30:ねがい
エントさんはゆっくりとそこに向かうと、膝をついて私の前に枝を伸ばして下ろしてくれた。
目の前には真っ白で、ゆらゆらとまるで陽炎みたいに揺らめく女性と、その横に立つ真っ白な馬がいる。
なんだこれ、どちらさま。
白い石造りのテーブルと椅子があるけれど、ほぼ使われないのか苔むしているようだ。
ってことはこの人はこれを使う必要がない人、ということなのかな。
「あの、えっと……」
「ようこそ、認められた子供よ。女神の恵みを好きに享受すると良いでしょう。無用にこの地の住人を傷つけるようであれば、そなたは永劫の呪いを得ると心得よ」
「は、はい!」
「わたくしは女神の僕、名はありません。好きに呼ぶが良いでしょう。わたくしの隣にいるのはこの女神の庭で生まれた新しき命。そなたに興味があるようです」
「ブルルルル……」
「は、はい……うわあ、ユニコーンだ、綺麗だ……。真っ白!」
にこにこと笑みを浮かべる美女は、あくまで仮の姿か何かなのだろう。
ホログラフみたいにゆらゆらとして今にも消えてしまいそうだ。でも言われた内容はつまるところ、この霊峰の管理人筆頭ってところなんだろう。
で、隣の馬は滅多に見ない外界の人間が来たから興味津々だったので連れてきた、と。
それにしても綺麗だ。
ユニコーンなんて前世の世界で伝説だったし、異世界ではいなかったし、この世界には実際に存在しているんだなあ!!
真っ白な毛並みに淡紅色のタテガミと湖と同じような深い深い、青い目。
それに何といっても真っ直ぐ、長いその角だ。
そんな存在が興味を隠さず私を見下ろしてくる。
少々無遠慮なほどに見てくるユニコーンが鼻面を近づけてくるものだからちょっと体がびくつけば、アズールが私の前に出てその姿をハルピュイアに変えてけたたましい声を上げてユニコーンを威嚇した。
「アズール?!」
「ブルルルルル……」
「ケェーッ!!」
「おやおや……。これはそなたが悪いのですよ、いくら興味があるからといって失礼をしてはあちらの従魔が怒るのも無理はないというもの……とはいえ、この子は生まれてこの方この地を離れたことがないゆえの無作法、許してやってくれますか人の子よ」
「は、はい! アズール、大丈夫、大丈夫だから。攻撃されそうになったんじゃないから!」
「キュルルルル……、」
不満そうに、私を庇うように羽を大きく広げて威嚇を続けるアズールを引っ張るようにして下がる。
同様に女神さまの僕と名乗った女性はユニコーンの方を窘める。
互いに距離を置けば不満そうにしたアズールとユニコーンが、互いにそっぽを向いた。
どうやら初対面の印象は互いに最悪、といったところなんだろうと思う。
けど、まあ……うん、喧嘩しないでくれたらいいなあ!
ここに来るたびにこうじゃ困っちゃうからね!!
「ところで人の子よ、そなたをここに呼んだのはただ挨拶をするだけではないのです」
「あ、はい」
「そなたからある人物によく似た魔力を感じるのです。ゆえ、縁故かと思って呼びました」
「縁故?」
「はい、その者の名はファナリナス。盲目の狼人族です」
「あ……っ、それは、その、縁故ではないです。でもその方の所縁ある女性と縁を結びました」
「なるほど……もしよければ、彼の墓所がすぐ近くにありますので花を手向けてやってはくれませんか。彼の一族もなかなかにこの場所へ足を踏み入れる許可を得た者が少なく、訪れるものは減っていく一方……寂しい思いをしているやもしれません」
「……。はい、喜んで」
「感謝します。案内はそうですね、詫びとしてこの者にさせましょう」
ユニコーンが不満そうに前足を上げて不平を訴えるが、女神の僕はキニシナイ。
むしろ私の方もアズールが「お前なんかとっととどっか行け」と言わんばかりに再び威嚇を始めたので遠慮したい。
しかし行くって言っちゃったしなあ。
案内してくれるって言うのをやっぱりお断りしたら角が立つかなあ。
「ふむ……まったく、この子には少しばかりお説教をせねばなりませんね。案内は貴方たちを連れてきてくれたエントに頼むことにします」
「ありがとうございます」
そういえば私たちを連れてきてくれたエントさんはずっとそこにいたんだった。
それにしてもアズールとユニコーンに引っ張りだことはモテ期到来か! 人間じゃないけど。
まあそんな冗談を思っても口に出すわけでなし、エントさんはまた膝まづいて私をゆったりとした動きで運んでくれた。
女神の僕さんの言った通り、そこはそんなに遠くなかった。
むしろ場所を教えてもらえば歩いて行ったよってくらいの距離だった。
でもまあ案内してもらわないと巨大な木の幹に埋もれるような感じの墓石だったので教えて貰わないと確かに探したかもしれないけど。
墓石はそれひとつだけ。
なぜこの土地に彼を埋葬したんだろう。
シンリナスさんは、おそらくリリのことを伝えて欲しくて私をここに寄越したのだろうけど、それにしても言葉が足りなすぎる。
表面はすり減っているし、木の幹に飲み込まれるような状態で圧がかかったのかヒビも入ってる。
ここにはなんて書かれていたんだろうか。
黒狼族以外には心を許さずに生涯を終えたという、リリの双子の片割れは呪いの言葉を残したのか。
それとも見つからない家族を想って遺言を残したのか。
或いは、あえて何一つ残さなかったのか。
あの一族にあってフェルの毛色が白なのは、きっとファナリナスの血筋なんだろうなと勝手に思う。
髪を飾ってくれていた花を一輪抜いて、墓の前に立つ。
アズールはハルピュイアの姿のまま、周囲を警戒するかのように睨みつけている。
どうやらあのユニコーンがまた来るんじゃないかと思っているようだ。
(……私でいいのかな)
家族ではないし、他種族だし。
それどころか当時のことで考えたら人間族も敵だったかもしれない。
彼にとってはあらゆるものが敵だったのだろうけれど。
でもリリは、私を友達だと言ってくれた。
「……うん、えっと……」
そっと墓石の前に膝をついて、花を添える。
「私は、リリの友達です。リリは、逝きました。立派な最期でした。だから、えっと……安心してください」
何を言えばいいのか。
そもそも目の前にあるのは墓石で、きっとその下に骨があるだけだ。
本人がいると言っても、面識があるわけではないし何か特別な感情があるかと問われればない。
せいぜいが友達の家族だっただけだ。面識があれば別だったかもしれないけど。
それも結局は遠い昔の話で、けれど、
「……あなたのどのくらい後の子供なのかな、私が好きな人が綺麗な白い毛色の人なんです。昔はすごく大変だったかもしれないけど、今はそんなことないです。えっと……何が言いたかったのかな、えっと、とにかく! もう、大丈夫です!」
こういうのって慣れてないんだ。
だから上手く伝えられる気がしないけど。
今を生きている私たちは、きっと、大丈夫。
ファナリナスの憎悪も、絶望もわからないけど、わからないままでいい世代になったんだと思う。
勿論、一族がらみで考えたらフェルには思うところがたくさんあるんだろうけど。
少なくともフェルのお兄さんはフェルを大事に思っているし、シンリナスさんは家族だけじゃなくて友達まで含めて全部大事にしたいと思ってくれてる人だ。
だから、今はきっと。
私たちは、ちゃんと前に進んでいるんだろうと思う。
『……ありがとう……』
「?!」
リリのピアスが熱くなったと思ったら聞こえた小さなお礼。
その声に振り返っても誰もいない。
ピアスに触れたら、石が増えてた。
勿論鑑定した。
『友情の証:リリファラパルスネラの友情の想いが籠った魔石 魔力+10【加護:友情の絆】』
『感謝の証:ファナリナスからの感謝の想いが籠った魔石 魔力+10【加護:感謝の守護】』
石がそれぞれに名称と新しい効果がついて、更にピアスの名前が変わっていた。
“リリの友情”から“双子の願い”になってた。
感謝の加護についてはさらに即死無効がついてた。
もしかして生前、2人ともハイスペックだったのか……?
っていうか願いってなんだろう。
やっぱりここは両親を見つけてねってことだろうか。でも何も言われてない。
いや……見つけられたら、うん。
見つけられたらいいな。




