31:着実に増えている。
墓参りらしきものを済ませて立ち上がると、にこにこ笑う女性が私たちの後ろに立っていた。
アズールも気付かなかったらしく、慌てて軽く威嚇したけど向こうはまるで気にした様子はない。
ただにこにこと無邪気に笑っている。
亜麻色の髪に白い花の冠を被った女性は私に向かって笑いかけているのだ。
「ええと……」
ほんと、どちらさまだ?
というかまあ、この土地にいる以上人間ではないのかもしれない。
「私はニュンペー。木の精霊。そこにある花を咲かせている木よ」
「ニュンペー……」
そうだ、エント同じ木なのに違う存在。木の精霊であり一部の学者の間では下級の女神とも言われている。
ひとつの木に宿るその精霊は、その木と共に命を育む存在だと本にも書いてあった。
こんな霊峰だものね、いたっておかしくはないよね。
「ええと……私にご用ですか?」
「いいえ、お礼を言おうと思って。ファナリナスの心が凪いだのを喜んでいるのです。この樹は大地の女神の恩恵を大きく受けた樹。私の木はその隣。だから彼の悲しみや嘆きがいつまでも聞こえていて哀れに思っていたのです」
「……そうなんですね」
「お礼に、貴女の願いを何か叶えてあげたいと思って姿を現すことにしたのです」
「願い事、ですか?」
「ええ、加護を与えるのでもいいし予言の能力を付与して差し上げても良いですよ、それとも病を治すとかそういった能力を付加できますけれど」
「特に必要ないかなぁ……あっ、そうだ!」
「なにかありまして?」
ニュンペーが愛らしく首を傾げた。
いやあ、何も知らない人が見たら惚れちゃうほどの美形だよね。
中身はまあ、人間じゃないけど。
私は魔力を通して弦を作るような、魔力に対して強靭な弓を作るための枝が欲しいと伝えてみた。
イメージを伝えると、少し考えたニュンペーさんが軽く手を振って一振りの大きな枝を出してきて、私にくれた。
「それはトネリコの枝です。ですがただのトネリコではありません。大地の龍の体から生えたトネリコの枝です」
「大地の龍……」
「高位の龍たちはそれぞれに寿命を終える時、役目を持ってその身を命へと変えます。大地の龍はその身を樹の苗床にするのです。きっと彼も喜んで貴女にそれを与えるでしょう」
「ありがとうございます!」
「でも貴女は魔法使いではないのですか?」
「外の世界では魔法使いだと知られると、それだけで狙われることがあるので……」
「まあ、外は怖いのですね!」
端的に事実だけ伝えるとニュンペーさんが眉を顰めてしまった。
別段そこまで恐ろしい世界ではないのだけどね。まあ嘘でないことも悲しい現実。
アズールはニュンペーさんが私に友好的だと感じたのか、ようやく肩の力を抜いたようだった。
「名前を聞いていませんでしたね、人の子よ」
「イリスです」
「イリス、もしよければこの杖も持っていきませんか。かつてこの地を“終の場所”と決めた男が私に託したものなのですが……貴女はこの杖を持っても揺らぐことはないでしょう」
「揺らぐ?」
「持てばわかります」
また再び手を振ったニュンペーさんと私の間に、一振りの杖が現れた。
それは銀色の金属の杖のようで、綺麗な彫刻が彫られている。
デザイン性もばっちりで、一目で高価なものだろうと予想できるような代物だった。
そしてそれよりもなによりも、杖の先がアルファベットのCみたいな形になっていて、その中を浮かぶ青い玉のようなものがある。
あれは巨大な魔石だ。あんなに大きくて純度の高いのはそうお目にかかれない。
促されるままにそれを掴んでみれば、びりっと手のひらが痺れるほどの魔力を感じた。
その魔力は私の手のひらを介して体の中を暴れるように入り込み、暴走しようとしているかのようだ。
でもコントロールすることを重点的に繰り返し修練している私には、問題なかった。
これが揺らぐってことなんだろうか?
何も知らずになんの修練も積まない魔力持ちが使おうとしたなら、きっと杖に魔力を与えられた挙句に扱いきれず全身の魔力を吸い取られて魔力枯渇で死ぬか――或いは、魔力を制御できずに飽和による暴走で死ぬかのどちらかなんだろうと思う。
「これはとんでもないものですね……」
「そうですね、普通の人間には扱いづらいようですが貴女は大丈夫のようです。使ってあげてください」
「いいんですか? 本当に?」
あとで返せとか言わない?
そう念を押すかのように聞いても、ニュンペーさんはにこにこ笑うだけだった。
トネリコの木はお父さんに相談してみよう。
「貴女もこの土地に骨を埋めたくなったらいつでも相談してくださいね。貴女なら私の木で眠りを守って差し上げますよ」
「……ええと、ありがとう、ございます?」
多分それは純粋な善意だよね?
……私、人間族以外にはもってもてだなー!!
言ってて悲しくなるわ。いやいや成長すれば普通に……いけるはず。
中身がこんなだからついつい子供らしく受け取れないのが難点だなあー……。
「ところでもう一つ、託を預かって来ましたよ」
「託ですか?」
「ええ、女神の僕どのが、先ほどの子供とは別に紹介したいと……」
「別にいいのになあ……」
「グゲェーッ!」
「アズール、ほら、怒らないの! ニュンペーさんが悪いんじゃないんだよ!?」
「ほほほ、そのハルピュイアは随分と貴女を好いているのですね。念話を習得するのもそう遠い話ではないのでしょう」
「念話?」
「ええ」
そうか、念で会話するのか。
そりゃそうか、声帯からして違うんだし。
でもニュンペーさんのお墨付きならきっとそう遠くない話なんだろう。
「楽しみだね、アズール!」
「ギュイギュイ!」
杖と枝を両方ともインベントリに収めて、私たちは彼女に手を振って女神の僕さんがいた場所へと向かう。
もう位置がわかっているのだから、慌てる必要はない。
大きな樹の根元をぐるりと回るようにして石造りの椅子とテーブルの前に着けば、先ほどと変わらぬ姿勢のままの女神の僕さんがいて彼女もまたにっこりと笑っていた。
「お早いお戻りでしたね。ニュンペーの機嫌もずいぶんと良くなりました。感謝いたします」
「いえ……」
「それで、ご迷惑をおかけしたことに対して『人間に詫びや礼をする時には品を与えた方が喜ぶ』と聞いたことを思い出したのです」
「はあ……」
言い方が随分乱暴だけど、まああのユニコーンの子供が迷惑に対する謝罪とファナリナスさんが穏やかになれたこととニュンペーさんがご機嫌になったということのお礼、ということなのかな?
人間じゃないから感性が違うんだろうけど、いくら美人でもこれはちょっと残念だなあ。
いやこれがご褒美だっていう人も結構いるかもしれない。世の中は広いからね!
「そなたは従魔の契約がまだ行えるようですので、役に立つ者が選ばれました。今はまだ生まれたばかりで弱弱しいですが、数日待ってもらえば十分にそなたの役に立つはずです」
「え?」
「おいでなさい」
「ブルルル……、」
呼ばれて樹の中から現われたのは、仔馬だ。
先ほどのユニコーンよりももっと小さい。
っていうか女神の僕さんが“生まれたばかり”と言わなかったか。
「もともとこの樹は命を育むもの。使命を持つ神使が生み出されることもあります。流石にわたくしがお仕えするお方から直接授かるわけにはいきませんのでわたくしが生み出したものです」
「そ、そこまでしていただくわけにはいかないっていうか……、」
「気に入りませんでしたか? ですが貴女の魔力に適応するように生み出したのですが……」
「いえ、そういうわけじゃなくて、ええと……。ねえ、どうする? アズール」
確かにあのユニコーンにはちょっと困ったけれど、酷いことをされたわけじゃない。
距離感が向こうも掴めなかっただけだと思うので、いきなり「お詫びに命を生み出しましたー」なんて言われても困惑する以外ない。
でも私が受け入れないとこの子の先がどうなるのかちょっと心配だし……ということで、従魔の先輩としてのアズールに投げてみた。
すると不思議なことに、アズールは「いいんじゃないの」と首を傾げている。
その態度は何故私が受け入れないのか不思議でならないと言わんばかりだ。
ええー、そういうものなのかなあ。
「……アズールが受け入れても良いと思ってくれたようなので、ではありがたく」
「そうですか、それは良かったです。では、契約を……」
「――……誓いを此処に。汝は我が身の下へ、我が身は汝と共にある」
「ブルル……」
目の前の仔馬が私に対してぺこりと頭を下げ、そしてアズールにも下げた。
そして私と繋がったことによって仔馬に変化が出てきた。
前回アズールと契約をした時には気を失った私だけど、今回はそんなことはない。
何故ならどうしてそうなったのかをもう復習済みなのだ!
普通、従魔契約をすると従魔のレベルは1になる。
これは従魔との信頼関係が希薄な契約始めで従魔の暴走、或いは主人に対する反逆を防ぐためのものだという。
ところが私は瀕死のアズールの肉体を修復した挙句にレベルを維持するという従魔の契約としてはできないことはないけど、普通はやらないということをしたらしいのだ。
良くわかっていない状態だったからというのは言い訳にしかならない。
さらに契約することによって従魔はステータスボーナスを得るわけだけど、そこは鑑定を使える私だから理解しただけで本によると『何かしらの契約上の魔力の行き来から、従魔は主を得ることでその能力を底上げした状態で生まれ変わると考えられる』とされていた。
で、今回の仔馬の場合は白い体躯に湖と同じような深い青の鬣に、それよりも少し淡い水色に近い青の瞳を持っていた姿が少しだけ変化を持った。
体躯はわずかに金色を帯びて、青の鬣は波をうつかのように輝きを増していた。
従魔の石は鬣を飾る装飾品に落ち着いている。
そして無垢でただきょとんとしていた目が、知性を急激に帯びたのを感じさせたのだ。
更に言えば、体格まで少しばかり大きくなったような……。
「無事契約できたようで何よりですね。未だ世界のことを何も知らぬ子供ゆえ、こちらで力の使い方と教育を施してからそなたの下へと遣わしましょう。そう時間は取りません。1週間もあれば十分でしょう」
「あ、はい。ありがとうございます」
「名をつけてあげてください」
「名前、名前ですよね……。うーん……うん、うん、セレステ!」
「キュルルルルッ」
「アズールもいい名前だと思う? うん、えっと……セレステはどうかな」
「ブルルル……」
どうやらこの子はユニコーンの子に比べると穏やかな性格のようだ。
ちょっとほっとした。
しかし従魔契約したんだからこの子も変身するんだろうか?
契約ついでにステータスを見てみた。
名前 : セレステ
種族 : 下級神馬
契約主: イリス・ベッケンバウアー(親愛度:3)
レベル: 1
HP : 5500
MP : 6000
攻撃 : 4300
魔力 : 4500
特技 : 突撃 空中浮遊 神聖魔法(小回復) 水壁
……レベル1でハイスペックすぎやしませんかね?




