19:リリと従属の魔石
洞穴は、自然のもののようだった。
そこで私たちは超巨大な魔石を見つけ、そしてそれを用いて強大な魔法を使ってダンジョンをあっという間にクリア!
……なんてことは勿論なかった。
そこには確かに魔石はあったけれど、とても小さなもので武器や防具に使う類のものではなかった。
『それはね、従属の魔石だよ』
魔力が供給できる範囲ではリリは意識を強く持てるらしい。
従属の魔石では十分とは言えなくても、数があるのでなんとかなるんだとか。
そこら辺は彼女にもよくわからないし、おじいちゃんもゴーストについては良く知らないというのでそういうものなんだね、で落ち着いた。
なんせリリの言葉が明確に聞こえるようになったとはいえ、それはあくまで私がという話であって他の皆にはようやく“リリ”という靄が視認できるようになった程度の変化でしかなかったからだ。
私の目にはもう少しはっきり彼女の姿が見える。
リリ曰く、私と彼女は年齢と性別が同じという点で波長が合ったのだという。
彼女自身も詳しくはないけれど、何度も今まで冒険者たちに語り掛けてきたが意思疎通ができたのは私が初めてだったんだとか。
他に気が付いた冒険者は有無を言わさずに攻撃してきたり逃げたりでほとほと困っていたらしい。
ではなぜ、という問いにリリははっきりと言った。
『わたしを 成仏させて欲しい』
私の目に映るリリは、半透明ではあるけれど狼人族の少女だ。
簡素な衣服を身に纏っているだけなので特徴とかはわからない。
なんでも最奥のゴーレムに囚われているんだとか。
それをおじいちゃんは聞くと途端に顔を顰めた。
何故なら、最奥にいる最終ボス・巨大ゴーレム。
最近冒険者たちが挑まない理由がそこにある。
記録によれば、訓練用に作られたボスということで自己修復と成長ができるゴーレムであるそれはダンジョン内部の土や岩を素体として形成されていたという。
ところが、訓練場としての機能を失い始めた帝国の終わり頃、ダンジョンの魔力に染まったゴーレムは倒した冒険者をも吸収し始め魔法や武器まで使い出した。
ある意味成長の成功であったわけだが、脅威な敵を生み出したのだ。
吸収しきれない冒険者はそのままダンジョンが養分として、そして武器や防具はゴーレムの素体の一部として。
段々と強力になっていったゴーレムに、特別な宝でも見いだせない限り挑む冒険者は減っていく一方。
とりあえず魔物が増えすぎないように定期的にギルドから依頼が出ては討伐隊が組まれているのが現状なんだそうだ。
ちなみにこの従属の魔石は、その名の通り魔獣との契約に使う魔石なんだって。
従魔ってやつだね! 従化って一時的に従わせる魔法があるけど、それとは違って契約者が死ぬまで従ってくれるらしい。
その為にある程度の知能の魔獣を殺さずに屈服または説得して、相手の体のどこかに魔石を付けてあげると契約完了。
魔獣側のメリットは、魔石を通じて契約者の魔力が与えられるので強化されること。
デメリットは、余程のことがない限り契約者の命令に逆らえないということ。
だからデメリットの方が高い分、知恵ある魔獣が近づくことはないのでまあ力づくでっていうのがパターンらしい。
まあそんな魔石のある洞窟だから、ラミアたちは近づいてこないんだってさ!
「リリは物知りだね!」
『ここはね、この魔石の採掘場でもあったんだよ』
「そうなんだ~。……リリどうしてこんな場所にいるの?」
『覚えてない でも 生きてないのはわかってる』
しょんぼりとした彼女の声に、私も一緒に落ち込んだ。
そうだよね、生きてないってわかってるって何とも言えない気分だろう。
赤ん坊に生まれ変わった時に意識があった私が言うんだから間違いない。
『もう おもいだせないくらい ここにいるの』
「……うん」
『思い出せないまま 消えていくのは いやだなって思って』
「……うん」
『リリは、リリだってわかってるうちにちゃんと死にたい』
「……うん」
『とっても難しいお願いだってわかってる』
そんな危険なゴーレムのところにいかないと、リリの本体を見つけられないんだろう。
それでも私は、リリの気持ちが少しわかる気がした。
『もう少ししたら、ハルピュイアの決闘が終わるよ』
「わかるの?」
『ダンジョンが選んだから』
「え?」
『挑んだハルピュイアはダンジョンにとって良くない進化をしたみたい』
「良くない進化……?」
『わかんないけど、力は挑んだ方が上だとリリは思うけど……でもボスの方にダンジョンが魔力を与えてる』
ダンジョンは生き物。
もともとはここは人工物だというのに、意思があるのだろうか。
おじいちゃんに聞いてみた。
するとものすごく渋い顔をされた。
「……吾輩が知る限りではあるが、ダンジョンを作り出すということは、人工物に命を芽吹かせるということで禁術の類を用いているようであるな。かつてその流れを汲む研究をしていた者がいたようであるが、聖都の有識者たちによって400年ほど前に触れることも禁じるとされたのであるよ」
「命を作り出す、ってことか……それはつまり不老不死の研究の仲間だったってことか?」
「正確にはそれを研究するにあたってダンジョンにどうやって命を与えたのか、無機物に命を与える方法があるならば命を延ばすことも可能ではないのかという研究があったと聞く。じゃがその真実に辿り着いた研究者は、とにかくおぞましい、と繰り返しそれ以上は語らんかったそうじゃ」
「おぞましい……?」
「リリは何か知ってる?」
『知らない。終わりそうだよ』
「えっ、外の争いが終わるって!」
「そりゃ様子を見るべきじゃな。大遠視を使えるかの」
「うん!」
集中する。
瞬間的に浮かんだそれが、目の前に広がった。
うん、この魔法はしっかりモノにしていこう。やっぱり便利だ。
一度見た場所はそこまで距離が無ければ見えるというのは便利だ。
ただ距離が少し離れただけで消費魔力がハンパないのが難点だ。使いどころを間違ってはいけない。
見えたハルピュイアは赤いのだけだ。
ということは、あの下に青いハルピュイアがいるんだろう。
ダンジョンに選ばれなかった個体の行きつく先は、死あるのみなんだろう。
弱肉強食、まさにそれしかないのだから。
「じゃああの赤いハルピュイアがフロアボス?」
「いいや、ここのフロアボスはスキュラじゃな。上半身は女、腹から凶暴な犬の頭、腰から下は蛇というなんとも不可思議な存在じゃ。ラミアもハーピーもあれの前ではただのエサにしかすぎんよ」
「全身青っぽくて図体のデカいやつがいたらそいつだ。ちなみに他のダンジョンで出てきたのと戦ったことがあるけど、結構厄介だった。同じとは限らないが、俺が戦ったやつは上半身が魔法を使うし腰の犬は火を吐いて、下半身の蛇は毒を使ってくる」
「とんでもないな……!」
ナーシエルが呻くように言ったけど、正直私もそう思う。
前世はそれなりにモンスターとの戦闘経験があるけど、今のイリスでは本当に少ない。
小さな子供の体でよくこんなに動けるなあと思うことはあっても、視覚的にはどうしても相手の方がただでさえデカイのにもっと大きく感じるから、恐怖感も倍増だ。
和子だった時は幸いにも旅の途中でA級の勇者パーティに拾ってもらえたから生活ができたけど、C級として独りで旅をした時はそりゃもう苦労した。
むしろ途中途中の冒険者ギルドでも冒険者たちにも哀れんだ目を向けられたリ笑われたりするくらいの弱さだったから、とてもじゃないけど生活は苦しかったわけで。
職種が勇者なのに、採取系依頼ばっかりこなすような生活で惨めだった。
今はスタートが恵まれて、強い仲間がいて教育してくれて、伸びしろもある。
その優遇された環境を活かして、いずれ独り立ちをした時の備えをしなければならない。
だから、ここで竦んでいてはいけない。
今なら助けてくれる人がいるんだから。
「決闘が終わったなら、ハーピーやラミアは負けたハルピュイアを食い漁りに出てるはずだ。その隙に……」
兄さんが残酷だけど最も現実的な発言をしたと思うと、言葉を切って臨戦態勢に入った。
数秒遅れでナーシエルが、私は気がついたら皆に庇われるような位置でそれを見た。
青いハルピュイアが、倒れこんできたのを。