33:すとん!
結論から言うと、オーロの暴走と片付けられてしまった。
アズールはオーロを引きずり出した後、きちんと私の言いつけを守って警備隊の前に落としたようだ。
けれど状況の掴めない警備隊はアズールも敵だとワチャワチャしている間に私の従魔であると証明されて、けしかけたはずの貴族は暴挙に出ようとしたのを止めようとしたが無駄だったと言い張ったのでそれが通ってしまった。
なにせ、犯人のオーロはけたたましく笑いながら警備隊に襲い掛かるものだから切り捨てられ絶命したのだ。
強いやつだったのだろうけど、そこは屈強の虎人族警備隊が複数ということで難しかったのだろう。
というわけで、私は大幅に遅れて帰る羽目になってしまったのだけど家族は心配して探しに行く寸前だったようで、ピッキーさんが代表してお説教だった。
お父さんに霊峰で手に入れた枝を渡して私のイメージを伝えると、即座にできると請け負ってくれた。
でもこれを外で使えば目立つだろうから、奥の手にすることを勧められた。まあそうだよね!
◆◇◆
次の日、アルトさんとメルティがいるであろう商業ギルドへと足を向けてみた。
実はあの馬車事件の後オーロを取り押さえるのに協力したということで警備隊に報奨金もいただけるそうで冒険者ギルドにも寄るついでだ。
遊びに来てね、が社交辞令だったかどうかは行ってみないとわからない!
まず冒険者ギルドにいけば、犬族の受付嬢がふたり、どちらも獣人族の基準で行けば美人だ。
1人はサルキーみたいなしゅっとしたかんじで、スレンダー美人。仕事のできるお姉さまタイプ。
もう1人はコリーみたいな愛嬌たっぷりなナイスバディ美人。優しくて世話焼きお姉さんタイプ。
私は子供ということでふたりのどちらからも可愛がってもらっている。
報奨金をもらったところでふたりから超撫でてもらった。
そして隣の商業ギルドに足を踏み入れてみる。
正直入るのは初めてだ!
造りは冒険者ギルドがギルド+酒場みたいなのに対して、商業ギルドはギルド+商店だ。
置かれている商品はこの辺りの特産品と、旅用品が多いのは行商人向けなのかな?
「いらっしゃいお嬢ちゃん。どういった御用かしら?」
「あ、こんにちは!」
受付嬢らしい人が1人出てきて私の為にしゃがんでくれた。
背の高い山猫種の獣人女性だ。これはまたセクシー系だ。切れ長の目がもうね、例えようない色気をね……。
「ええと、こちらのギルドに昨日来てると思うんですけど、行商人のアルトさんが来ていませんか?」
「あら、アルトのお客様? 少し待っていてくれるかしら、今ギルドマスターと話をしているの」
そんなすごい人だったんだ。それとも大きな依頼でも受けていたのかな。
どちらにせよこのままいてもどのくらいで終わるかはわからないとのこと。
なら一度帰って出直す旨を伝えて私は家に戻ることにした。
帰るとうちの前に変な人だかりができていた。
野次馬を押しのけて何事かと混じって見てみると、なんと昨日の貴族じゃないか。
それがヘイレム兄さんと揉めている。もしかして腕利きの冒険者云々言ってたのって兄さんとかおじいちゃんとかなのかな?
貴族の命令とか受けるとは到底思えないけど……。
なんせおじいちゃんとおばあちゃんに言わせると、プラチナランクまでなると冒険者も相当な財と名声を得るらしく貴族位をあげるから国に貢献してほしいって国が出てくるくらいなんだとか。
「何故だ! 我らがこうも言うているというのに……!!」
「貴様とて人間族だろうが! こんな獣臭い土地よりも戻れるのだぞ?!」
「何を言おうが俺はお前らみたいなやつらは反吐が出るほど嫌いなんで帰ってくれ。騒ぐようなら警備隊を呼ぶ」
「ぐっ……たかが冒険者風情が……!」
揉めているけどどうなんだろう、ここで私が家に入ったらあの貴族たちに見つかってまた面倒にならないかな?
でもこのままここにいてもなあ、と思っていると肩を叩かれた。
振り返るとそこにいたのはアリュートだった。
「アリュート?」
「依頼報告のついでにキミの顔を見に来たんだけど……何かあったのかい?」
「ああ、うん……兄さんに直接依頼に来た人間族の貴族の人が断られたんだけど、納得できないみたい」
「そうなんだ。それでイリスも中に入れない感じなの?」
「うん」
アリュートは察しがいいなあ。
それにしても今日の彼は似合わない帽子をかぶって角を隠しているようだ。
悪魔族というのはあまりいい顔をされないから、その所為なのだろうとは思うけど。
「依頼どうだったの?」
「うん、今日のは素材採集だったからそんなに難しくなかったよ。フェルはおじいさんに呼ばれて一族の方に行っちゃってるから、無理はしないようにしてるんだ」
「堅実だね!」
「ありがとう。どうするんだい、このまま野次馬に混じっておく?」
「うーん……アリュート、時間があるならどこか一緒に行かない?」
「え? 僕でいいのかな」
「いいの!」
本当に驚いた顔をしたアリュートの手を取って、私は人込みを抜けることにした。
なんだかあの貴族たちに見つかるのも面倒だったし、アリュートが1人でいるのも珍しい気がしたから。
前に紹介されてからそんなに日数は経っていないけど、あまり他の人と馴染めていないようだとフェルが心配していたことを私は知っている。
だからここは私とアリュートが仲良くなってみようと思うのだ!
といっても大してこの街も娯楽施設があるわけじゃないし、武器屋に行くよりは自分の家の鍛冶屋が優秀すぎるし。
それならと私はギルドに戻って討伐依頼なんか受けてみた。
「ダクト・ビーって確かに討伐ランクとしては下だけど、僕らブロンズだけだと大変じゃないのかな……?」
「大丈夫だよ! 無茶はしないで無理そうだったら帰ってこようね」
「う、うん……!」
困ったように笑いながら、アリュートは武器に手を伸ばしていた。
いつでも剣を抜けるようにというその構えはとても自然に身についていて、なりたて冒険者と呼ぶには手慣れ過ぎているような気がする。
あ、でもアリュートは魔人族の国で貴族だから英才教育とか受けてるのかもしれない。
「あそこだね、イリスは何の武器を使うの?」
「私は魔法と弓がメインかな。アリュートは剣なんだよね」
「うん、一応魔法も使えるけど精神系だったり能力低下系だったりだからあまり見込めないかな」
「……ううん、それ使えるかも!」
「え?」
要するにダクト・ビーは蜂だ。
ちょっと大きくてどす黒っぽくて攻撃的な蜂だ。
前世の感覚でいうとスズメバチの巨大版で色がどす黒いやつだ。
近隣の住人が迷惑どころかエサにされかねない恐怖に怯えないといけないレベルのやつ。
私の両掌に一匹がちょうど乗るくらいのデカさなので、脅威だ。
で、当然蜂だけに空を飛ぶし素早いし、毒針は持ってるし仲間を呼ぶしとまあ一匹一匹は強くないけど集団の面倒くささと危険性から敬遠される討伐モンスターだ。
ただ一匹に対する危険度で表されるので、よっぽど巣が大きいとか変異種だったとかじゃない限りはブロンズランクでいつも依頼が残ってる感じだ。
「要は蜂の素早さをまず落として、それから攻撃していけばいいと思うの! 討伐証明は女王蜂の体の一部か、巣材の一部なんだし。私はあんまり強い炎の魔法を使うわけにはいかないけど唱えている間に襲われるのは困っちゃうし」
「うん、それじゃあまずは速度低下を掛けて……僕はじゃあ蜂を切り落とせばいいのかな」
え、簡単に言うね。
「それで、アズールも蜂と戦うのに風刃を使ってみてくれる?」
「キュルルルル」
ハルピュイアに戻ったアズールは楽しそうだ。
結構戦闘が好きなのかもしれないけど、蜂相手はどうなのかなー。
風刃は私の風の刃に似た技だってことはわかっているけど精度がどんなものかはちょっとわからなかった。
実戦で使い慣れてもらうしかない。
「巣から出てる蜂はある程度炎系の魔法で焼けると思うけど、残ったのはお願い。あと女王蜂と護衛蜂も装甲が強くて魔法にも強いって聞いたけど……」
「それは出てくれば僕でも切れると思うよ」
あっさりと請け負ってくれたアリュートは慢心というわけではないらしい。
とても頼りになるね!
とはいえ即席パーティなので、いつでも撤退できるように退路を確保してから私たちは計画通りにダクト・ビーの討伐依頼に立ち向かったのだ。
◆◇◆
「美味しいね!」
「そう? お代わりあるからたくさん食べてね!」
依頼?
ああ、ちゃんとこなしましたよ。
アリュートとアズールがばっさばっさと蜂を落としていきました。
討伐証明の女王蜂の頭怖いです。
で、手に入れたハチミツを使って私とアリュートはお昼を食べているところ。
インベントリから取り出した牛乳とパンでフレンチトースト。私の中で王道。
惜しむらくはしみこませる時間だよね!
それにアマンの実もつけて、野外で美味しく食べているのです。
どうやらアリュートも気に入ってくれたようでそれはそれは綺麗な所作でどんどん食べてくれている。
「イリスはすごいね。魔法も上手に使えて料理もこんなに上手だなんて!」
「いつかは独り立ちするつもりだからね!」
「冒険者として旅をして回るのかい?」
「うん、それがいいかなあって。……どうも私は容姿には恵まれてないみたいだから、最悪1人でも生きていける術を身に着けないと……ああ、アズールはずっと一緒だよ!」
「キミまだ7歳かそこらだろう、ちょっと達観しすぎてないかな。それに人間族で魔力があれば、お嫁には望まれることはあっても嫌がられることはそんなにないんじゃないかな?」
「うーん、でも理想は好きになって、好きになってもらってっていうのがいいなあ。……夢見がちかなとは思うけど!」
「あはは、良いと思うよ。王侯貴族じゃないんだから。まあ僕も貴族とは言っても兄がいるからね、キミと同じようなものだからやっぱりそういうのがいいなと思うよ。……でもほら、魔人族って身内にちょっと重たい種族だからね……」
「自分でもそうだなって思うことある?」
魔人族の多くが自分の身内に対して深い愛情を持つために、敵対者を徹底的に許さず呪い殺してしまったという事例があると聞いたけど本当の所どこまでなのかは実証されていないらしい。
そりゃまあ調べるためにどうこうとは言えないだろうし、呪われた人も何故呪われたのかを白日の下に晒すのは困るだろうし、病は気からで自分から悪化させてしまった可能性も否めないのが検証をあやふやにしているのだ。
私的には興味半分、今後に役立てようという考え半分で聞いたところアリュートは少し考え込むようにして真面目に答えてくれた。
「感じることはあるかな。身内って言い方だけど、友人も含まれているからフェルが悪く言われると自分の中で魔力が急激に高まるのを感じることはあるよ。ただ呪い系の魔法は覚えたことがないし、両親も兄も知らないと言っていたからこれは種族特有のスキルなんだと思う」
パッシブスキルか。そりゃ厄介だ。
本人がオン・オフを意識してどうこうできるのかまではちょっと不明だけど、この様子だとできないんじゃないかなー。
ただ呪いの度合いはきっとかける側のレベルかなにかが関与しているに違いない。
「だから、僕は敬遠されがちだからね……フェルもよく冒険者学校で僕を恐れずに話しかけてきたなあと逆に関心すらしたよ」
「あ、冒険者学校で出会ったんだ?」
「うんそうだよ。イリスは通っていないんだよね、お兄さんとおじいさんがいるから十分なんだろうけど」
「いやいや、あの二人の授業は普通じゃないと思うよ……」
多分冒険者学校じゃ素材の剥ぎ取りとかでタイムアタックとかそこまで厳しくさせないと思うよ。
100kgサイズの熊の皮剥ぎとか毎日させたりしないと思うし、古代語とかもやらないと思う。
いや、実用的だったけどね。
本当に実用的だけどね。
そのうち交渉術とか入ってきそうで怖いと思う。
「まあ僕はそういうことであんまり恋愛とかは上手くいかないかなってちょっと思ってるから、気長に行こうと思うよー。それこそイリスと同じで一生独りでも生きて行けるようにね!」
「ええー、アリュートは優しいし紳士だしかっこいいからきっと女の子の方からくるよ!」
「でも重たいと思うよー、魔人族の人って僕から見ても一途で重たい人が殆どだからね……」
「えっ、そうなの……?」
魔人族ってどんだけ……。
食べ終わった彼のコップに今度はハチミツ入りのお茶を渡してあげると、嬉しそうに目を細めて笑ってくれた。
くっ、美形は微笑みだけで本当にすごいね! ごちそうさまです!!
「イリスはいいお嫁さんになれるよ、きっと」
「え、そうかな。えへへ、そうなったらいいなあ」
「うん、僕みたいな魔人族でも怖がらないでくれるし、こうして一緒に食事もしてくれるし。優しい良い子だよ」
「魔人族だから怖い、なんて偏見だよ。大切な人をちょっとだけ、普通よりちょぉーっとだけ過保護にしちゃうってことでしょう? なら、私がアリュートと同じくらい強くなれればアリュートは安心してられるから過保護にならないで済むでしょ?」
「……イリス?」
「アリュートがそんなに悲しい顔しないでいいんだよ。だからまた一緒に依頼受けたり、ご飯食べたりしようね!」
「……! う、うん!!」
うんうん、子供はそうやって嬉しそうに笑うのが一番だよ!
って私も中身はともかく見た目は子供なんだけどね!




