幕間 祖父と孫
ジャナリスは、変わった男だった。
狩人や農業など一般的な獣人の生活は、あまり興味がなかった。
冒険者家業も正直興味はなかった。
それでも知識が増えるのは楽しかった。
いつの間にか自分に挑んでくるエルフの女性、アマンリエが愛しくて結婚を決めていた。
異種族婚ということで周囲がやかましかったので、さっさと結婚式をあげた。
なんだかんだ幸せだった。
娘が生まれて、家族っていいなあなんて月並みなことも思った。
その娘が好きな人を見つけ結ばれて、これまた異種族婚だったのは血筋かねえなんて妻と笑って。
孫が生まれて、尚一層幸せを感じた。
次から次へと生まれる孫に、嬉しい悲鳴を上げたものだった。
所が、女の子の孫が生まれてすぐに悲劇がやってきた。
どす黒い感情が、彼を満たした。
今までそんな感情を味わったことはなかった。知識が増えることを喜びとしていた男にとって、初めて知りたくないことだった。
娘が逝ってしまった。
護って逝ってしまった。
小さな小さな手を護って。
婿は良い人間だった。
だから獣人の国で人生をやり直すと家族全員で引っ越してきたときは諸手を挙げて歓迎した。
彼が鍛冶屋を営むための家も改築も全部準備した。
年齢を偽らせて、女孫を守るための算段を付けていく。
けれどもいつまでもは隠せないと知っていた。
幸いにして彼女もまた冒険者の道を厭わなかった。
ああこれで順調に、そう思っていた。
思っていたのは、勘違いだったんじゃなかろうか。
そう祖父として初めて思った。
小さい体で自分や家族を大好きだと言ってくれるイリスが愛しくてたまらない。
一緒にダンジョンに潜って、自分が得た知識を教え学ぶ姿が愛おしい。
だけれど、従魔の契約とやらをして魔力枯渇を起こしたからと急いで地上に戻って寝かせてみると。
小さく、この子は呻いた。
ごめんなさい。
嫌わないで。
いかないで。
良い子にするから。
そんな言葉が出てくる姿に、愕然とした。
いつも笑って、賢い子だとは思っていた。
母親のことを言及せず、父と兄たちに囲まれて笑ってくれていた。
母親が死んだ事実を知った時に大きく泣いている姿を見てほっとしたのも事実だった。
だけど、それでこちらも胸のつかえがとれた気がしていたのは――自己満足だったのだろうと思い知らされた気分だった。
兄であるヘイレムは無茶をした妹に少し怒っていたが、彼女の魘されている言葉を聞いてジャナリスと同じく愕然としていた。
そうだ、彼女があまりにも賢かったから我々はそれに甘えていた。
まだ彼女は7歳でしかない。
親兄弟の期待に応えなければと必死だったんだろう。
母親を死なせてしまった原因が自分だと、自責の念に駆られていたに違いない。
どうしてそこに気が付いてやれなかったのだろうとジャナリスは己の不甲斐なさを感じずにはいられない。
目が覚めたイリスに、謝らなくていいよ、と言う。
むしろ謝らなければならなかったのは自分なのだからとそれは胸の内にしまいこんだ。
これからの行動で示さねばならないことだからと。
優しい孫に相応しい、素敵な祖父にならなければならない。
そう男は思うのだ。




