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C級勇者はどうやら逆ハーとかいう状況を手に入れた。  作者: 玉響なつめ


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29/76

28:物事はどんどんお構いなしに進むのだ。

 アリュートとフェルと別れ、再びおじいちゃんたちと合流して家に帰って数日経った。

 家族はアズールも受け入れてくれたし、結婚の報告に出ていたドム兄さんとピッキーさんも帰ってきてた。

 どうやらピッキーさんはうちで同居してくれるらしい。


 ピッキーさんはダンジョン踏破した私を盛大に褒めてくれて、従魔となったアズールの強さを本能で感じるのかちょっと警戒気味に、それでも食事となる肉を獲ってきてくれたりする。

 そう、未だこの家では家事全般はイゴール兄さんが主導権を握っているのだ。

 まあピッキーさんと仲良くやっているようなのでそれはそれでいいと思うんだ!


 そしてなぜだかはわからないけど、アズールは私のことが大好きらしい。いや、好かれて嫌なことはないけどね?

 いつの間にか親愛度が6まであがってた。特に覚えがないから不思議。

 おはようからおやすみまでずっと肩に乗っている。

 可愛いからいいんだけどね?


 で、そんな中。

 私はシンリナスさんに会いに狼人族の集落に来ていた。


「お久しぶりです、シンリナスさん」


「二か月ぶりか。ダンジョン踏破したそうでなによりだ。フェルナンドからも聞いている」


「実は、お願い事と他にお話があって来ました」


「……祖父にも言えぬ話か」


「繊細な話ですので」


 前にも通された、族長の謁見室みたいな場所で、私は前と同じようにシンリナスさんに見下ろされている。

 相変わらず威圧感たっぷりだけど、あの時ほど圧はかけてこないので怖くはない。

 それよりはフェルのお兄さんの方が睨んでくるんだけど、なんでだろう。

 苦笑しているフェルのお父さんが気を利かせて、シンリナスさんと私だけにしてくれた。


「ありがとうございます」


「ふん、おれを弑するにもそのか弱き牙ではどうにもできまい。例えその従魔が本来の姿になろうともな」


「チィ、ピピチキュルル……」


「アズール、めっ」


 ギチギチと威嚇音を出し始めたアズールを制して、私はシンリナスさんに手招かれるままにそばに寄った。


「それで、なんだ」


「まず一つ、私は7歳でした。前に5歳だって言ったけど、あれはおじいちゃんたちが私のことを隠すために年齢も隠していたんですって。すっかり忘れていたみたいだけど」


「ジャナリスらしいわ。あの阿呆めが」


 シンリナスさんらしい物言いに私も苦笑する。確かにそんな大事なことを“忘れて”しまうおじいちゃんには困ったものだ。

 顎に手を当てて、私を上から下まで眺めてシンリナスさんは小首をかしげた。


「しかし……ああ、そうか、人間族は成人は15歳だったな」


「え?」


「いや、獣人族は12歳なのでな、お前ももう少しで成人かと思ったが幼い体つきだったから心配だったのだが……そうだな、15歳だったか」


「はあ」


「お前にも婚儀の申し入れが早々に来るだろう。ジャナリスはああだが、あれでもこの国では屈指の冒険家だしな」


「……はあ」


 あまりありがたくない話だ。

 できれば私だって選ぶ側でありたい。

 ……向こうにもその権利があるのはわかっているけどね。


 少なくとも、今ある恋心があるうちはそっちを大事にしたいと思うのが乙女心だと思うんですよ。


「……それで?」


 私はそれだけじゃないだろうと含みのあるその問いに対して、髪をかき上げるようにして右耳を見せた。

 きらりと光るそれに、触れてくれるように頼むとシンリナスさんの武骨な指がそっとそれを揺らした。


「これは、……なんだ」


「リリファラパルスネラが、私にくれたものです。あのダンジョンで少女の幽霊と出会いました。彼女は狼人族で、同じくらいの年頃でした」


「……」


「違うかもしれません。でも、伝えたかった」


「そうか」


 この魔力石は、なんの効果を持っているかわからない。

 そもそもこれを使って魔力解放なんてする気もない。

 だってリリとの大切な思い出の品だからね。決して装備解除不可だからとかではない。


「その娘は、心安らかに逝けたのか」


「多分」


「そうか」


「優しい女の子でした」


「……そうか」


 もし、彼女が亡国の姫だったとしたら――これはほぼ鑑定上確定なのだろうけど、それをシンリナスさんに説明するつもりはない──彼女を見つけられないまま、諦めたという彼らに伝えないのはなんだか申し訳ない気がした。

 事実はどうだかわからないだろうし、このピアスを見せたところで証拠になるわけじゃない。

 成仏と共にボロボロと崩れ塵となってしまった頭蓋骨を持ち帰れたわけでもないし、私の言葉をそれで信じろという方が難しい話だとは理解している。

 それでも、シンリナスさんに伝えることを選んでいた。


 それは、フェルに会ったからかもしれなかった。

 彼に会って、彼の姿を見て、リリを想ったから。


「話は聞いた。感謝しよう、小さな人間族の娘よ。お前は高潔な森の娘だ」


「シンリナスさん?」


「フェルからも話を聞いている。その娘の為に涙を流したお前を、おれは獣人と同じほどに森の娘として信じよう。長老として、誓う。だからお前に霊峰への立ち入りを許可する。霊峰の内部での行動は我らではなく守り人が許す限り自由だ。好きにするがいい」


「霊峰……」


 それはおじいちゃんからちょっとだけ聞いた場所だ。

 大まかな位置は知っているし、入るのには許可が必要で、その許可を無視して入った者は出て来られないらしいとか。

 壁も何もないのに、入り口と呼ばれる場所以外入ることができない不思議な場所だと言っていた。

 そういえば、例のアマンの実も霊峰にあるんだっけ。


「霊峰の入り口から入れば、合言葉を問われる。それを答えろ」


「合言葉、ですか」


「ラム・ル・ディグラ、ノス・ディグラ、ユル・ラム」


「らむ……」


「ラム・ル・ディグラ、ノス・ディグラ、ユル・ラムだ」


「む、難しいです!」


「そうか。繰り返してみろ」


「らむ・る・でぃぐら……のす、でぃぐ、ら? ゆる・らみゅ」


「まあ及第点か」


 これは古代語だ。

 習って何の得があるのかと思っていたけどこういう風に合言葉に使われるのか。


 意味は『枝と小枝、私は小枝、あなたは枝。』だ。

 正直どういう意味かはわからない。

 まあ霊峰の木々と同じですよとかそんなニュアンスとかなのかな?


「一度入れば霊峰はお前を認識し、次からは無用の手続きなど必要なくなる。だからとっとと行け」


「えっ、今から?!」


「そうだ、今からだ。わかったか!」


「はっ、はい!!」


「ジャナリスには使いを出しておいてやろう」


「……ご親切にありがとうございます……?」


 なんだろう、釈然としなかった。

 アズールは、我関せずと羽繕いしてた。



◇◇◇



 霊峰は観光名所でもあるらしく、乗合馬車があった。

 ちょっとなんとも微妙な気分になった。

 入口で試してみるかと笑い合う観光の人がいて、ガイドさんに怒られたりしてた。

 一定の距離以上は近寄らないようにしているらしい。


 一応、観光客が悪戯に足を踏み入れないように、獣人の衛兵さんが門番として立っていたので私は近寄ってみる。

 山羊族の人だった。


「こんにちは!」


「こんにちは、どうかしたのかねお嬢さん」


 あれ、観光客みたいに近寄っちゃいけないとか言われない。

 ちょっと不思議だったので小首をかしげると、そんな私の疑問に気が付いたのか山羊族の人は笑った。


「お前さんから狼人族の匂いがしとるからな。獣人の国の者だとわかるよ。あやつらは無用に他人には触れるのを嫌うからな!」


「ああ、そうなんだー」


「それで、どうしたんだね?」


「あっ、霊峰に入る許可を貰ったから早く行けって」


「ほうほう、若いのに偉いねエ。滅多に最近じゃあ許可が下りるのを見ていないから」


「さっさと行けって言われたのは匂いが消えちゃうからかな……?」


「だろうね、そろそろ雨期だからね」


 すっと門番さんがどいてくれて、申し訳程度の門を開いてくれた。

 入口を突破しようとする人を避けるための門らしく、ちょっとだけ魔法の気配を感じる。


「さ、入って合言葉を唱えるんだよ。もし間違えたりしたら、入り口から奥に進まなければまだ後戻りを許してもらえるからね」


「許可なしで入ったら出て来れないって聞いたよ?」


「ああー……それはね、入り口から無理矢理入って警告を聞かずに足を踏み入れた人たちの話だからね。ちゃぁんと合言葉を唱えれば、大丈夫さ」


「おじさんも中に入れるの?」


「私は合言葉を教えてもらえてないねエ。でもここにいると、時々霊峰の守り人が『ありがとう』って言ってくれている気がするからね、それ以上は求めないことにしているよ」


「……そっか。ありがとね!」


 私は、踏み入れた。

 それだけで感じる。


 この森から先の山は、空気が、魔素が濃い(・・)

 多くの命の息づかい、私を見ている視線。

 それらは敵対的じゃないけど、友好的でもない。見定められている。


 問われるよりも早く。

 私は合言葉を口にしていた。


「ラム・ル・ディグラ、ノス・ディグラ、ユル・ラム」


 私が言い切る前に、木々が揺れた。

 それはなんだか嬉しそうに揺れた、とちょっとだけ思ったのは自意識過剰だったろうか。


 いいや、そんなことはない。

 目の前に枝葉を揺らして一輪の花をくれたのは――周囲にいる木々、エントそのものだったのだから!

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