29:霊峰
目の前に花が出てきて、そのまま枝が伸びて髪に触れた気がする。
そして目の前のエントがなんとなくにこにこしているような気がした(木のうろみたいな部分が顔のようなものなのかなと思うけど、実際はよくわからない……)。
一体何をしたのかなと思ったけど、花を髪にさしてくれたのだと気付いてその花をとってみた。
白い、プルメリアに似た花だった。
とても良い香りがして思わず「可愛い!」と声を上げると、同意するようにアズールが「チュピピ!」と肩で鳴いた。
でも私が花をとったのが気に入らなかったと勘違いしたのか、エントはまた花を咲かせると私の髪に次々と刺していく。
「わっ、わっ、」
耳元でカサカサと葉が擦れる音がして、その枝が離れた時には私の髪はプルメリアに似たその花の冠を被ったかのようになっていた。
思わずおかしくてくすくす笑ってしまったけれど、そこからまた一つ取り出してみれば最初の真っ白な花と違って今度は花弁の先がうっすらと青いもので、そちらはまた違う香りがした。
「じゃあこっちはアズールね! 青だからきっと似合うよ」
「チチッ」
小鳥のアズールには少し大きいような気がしたけど、私と同じように花を飾ると誇らしげに胸をそらして満足そうにしていた。可愛い。
どうやらこの花は歓迎の意と同時に、守り人たるエントが合言葉を認めてくれたという証らしい?
良かった、私は古代語を書いたり読んだりは出来るけど、音読とかはちょっとおじいちゃんから落第を貰って慰められた経験があったから。
さあどうぞ、と言うかのように枝を振ったエントは元の位置に戻っていく。
何年も何十年も、それこそ何百年も彼はずっとそこで合言葉を言う人物を出迎えているのかもしれない。
そう思うとこの場所は本当に特別なのだと思う。
実際にはこのバスクェッツェリ大森林は霊峰の麓にある森だ。
だから私たちの住む町も霊峰の中にあると言ってもいい。
その中でこの一区画だけが、特別なのだ。
山の麓でありながら、広大な森林だというサーナリアは広大な霊峰に守られた土地なのだ。
そしてなぜこの場所が特別なのかというと、ここは大地の女神との交信が可能な土地だということらしい。
とはいえ、私がそれを知っているのは本で得た知識でしかない。
らしい、なんて信ぴょう性の薄さも実際にはここ何百年、女神と交信した人が誰もいないんだからしょうがないと思う。
「でもここからどうしたらいいんだろ」
「チュピ?」
かといって女神に何か用があるわけでもない私が、何故ここに向かわされたのか正直よくわからない。
シンリナスさんは何をさせたくてここを訪れさせたんだろうか。
でも折角なら、ここで弓になりそうな枝を分けてもらえないかエントたちに聞いてみるのはいいかもしれない。
それにアマンの実も食べてみたい。
「ねえエントさん! アマンの実ってどこにあるの?」
ガサガサ。ガサガサ。
揺れる枝はが指し示した方向で、木々がゆっくりとどいていく。
え、まさかこの森のほとんどがエントとかそんなことって……。
でもどうやらわざわざ迷わないように道を作ってくれたようだ。
ありがたく通ることにして、途中のエントたちを見上げれば色々な木々でもあるようだ。
花や実をつけたエントが緩慢な動きで手を振ってくれているのを見て、なんとなくわくわくした。
結構歩いた気がする。
間に花畑みたいなものがあったり、見慣れない鮮やかな鳥がいたり、巨大な角を持った白鹿に出くわしたりと色々あった。
しばらくすると、少し拓けた場所に出た。
山からの雪解け水なのか、流れ出てくる清水があって、湖がある。
山自体が霧がかっているようなものなのに、湖面がキラキラと輝いていて、そこから私がまだ通っていない方向へと延びる川がある。
「これは……綺麗、ねえ……」
ほう、とため息が出る。
綺麗さにため息が出るなんて、初めての体験だ――前世を含めて。
畔に立って、全体を眺めて、そしてしゃがみこんで湖を覗き込む。
深い深い青い色は、きっと相当の深さなのだろう。
(この湖には、生き物はいないのかな?)
あまりにも透明で深い青に、飲み込まれてしまいそうだなんて思ってしまう。
周囲には青い湖を彩るかのように赤や黄色のスミレのような花が咲き誇っている。
この光景だけでも来た甲斐があったかもしれないなんて柄にもなく思って、座り込んだままその風景を眺めていると私と違って飽きたらしいアズールが肩から羽ばたいた。
軽く私の頭上を旋回して、まるでちょっと周りを見てくるとでもいうかのようにひと声鳴いてから飛んでいく。
アズールとの信頼関係は築けていっていると思うので戻ってこないということはないのだと思う。
私はおとなしくここで待っていた方がいいんだろう。
そうぼんやりと湖を眺め、ほんの少しの興味で手を浸してみるととても冷たくて気持ちが良かった。
「えっ?」
湖面に映る自分の後ろに大きな影。
それに慌てて振り返ると、入り口で出会ったよりも大きなエントが歩み寄ってきていた。
その枝には見慣れぬ鳥と、アズールの姿。
赤みがかった木の実を揺らして現れたエントが私の目の前で、ゆっくりと膝をついた。
そして両手? 両枝? を伸ばしてきたかと思うと私をそっと持ち上げてアズールたちが止まっている大き目の枝の前へと連れて行ってくれた。
あまりの展開に私は目を丸くして抵抗のひとつもしなかったのだけど、アズールと小鳥が場所を開けてくれたので座れば良いのだと気が付いて、そこに座った。
するとエントはそれを待っていたのか立ち上がって、今度はまた片手(片枝?)を寄せてナツメにも似た赤く丸い実を見せてきた。
どうやらくれるらしい。
「ありがとう!」
どのくらいの声で言えばエントに届くのか、一体彼らのどこが耳なのかちょっと判別がつかなかったけど、枝に乗せてもらっているのが肩に乗せてもらっているようなものならそう遠くも無かろうとちょっと大きめに感謝の言葉を述べると、彼(彼女?)が応える代わりにどうやらそこを根城にしているらしいリスのような動物が顔を出して愛嬌を振りまいていった。
「……美味しい」
赤く丸い実は何とも言えない甘味だ。マンゴーみたいに濃厚な甘みなのに、パイナップルみたいな食感で、それでいて後味はさっぱりしている。
これは美味しい。
皮ごと齧っても全然苦にならない。
私の手と同じくらいのサイズなのに、もっと食べたいと思うくらい美味しい。
「アズールも食べる?」
「チチ」
「先に齧っちゃってごめんね」
私の実を一緒に啄ばむアズールは、私の方に飛び移ると気にしないでと言うかのように頬にすり寄ってきてくれた。
可愛い。超可愛い。
「エントさんはお話できないのかなあ」
「チチッ」
「人みたいなのはいないんだね。女神さまのお膝元だからなのかな?」
「チチチ?」
「私もいつかアズールとお話したいね」
「チュピピピピ!!」
ご機嫌に囀るようになったアズールに、どうやら彼女も私と意思疎通をもっとしたいと思ってくれているのだと知って嬉しくなる。
手元の実はあっという間になくなっていた。
「この実ってなんだろうねー?」
「チュピィ」
「あっ、これがもしかしてアマンの実なのかな?!」
「ピピピ、」
「あれっ、あっ、ありがとう」
種もない果実は不思議で、もう少し食べたいなあなんて思っていたら先ほど顔を見せたリスが実を持っておりてきた。
しかも一匹二匹じゃなくて、それがそれぞれに実をもってやってくるからあっという間に私の膝は実でいっぱいになった。
「わ、わあ」
揺れるエントの枝の上で落っことさないようにと慌ててインベントリに実を入れてみる。
そこには“アマンの実”と出ていた。
鑑定してみると【効果:魔攻/魔防+100 30分間】と出た。ゲームか!
ついでにリスみたいな動物も鑑定してみた。ちょっといやそうな顔をしたのでもしかして鑑定されるのを感じ取ったのかな?
【チェルシェット種。知能が高く、エントと共生している。】
へぇ、チェルシェットって言うんだ。
大きさもまばらだからこれは家族なのかな。
小さいチェルシェットはアズールとなにか仲良くなって互いに毛づくろいみたいのを始めてるんだけど、ナニコレ可愛い。
「そういえば、エントさんはどこに行くんだろう……」
連れられるままにさらに奥に進んでいる気がするんだけど(といっても湖の周りを歩いているんだけどね!)、ぐるっと一周して反対の川岸まで遊覧してくれるとか?
いやいや流石にないだろう。
と思ったら、エントさんは湖からさほど離れていないところにある巨大な樹に向かっているのだとわかって私はそちらを見た。
まるで何本もの大樹が集合したかのような巨大な、大樹と呼ぶよりも巨大樹と言いたくなるような樹がそこにはあった。
なんで気が付かなかったんだろうと思うくらい、違う、大きすぎて逆に気が付かなかった。
そのくらい大きな樹だ。
そしてその根本の一角に、何かあってそれにどうやら向かっているようだ。
「あれは……なんだろう……?」
木の根元にあるのはどうやら白い石のようだ。
そしてその根元に、人のような姿と馬のような姿がまるで陽炎のように揺らめいて見えていた。




