34:落ち込む私。
アリュートはその後、晩御飯をうちで食べた。
最初は魔人族が混じるのを嫌がる人も多いから……と遠慮していた彼だったけれど、私の家族がそんなことを気にするはずもなくあっさりと受け入れられて目を白黒させていて面白かった。
初めて会った時は随分毒気のある綺麗な男の子というイメージだったのだけど、単純にあれはフェルを大事に思うから近づく人間にちょっと警戒心が強かっただけだったのだとわかってなんだか嬉しかった。
アリュートはただ優しいだけだ。
優しすぎて、ちょっと臆病な分他人に対して距離感が掴めないだけだ。
「……イリスの家族は、良い人たちだね。素敵な家族だ」
「うん、私の自慢の家族。ピッキーさんはまだお金が貯まるまで正式に結婚は出来ないけど、もうお姉ちゃんだと思ってる」
異種族婚姻にかかる費用は莫大だ。
ドム兄さんは普通の鍛冶職人だし、ピッキーさんは冒険者と言えどシルバー寄りのブロンズ。
つまりふたりにあまりお金はない。
なので現在は同棲しつつ、お金を貯める方向なのだ。
同棲と言っても性行為は許されない。もし万が一、異種族の間で結婚前にそれが発覚した場合、双方厳しい罰則が科せられると書いてあった。
主に金銭がメインで、あとは当面双方ともに結婚の許可が下りなくなるんだとか。
同種族同士の場合はそこまで面倒ではなく、ただ責任問題とか倫理問題が前面に出てくるそうだ。
異種族婚姻は安易に種族を混ぜる行為と捉えがちなので、簡単に結婚・離婚ができないようにという仕組みではあるが最近では人間族との婚姻は一種ステータスにもなっている風潮があり、ビジネスの一環として歓迎されていることが問題点になっているらしい。
庶民からすれば大問題であるが、王侯貴族はそうでもないんだろうと思う。
種族がまじりあうのを禁忌としていた時代はもう大分過ぎ去った、ということなんだろうけどね。
でもまだ混血には様々な意見もあるし、偏見や差別もあるらしいから一概には言えないのだろうけど。
ちなみに国籍っていうのはなんとも曖昧らしくて、住んで税金を納めていたらその時住んでるところの国民って認識らしい。
過去に収めてた、じゃなくてその年の新年に家長が税金を納めた国の国民ってことなので、比較的国家間の引っ越しは楽なのだ。
だからこそ、犯罪者が潜り込んでくるのが怖いから警備隊がこまめにチェックしてるわけだけどね!
お父さんはもう何年も税金をちゃんと納めているので、その家族である私もサーナリア国民で間違いない。
「いいなあ、僕もこんな風に家庭を築けたらと思うけどね……」
「アリュートは優しいから、きっとわかってくれる人に出会えるよ」
「うん、でも……ほら、フェルとかもさ」
フェルに関しては正直あの毛色から一族の間でも色々あるんだろうな、くらいにしかわからない。
フェルのお兄さんがフェルに過保護な理由は、間に兄弟がいて狩りや病で亡くしてしまった分構っているらしいということは耳にしたけど。
でも優秀な弟に跡継ぎの座を盗られるのではないかと案じて厳しくしている面も、あるらしい……っていう複雑さのようだ。
フェルの方にはロウウルフの一族を率いたいなんて願望はなさそうだけどね。
毛色の事や色々なしがらみが嫌で早く独り立ちしたいって雰囲気で伝わるもんね。
フェルは今の所恋愛とかそういうのよりも剣の腕を磨きたいとかなんだろうなあ……。
「私ももっと冒険者ランクを上げてお金貯めよう」
「え? どうして?」
「だってもし将来出会った人が、種族違ってたら結婚するのにすごくお金かかるってことでしょ?」
「ああそうだねえ……うん。そうだね、僕もお金貯めよう」
アリュートと私は子供らしくない会話だと思うけど、ピッキーさんとドム兄さんを見ると大事な事なんだなと思った。
◇◆◇
アリュートは今度ご飯のお礼をすると約束して帰っていった。
そういえばなんでこの国に来たのか聞けばよかった。
だって魔人族の貴族でしょ、あっちの国にもきっと冒険者学校はあるはずなんだし優遇されるはずなんだけど。
そういうのが嫌だったのかな。
学校と言えばナーシエルはどうしてるだろう。
無事に村に帰り着いただろうか。
こまめに私も依頼をこなしてせめてシルバーランクにならなきゃなー。
そういえばアルトさんとメルティにも会えなかったし。
「チュピピ。ピ」
「アズール?」
「ピピッ」
「うん、おやすみなさい」
私は前に進めているんだろうか。
和子だった時は少しずつ前に進んでいるつもりだった。
振り向いてくれない母に褒めてもらいたくて勉強を頑張って、そしたら姉より目立つなと怒られたっけ。
イリスになって頑張れば頑張るほど家族は褒めてくれる。
でもヘイレム兄さんが複雑そうな顔をするのは、私が脅威になると思ってるのかな。
兄さんはすごいけど、私の魔法はきっと兄さんとは別方面で伸ばしていけるんだと思ってる。
でもそれはいけないことなのかな。
それとも私が危険な目に遭うんじゃないかって心配してくれているのかな。
時々、夜になると不安だ。
家族は愛してくれている。
家族は愛してくれなかった。
前者は今の私で、後者は過去の私だ。
どちらも事実なんだろうし、同じじゃないんだから違って当たり前だったんだけど。
ピアスを触る。
ちょっと安心する。
だめだなあ、不安になるとピアスを触る癖は気をつけなくちゃ。
外で丸わかりになってしまう。
明日は、アルトさんに会いに行こう。
メルティ元気かな。
楽しいことを考えなくちゃ。私は前に進んでる。
私はもう和子じゃない。
何度もそう感じていたはずなのに、時々それを考えてしまう。
それこそ前に進めていない証拠なんじゃないかって。
でも和子を否定したいわけじゃない。
……正直、自分でもよくわからない。
フェルに会いたいなあ。
あの真っ直ぐさに触れると、私も迷いが消える気がするから。
うつらうつらとする中で、いつの間にか姿を変えていたアズールの羽が私の頬を優しく撫でてくる。
それが気持ち良くて――私はそっと眠りに落ちたのだった。
アズールにも心配をかけているんだな、とちょっとだけ罪悪感を覚えながら。
そして次の日、目が覚めた私は満面の笑みで朝ごはんを用意してくれるイゴール兄さんや、ピッキーさんや、すでに食卓に居た他の兄たちに頭を撫でられておはようのハグをされて、勝手に自己嫌悪に陥る。
何を悩んでいるんだろう、私は愛されてる。
彼らをがっかりさせないためにも、私は私ができる限りの範囲で前に進む以外なくて、そしてそれは出来ているんだ。
彼らを心配させてはいけない。
愛してくれる、大切な人たちを大事にしたい。
その気持ちをまた新たにした。
しょっちゅう落ち込んでてごめんね、と傍らの小鳥姿のアズールに呟けば、彼女は頬ずりしてくれたのだった。




