過ぎかなって思うのはきっと毎日依頼に出てるからよね」


「ピッキーさん……」


「私みたいな兎人族からの言葉じゃ、信じられない?」


「ううん、ううん……! ありがとう!!」


「イリスはモテモテよ、そりゃジャナリス先生やヘイレムさんのことがあるからね、それもあるけどそれだけじゃないからあんなにお見合いの話来てるんだからね!」


 ピッキーさん。

 ピッキーさん。


 貴女は自慢のお姉ちゃんです!!


 完全に復活できたわけじゃないけど、私の家族は私を大事にしてくれる!

 そうだよ、それが大事だよね。

 フラれたことはすごく辛いし、他の人にdisられるのはいつまで経っても傷つくけど、今度の人生は、イリス・ベッケンバウアーは家族に大事にされているんだ!


 私を大事に思ってくれる人が誰もいないなんてことはないんだ。

 だから、前を向いていかなくちゃ、ね。


「ありがとう、おねえちゃん」

「!! イリス、イリスがおねえちゃんって呼んでくれたー!!!」


 嬉しくて泣くのは、多分わるいことじゃないよね?

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