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17:B5入口

「イリス!」


「イリス、下がれ」


「……ううん、大丈夫。大丈夫だからみんな武器をおろして」


「ふむ……」


「おじいちゃん、お願い!」


 (もや)の上部分が動いた気がする。

 首を傾げたのかもしれない。


 あまりにも存在が、希薄すぎて。

 声も掠れているような思念でしかなくて、でも私はこれ(・・)が悪い存在(モノ)には思えなかった。

 前世で勇者していた時にはゴースト系のモンスターは存在しなかったので、あくまでこれは私の勘に過ぎないのだけど。


 (もや)に手を伸ばしてみる。

 当然突き抜けた。でも子供のころ見たテレビの話とかの心霊で言うようなひんやりした感触とかはなかった。


『なにしてるの?』


「声が、遠いから……触れたらもっと聞こえるのかなって」


『そっか』


「声が聞き取りづらいの」


『リリはね、リリでもうそろそろいられないから だと おもう』


「リリ?」


『リリ』


「私はね、イリスだよ。リリって呼んでいいの?」


『いいよ。ませき ほしいの?』


「うん!」


『ませき、つぎのかいにいっぱいあるよ』


「いっぱいあるの?!」


『でも きをつけて』


「え?」


 ふんわりとした(もや)――リリは、私に触れたのかもしれない。

 指先に、なんとなく、感触があった。悪い感じじゃない。もしかしたら手を取ってくれたのかもしれない。


『ぼすはーぴー が にたい うまれた』


「えっ……ええ?!」


『せいりょくあらそいしてるから、あぶない』


 それだけ告げるとリリはつかれた、と告げて霧散してしまった。

 存在が保てないと言っていたということは、彼女はまだ理性がある存在ということだ。そしてそれはもう危ういんだろうということだ。


 おじいちゃんたちには聞こえなかったようで、私に対して奇妙なものを見るようなまなざしで何があったのか訴えてきていた。


「次の階の、ボスハーピーが二体出てるんだって。勢力争いをしているから、とても危険だって……」


「むう……。これは貴重な場に出くわしたのであるな」


「そんなことがあるのか? じいちゃん」


「あるのだよ、ヘイレム。もともとダンジョンが魔力を注ぎ込んで個体を強くしてボスとしてはいるが、生物ゆえにね、成長して強くなった個体がボスになることだってできる。なんせ我々がレベルをあげるように、魔獣もこのダンジョンの中で弱肉強食を生きているのだからね!」


「ということは、並みのボスで二体と戦うのか、或いはそれを下したレベルアップしたボスハーピーと戦わざるを得ないのか……ということか」


「それでね、魔石はいっぱいあるって」


「それは重畳」


「重畳でもないだろじいちゃん。さすがに俺も空中戦は苦手だぞ」


「吾輩も実は苦手であるが、まあまずは様子を見に降りるのであるよ。……ところで亡霊はどうしたね?」


「リリって名前があるんだって。でももうリリでいられなくなっちゃうから、声が届きにくいし形を作れないみたい」


「……ふぅむ」


「害意はないみたい、あぶないって教えてくれたし」


「それがテかもしれねえだろ?」


「そうだけど……」


 兄さんの言うことは最もだ。

 なんでもかんでも信じていたら、こんな危険な場所で命がいくつあったって足りやしない。


 それでも、私はリリのことを怖いと思えなかった。

 これが甘さだというならば、きっと致命的なんだろうと思う。

 それでも、私と同じくらいの女の子の様な気がする。

 そんな子供がこんなダンジョンで、亡霊となったのはどうしてなのか。

 どうして彼女は私の前に現れたのか。


「ねえおじいちゃん、このダンジョンでこうやって話しかけてくるゴーストって他にもいるのかな」


「ふぅむ、聞いたことがないねエ。ゴーストが出てもおかしくはないと思うがね。なにせ死者がいないとは言えないのだし……ゴーストと交信するには高い魔力・波長が合う、もしくは死霊使い(ネクロマンサー)と相場は決まっているのだけれど。イリスは魔力が高くともその性質は死霊使い(ネクロマンサー)のそれとは対の、聖属性と思うからゴーストはあまり好まないと思うし……ううむ」


 ぶつぶつと考察を始めたおじいちゃんは、否定的とも肯定的とも言えない。

 私は改めて兄さんの方を見る。

 兄さんも、その隣にいるナーシエルも、難しい顔をしていた。


「……お前が取り憑かれたら、問答無用でゴーストをぶった切るからな」


「え、斬れるものなの」


「魔力を通した剣ならば造作もない。俺も加勢する」


「待ってよ、リリは私と同じくらいのコだよ、きっと!」


「だとしても!」


 兄さんが、強く私を見て、苦しそうな顔をした。


「……俺は、家族を守るって決めたんだ」


「兄さん……」


「イリス、お前が信じたいものを信じるのは良いことだと思う。だがそれが常に正しいとは限らないし、世界は善意では満ちていない」


「ナーシエル……」


「酷なこととは思うが、それが現実だ」


 ナーシエルは私とそう変わらない年齢でありながら実感のこもった言葉を放つ。

 きっと旅をしている間も色々あったんだろう。

 そしてそんな彼のその言葉を私も理解しているつもりだ――前世(和子)の経験で蔑まれることも、無関心なことも、期待外れと呼ばれたり裏切られることも。

 綺麗な子供なわけじゃない、なんて今言ったところで納得はしてもらえないだろう。


 でも彼らの優しさは、ありがたかった。


「……うん。ありがとう。できれば、私はリリを信じたい」


「そうか。で、お前がいうリリ(・・)はどこ行った?」


「あんまり力がないみたいで、すぐに消えちゃった」


「そうか。それじゃあ下りるしかないな。じいちゃん、いいな?」


「うむ、聖属性に対して求めるのが成仏であるならば話しかけることも聖人に向かい願うのと同じようなものであると推察するならば――……うん? ああ、ヘイレム。皆の準備ができたなら吾輩は構わんよ!」


「じいちゃんは通常運転だなあ」


「そうだねえ」


「それじゃあ行くか」


「はい、兄さん!」


 兄さんを先頭に、ナーシエル、私、おじいちゃんと狭い階段を下りていく。

 地下空間だというのに、階段を下りてそこから続く狭い通路を抜けるとそこは広い広い空洞の、中ほどだった。

 それに目を取られて一歩前に進めばきっと足を踏み外してジ・エンド。

 眼下に広がるのは岩山と沼地、そして見上げればハーピーたちの群れが争うのが見えた。

 私たちは彼らに見つからないように通路に戻り、ヘイレム兄さんが警戒する中で私はおじいちゃんに教わって集中する。


「我は請う、遠くを見る目を――大遠視(ハイ・ビジョン)


 態々呪文を唱えて見せたのは(それも中途半端に語尾を濁して)、ナーシエルに対して私が無詠唱で魔法を発動していることをまだ(・・)知られたくない。

 彼は悪い人物じゃない。それも私の勘だ。

 だけどだからってそれを信じて彼にすべて手の内を見せる必要は感じていない。

 彼は色々喋ってくれたけど。それが真実とは限らないし、語ってくれたこと以上に何かがあるかもしれない。真実をすべて語る必要はないから、だ。


 私たちは利害一致で行動しているだけで、信頼し合ったパーティではない。

 だからきっと兄さんたちも同様に考えていると思う。


 私の使った大遠視(ハイ・ビジョン)はおばあちゃんの得意技、らしい。

 遠くを見る遠視(ビジョン)の共有版だ。

 私は映像を空中に出せるからパーティ全員が見れる。

 遠視(ビジョン)の場合は、私にしか見えない。これは情報を共有するのにとても重要だ。

 とはいえ、この魔法の欠点はどんなに離れていても、なんて便利性はないということだ。

 開けた視界で私が認識した範囲に精霊の力を借りて彼らの目を通して見る、そんな感じだ。

 だから万能なわけじゃない。私が見た“ハーピーの群れ”と“岩山”という私の視界がそのままぐっと近づいただけ。


「すごいの。ハルピュイアが二体、色が違う」


「ハーピーの進化がハルピュイア?」


「そうじゃな、恐らく今までギルドで出ていた情報から考えるに、赤いグラデーションがかったハルピュイアがダンジョンによって選ばれた個体。青みがかった方が下剋上を挑んで居る個体じゃろう」


「……ハルピュイアはハーピーと違って、綺麗ね」


 ハーピーと一般的に呼ばれるのはギリシャ神話的に言えば頭と上半身が女性で、腕が翼で下半身が鳥。口で食らった生肉や血をそのまま塗りたくって悪臭を放つ、鳥と同じでトイレ事情がよろしくない害獣的な扱いだ。

 語源が同じかどうかは不明だけれど、この世界でもハーピーはもれなくそんな感じで、ハルピュイアの戦いを見守る? 観戦? するハーピーたちの顔は美形なんだけど、口の周辺は赤黒いし胸元も巨乳だけどなんか汚い。

 下半身の羽毛は多分緑が基本なんだろうけど、茶色く汚れまくってる。


 対して私が綺麗と思ったハルピュイアは、彼らよりも少し体が大きい。

 翼の先端が、おじいちゃんが説明したように赤と青の色味がグラデーションがかっていて他のハーピーたちの様な汚れは見受けられなかった。

 それどころか、私は様子を見て思わず声を上げていた。


「魔法使ってる……!」


「うむ、ハルピュイアは知能が上がっているようで初期魔法であれば使う。我々とは声帯そのものが違うのでな、呪文を唱えるとはまた違うようじゃが何かしらの方法で大気中の魔素を集め使っているようじゃ。本体そのものが持つ魔力は大したことはないのであるが、脅威には違いあるまいよ」


「そうだったんだ……」


「とはいえ、我々が知っているハルピュイアとは少し違うようじゃな……やつらはまだ進化するというのかの……」


「リリは魔石がいっぱいあるって言ってた」


「それが原因じゃろうな。近年ダンジョンに挑む冒険者も減りつつあるしの、安全な依頼だけこなしてランクを上げようという阿呆が増えおってからに……まあそれはともかく、魔石から得る魔素でやつらは力を得たに違いない。ダンジョンは魔石を生み出すが、それはあくまで副産物。それをそこに住まう者たちが恩恵として力を得て最終的には魔物が生まれ過ぎて飽和状態になり外に出る……所謂放出というか、巣分けというか……まあ外界にいる魔獣たちはそうやって現れたと言われておる」


 おじいちゃんはちらりと兄さんを見た。

 兄さんはこちらが見つかっていないというように頷いて返していた。


「そうなのか……では何故魔獣たちは強大な存在にならなかったんだ? ダンジョンの魔獣よりも外の魔獣の方が天敵がいない状態なのでは?」


「ナーシエル殿の懸念は最も。だがそれは間違いだ。天敵はおるよ、他のダンジョン産の魔獣であったり、我々のようなダンジョンにいない(・・・)敵の存在だ」


「ふむ……」


「ナーシエルは冒険者学校には通わなかったの?」


「金が無かったからな……。だが冒険者学校に通えば、こういった知識が学べるのか?」


「うんそうだよ! おじいちゃんは冒険者学校の先生なんだ」


「なるほどな……日銭を稼ぐだけじゃあだめだな、俺もここを出たら本国に戻って冒険者学校に通うとしよう」


「無事に出られたら、な。どうだ?」


「兄さん」


 大遠視(ハイ・ビジョン)を維持しながらもう少し下がる。

 どうやらハーピーたちは新しいボスがどちらになるのかそちらが気になって他はあまり眼中にないらしい。

 兄さんも私の映し出したビジョンを見て、ハルピュイアをじっと睨むように見ていた。


「こいつはよそのダンジョンにいるハルピュイアよりも強そうだな」


「わかるの?」


「ああ……こいつが統率したハーピーに加え、下にはラミアか。訓練用のダンジョンにしちゃぁ手強い、じいちゃん」


「ふむ……吾輩が攻略したのはもう40年も前の事。事情は変わっておるかもしれんな……もう傍観者ではいられまい」


「おっ、やるかい?」


「まだまだ若輩者には後れを取らんよ」

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