18:友達がいなかった。
読みやすくなるように行間を開けてみました。
どうやらおじいちゃんも戦力として加わるようだ。
そりゃそうだろう、放出に向けてダンジョンの中で魔物が蠢いているとなれば冒険者ギルドに属する者は対応に当たらねばならないと規約がある。
無理をしろということではなく、倒せそうにないなら報せるとかそういうことでもいいのだ。
ただおじいちゃんと兄さんは共にプラチナランクの冒険者だ。
とりあえず戦うことを選択し、そして私たちに戻れとは言わなかった。
「足手まといとは言わないんだな」
「ああ、ナーシエルはまだ甘いが十分素養がある。引くべきところもわきまえているだろ」
「イリスの魔法は頼りにしているのであるよ。まあここではろくな食料は手に入らなそうであるが……魔石を手に入れられればよりこの後の階層の攻略も楽になるであろうしなあ」
「おじいちゃんは余裕そうだね……」
2人がにっと笑った姿は、なんとも頼もしい。
勿論危険は承知の上で、上位者が狼狽えれば私たち未熟者が恐れを抱いて動きが悪くなることだってある。
「炎で焼き尽くすも良し、風で切り裂くのも良いぞ!」
「おじいちゃん、私は大魔法使いとかじゃないんだよ?」
ちょっと期待過大じゃないかなと思わずにはいられないわけですけども。
◇◇◇
「ここってそういえばどこから降りるの?」
「普通に考えるなら飛び降りるのであるよ」
「は?!」
「下は柔らかな草でできているのでね、クッションの様なものなのだよ。あそこに生える草はラミアにとっては嫌いな匂いを放つもので、薬草の一種だが……あれがあれば大丈夫であるよ」
「ラミアが嫌いな草が何故あんなところに?」
「匂いを嫌っていても、あれの実はハーピーのエサのひとつじゃからの」
「なるほどな」
この岩山で、ハーピーたちはラミアを。
ラミアはハーピーたちを。
互いに捕食しあって生きているようだ。
だが当然それだけでは食が足りるはずもなく、あの沼地には魚もいるようだった。どうせまともな魚ではなさそうだけど。
「……おじいちゃん」
「うん?」
「ホントに、私とナーシエルはふたりの足手まといじゃない?」
私は、少しだけ心配だった。
お母さんが私を守ってくれたように。ふたりも、私を命がけで守るつもりでいるのではないのかと。
驕った考えだろうか、一緒に今戻れば安全だろうかなんて。
「少なくとも吾輩は、お前さんらを戦力として考えておるよ。大丈夫、勝算はあるからの」
「安心しろイリス。最悪倒さないで次の階へ行ったっていいんだ。そんでもって最後の巨大ゴーレム倒して戻ればいいんだからな」
「そうそう、ちゃんと帰還のスクロールもあるし、脱出用の魔法陣の場所も確認してあるからの」
「そんなのあるんだ?!」
「ここは訓練場でもあるからして」
ひらり、とまずおじいちゃんが下りた。
まるでなんてことのないように。実際におじいちゃんからしたらなんてことはないのかもしれない。
次に兄さんが下りた。
下りたその場で笑って、手を振ってくれた。
ナーシエルが、次に行こうとして――私を覗き込む。
「怖いなら、手を繋ぐか?」
「えっ?」
「男なら、女を守ってやれと曾祖父は言っていた。お互いまだ子供だけど、俺は男で、イリスは女だ。怖いなら、俺が守ってあげる」
「ナーシエル……?」
下ではおじいちゃんが、手を広げて受け止めるとジェスチャーしてくれている。
覗き込んでくる左右の色の違う目が真っ直ぐに私を見ていて。
私は差し出された、ナーシエルの手を握っていた。
「大丈夫だ、下にはお前の頼りになる家族がいるし、俺だってそう簡単に死ぬ気はない。大丈夫だ。お前は凄い魔法使いだし、自信を持っていい」
「ふふ……ナーシエルはどうしてそこまで私のことを持ち上げてくれるの?」
「持ち上げる? 馬鹿を言うな、お前のあの氷魔法は凄かった。俺の知るエルフの精霊魔法使いよりもすごかった」
「ありがとう。……行こう?」
「ああ」
せーの、と声を出して飛び降りる。
生暖かい風が、私たちの全身を包んだ。
怖くないなんてひとつも思わない。
強いと思うよ。経験もあるよ。前世のも含めたら熟練の冒険者並みにはね。
それでも毎回怖いし、足は竦むし、自分に自信なんて持てない。
魔法は凄いかもしれない。でもそれを使えば、誰かが死ぬんだって思うと怖いんだ。冒険者になって大冒険だなんて、敵は魔獣だけとは限らないから絶対しない。
私が冒険者になるのは、食いつなぐためなんだから。
今は、兄さんやおじいちゃんと一緒にいられるけど。いつか、いつか……離れる日は、来るんだから。
子供の姿で見目が悪いとまで言われちゃうんだ、将来に期待は持てない。
ナーシエルは家庭的な意味で良い女になれるだろうと言ってくれたけど、正直人間見た目から入るものなんだから内面を磨きまくってもいきなりマイナススタートなのはどうしようもないハンデだ。
……いや、まだあきらめてないよ? 普通だよ? 普通なんだったら。
だから。私は、ひとりでも元気で生きていけるように。
家族に愛されてるってことを支えに、いつか素敵な恋人ができて、旦那様ができるかもしれないし。
実家はあるんだし。
イリスとして生きていくんだとか言いながら、なんだかんだ前世の私の境遇と記憶で行動が引きずられているなあ、とちょっと反省した。
だって私が飛び降りてすぐに抱き留めてくれた兄さんが、とても心配そうに「痛いとこなかったか?」なんて大切なものを扱う手つきでそっと私の頭を撫でてくれたんだから。
「ど、どうしたんだイリス、痛かったか?!」
「そんなはずはない、俺はちゃんと途中で抱き留めるつもりだった!」
「妹に気軽に触れようとすんな!」
嬉しくて、愛しくて、思わず涙が滲んだだけだったんだけど。
ナーシエルと兄さんのそのやりとりに思わず笑ってしまった。
「やれやれ……おまえさんらが騒ぐものだから、やつばらが気付いたのであるよ!」
「おっと、そりゃまずいな。イリス、いけるか?」
「いつでも!」
「頼りにしてる」
ギャァギャァと、本当に人間の顔をしているのにそこから出てくるのは甲高い雑音に近い声だ。
ハーピーたちが獲物が来たと歓喜に沸く中で、岩山からはやはり気配につられて出てくる上半身美女で下半身が蛇のラミアも出てきた。
あちらも相当おなかを空かせているのか、ギラギラとした眼差しで私たちを見ていた。
『あのハルピュイアのあおいの は すこしかしこい よ』
「リリ?!」
「来るぞ!」
『すこし さがって、 わたしを し んじて』
ブツブツと途切れるような音声が、私の頭の中に響く。
少し下がる? 草のど真ん中にいけってこと?
わからないけれど、時間はない。
目の前には迫るラミア、上空はハーピー。ハルピュイアたちは幸い決闘に集中しているから、こっちを見てはいないようだ。
とはいえ、兄さんとおじいちゃんがいても辛い戦いになるのは必至だ。
「兄さん、みんな、草の真ん中にきて!」
「えっ?」
「いいから!!」
私の声に皆が身を寄せた。
どちらにせよ散開するよりはそちらの方がまだ身を守りやすい。
目印になるようなものもここからでは見えない以上、あとで合流することが難しくなるから互いを守った方が確実だから。
「リリ?」
『あり がと う』
目の前に、花が飛んだ。
この草の花なのかと思った途端、ラミアがいやそうな顔をしてのたうち回る。
そういえば、この草はラミアが嫌っていると言っていたけれど正確には花の匂いなのか。
そののたうち回るラミアを今度は上空からハーピーが襲い掛かる。
私たちには目もくれない。
どうやら目の前でちょうど油断した獲物がいれば、即時そちらに切り替えるようだ。
『そっとうしろ ほらあな』
警戒は兄さんたちに任せて私はリリに言われた通り後ろを向けば、確かに岩を削ったような穴がある。
誰かが掘ったようなそれに、ラミアはいないんだろうかと首を傾げるとリリが笑った気がした。
『なにも いないよ でもひろい か ら』
「わかった、信じる」
『……あり、がと』
リリはどうして私にこんなに親切にしてくれるんだろうか。
兄さんが心配するように、私を殺して仲間にしたいんだろうか。
それにしては彼女は楽しそうにしている気がする。
もし、彼女が生きていたら。
私は彼女と友達になれたのだろうか。同じくらいの年頃の女の子と、何もなければ楽しくできていたんだろうか。
和子の時に、友達がいなかったわけじゃないけど。
親しい、と呼べる相手はいなかった。なんでかって?
姉の為にならないような友達と付き合うんじゃありません。なんていう母親のいる子と仲良くできるかと問われたら、相手方の家族からまずノーを突きつけられる訳ですよ。
実際私と仲良くしていたら、「うちの子のレベルを下げる気なのか!」って電話で苦情入れたことがある母親だったからね……おかげでその直後はあいつんちの母親モンペなんだぜーなんて言われた。
確かにモンペだよ。姉限定で。私は姉のスペアだけど、姉以上になってはいけないし姉の足枷になってもいけない。
だから友達らしい友達はいなかった。ぼっちに近かった。
イリスになって、友達はいなかった。
勿論それは私の問題であったわけで、誰が悪いわけじゃないんだけど。
魔力が無かったら友達作れてたのかなとかちょっぴり思わないわけじゃない。
そんな考えを今するべきじゃないと振り切って、皆に穴のことを示せばすぐに移動できた。
隠れるようにして様子を見ていた私たちに気が付かないハーピーとラミアは獲物が消えたと騒いで探しているようだったけど……頭はあまり良くないみたいだ。
さて、この穴。
どういう風になっているんだろう?