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14:獣人族の過去と少年の話

「女帝バーラパールネラドルスキリエは最後の皇帝だった。彼女が治めていたこの大森林の中にある帝国はミスガンダルと呼ばれ、今のような融和ではなく、獣人種ごとに階級が違う形態の帝国だった。」


 しまった、スイッチが入った。

 そう思った時には遅かった。


 怪我したパーティを連れて一番近い町に戻り、私たちも宿屋へと移動して(そしてダークエルフ族のナーシエルもついてきた)英気を養ってからもう一度遺跡に行こうという話になったのだ。

 私たちが住む町とそんなに離れた町ではないので戻ることも考えられたのだけど、また来る手間を考えたらアマフェニアの皮も売りたいし、そのまま逗留すればいいかということに落ち着いた。


 そして私が何気なく言った質問に、祖父のスイッチは入ったのだ。


「どうして女帝がいたのに今は長老たちによる会議なの?」と……。


 私と兄さんはスイッチが入ったおじいちゃんを前に、飲み物を用意する。

 これは長くなりそうだ、と兄妹で視線を交わして覚悟を決めたけど、ナーシエルくんは当然わかっていない。

 っていうか何故一緒にいるのか。


「そもそも獣人族は、人間族に次いで地位の低い存在だった。他所の実力者たちから草食動物種のおとなしい獣人は奴隷として攫われ、蹂躙されることもままあることであった。当時の記録によれば、バーラパールネラドルスキリエは白狼族の出自でそれが皇族としてみなされ、神祖と崇め奉られている白狼王クリスナード・レイ・ファナルさまを祖としていると言われているがこれは正確な記録は残っていない。ともかく彼女はその血筋の末裔として女帝に君臨したが、当時すでに外界との戦いにおいて獣人族は苦戦し、滅びの一途を辿っていたそうだ。それ故に彼女はあの遺跡を作り、兵士たちを育てようとしたのであろうね」


 超おじいちゃんが生き生きしてる!

 しかし滅びが確定してる獣人族の国なんて今では想像できないし、種族間で地位が違ったということもあまり想像できない。

 だってドム兄さんの彼女になった未来の義姉・ピッキーさんだってバリバリの戦闘系冒険者だ。

 草食系種だからって舐めるな!! って言って馬鹿にしてきた冒険者をフルボッコにした彼女を応援してた道具屋の獅子族のおばさんは、逆に喧嘩とかは怖くて見るのもだめだっていう内気な人だし。


 一体全体、なんでそんなことになったんだろう。

 兄さんもこの話は初耳だったのか、それともそういう系統の勉強は苦手でスルーだったのかおじいちゃんの方をしっかりと見ている。

 そんな私たちを見て、おじいちゃんは満足そうだ。


「獣人族は確かに出産率も高く、しかしその反面病気に弱く子供が育ちにくい環境でもあった。今では生活魔法が充実し衛生面も保たれるが、当時はそれほど水準が高くなかったと考えられている。そして種族同士での婚姻を推奨していた当時、白狼族は貴重種過ぎてもう彼女以外いなかったのだ。そこで彼女は決断する。当時遊撃をしていた、黒狼族の若者を婿に迎えるということを」


「狼人族だけでいくつも種類があったの?」


「あったとも! わかっているだけで、茶狼、灰狼、青狼、白狼、そして黒狼族じゃ。黒狼族はイリスも会ったことがあるのだよ」


「えっ、あ、もしかして……」


「そうじゃ、シンリナスの一族は黒狼族の末裔じゃ。他の狼人族は絶えて久しいというか、もう一族としては散り散りになっているので少数で散らばっておるよ。黒狼族だけが、一族としての悲願を持って今も誇りを保っているのだよ」


「……悲願……?」


「それは、これから話してあげようねえ」


 ぎしり、と音がした。

 おじいちゃんが椅子に深く座り、背もたれに体重を預けるようにしたからだ。


「バーラパールネラドルスキリエのその決意に、周囲は大きく反対した。勿論彼女が婿取りをせねば皇帝の血筋は途絶えてしまうので婿取り自体は苦渋の決断で認められたものであったのだが、問題はそれが黒狼族だったということじゃ。黒狼族は狼人族の中では一番の下っ端、前線を走り回る走狗、そのくらいの認識であったようじゃからしての。当時は灰狼族が白狼族に次いで地位が高かったようで、そこから婿を選ぶようにと一悶着があったようだがそこは政敵の虎人族によって女帝の意志を尊重すべきと押し通されたようじゃ」



◇◆◇



 女帝は、黒狼族の青年と一男一女の双子を生んだ。

 戦士として有能であった青年は、のちに狼王と呼ばれるほどの強者となり、2人の主導の下で帝国は再び息を吹き返したかのように周辺国家との戦いで結果を見せていった。


 女帝は種族間の差別などを無くそうと努力もしたし、獣人族の地位向上のために努力をしたそうだ。

 だが肉食種の優越意識はそうなくなるものでなかったし、草食種の怯えもそうなくなるものではなかった。

 周辺国家では相変わらず獣人は魔力もろくにない、烏合の衆であると嘲笑され低く見られる。


 そう簡単に一夜でどうこうできるような問題ではないことはわかっていても、彼女も焦らざるを得なかったのだろう。


 だが彼女が行ってきた政策は、帝国を盛り返すのと同時に少しばかり革新的すぎて保守派から嫌われた。

 その結果が、クーデター発生であった。

 狼王はダンジョンから魔物が出るとの報告から出撃した先で謀殺され、長女・リリファラパルスネラは当時訓練場とされていたダンジョンの最奥へと放り込まれ、長男のファナリナスは両目を潰された上で大森林へ放逐と容赦のないことであった。

 それらの報告を聞いた女帝は、幽閉された場所でただ独り。愛した夫とも、我が子とも一緒に死ぬことも許されずその生涯を孤独に終えたそうだ。


 そしてクーデターを起こしたのはなんと複数の種族だったそうだ。

 己が種族こそが至上と他の種族と示し合わせ、それぞれが帝国からの独立と意気込んだのはいいものの、実際に独立してみれば今度は力が足りずに結局周辺諸国から突っつかれて攫われて弱体化するという悪循環を迎えたのだ。


 そうして結局、獣人は協力し合って生きていくべきだったと結論が出る。

 その結論が出るまでに一体どれほどの血が流れ、どれほどの民が奴隷として蹂躙されたのかは考えたくもない。

 そして自分たちが女帝とその一家にしたことは、卑劣で、愚かな事であったのだと。

 それ故に各種族の長老をもって会議し、互いを助け合い、そして誰も皇帝になろうとしないのだ。

 なってはならない、あの女帝の悲劇を思い出せば、我こそはなどと名乗ることは許されない、と。



◇◆◇



「とまあ、こういう話であるよ」


「悲劇だな」


「うむ……。そしてファナリナスは黒狼族が救出した。だが当然両目を失いめくらとなった彼は、家族を奪った者たちを許せるはずもなく生涯黒狼族以外とは口をきくこともせんかったそうじゃ。そして彼ら黒狼族の一族の悲願は、かの狼王の遺品が眠るであろうダンジョンを探すこと、女帝の墓として封印された場所を探すこと。それが出来ぬうちは定住などできるはずもない、とな……」


「そうなんだ……。リリファラパルスネラは?」


「あのダンジョンはもう最深部まで探査されたが、リリファラパルスネラ姫にまつわる装飾品などは見つからなかったそうじゃ。まあ、狼王と違って武器や防具を身に着けていたとは思えんし、また……すでに踏破者が持ち去った後だったかもしれんからね……」


「……」


 だとすれば、ロウウルフの一族は、もう定住なんてできないんじゃないだろうか。

 当てもなく探すそれは、砂漠の砂金一粒と同じような者なんだろう。

 だってずっと、ずっと、この大森林の中で探し続けていてまだ見つかっていないというのだから。


 そう思うと私はなんだか悲しくなった。


「……曾祖父は、エルフだ。その御代よりも勿論あとの世代だけど、獣人の老人に奴隷で酷い目に遭った時に救われたと俺に話してくれた」


 唐突にナーシエルが、話し出した。


「俺たち妖精族は、基本的に寿命が長い。そして見目が良いやつも多いから、奴隷に望むやつらが多くて曾祖父は幼いころに攫われ、売られることを何度も経験したそうだ。その中で獣人たちはたくさんいたし、人間もたくさんいたと言っていた。買うやつは色んな奴がいたとも聞いた」


「……そうかね」


「そんなある日、奴隷商人にムチ打たれていると突然そいつが死んだ。殺した奴は、獣人の青年だった。仲間を救いに来たのだという彼は、獣人じゃない曾祖父に泣きながら金を渡したという。自分は助けたけれどそれ以降に責任をもってやれないし、送ってやることもできない。なんとも無責任で本当に済まないと何度も謝っていたそうだ。結果的に曾祖父はその金で妖精の国に逃げ帰ることができた。勿論逃げた後に、生活が苦しかったこともいっぱいあったようだったし、奴隷生活の後遺症は治ることはなかった」


 ぐっと手を握るナーシエルの様子から、きっと彼はその曾祖父という人物が大好きだったんだろうなと思えた。

 前髪が長くて、表情が見えないけど。

 きっと彼は、そんな曾祖父の境遇に憤って、そしてその場に自分がいないことを口惜しがっている。


「最近、聞いた。奴隷解放活動をした獣人がいて、だけど彼がやったことは違法だったから……罰として装備無しでダンジョンに放り込まれ、死んだのだと。奴隷の鎖だけを、身に着けて。きっと曾祖父の言っていた彼だ。俺も、……黒狼族とやらの気持ちは、なんとなくわかる気がする」


「なるほど……」


「俺が聞いて、知ったことはあのダンジョンにあるはずだということだけだ。奴隷の鎖なんてものが残るのかどうかも定かじゃない。だけど……万に一つでも可能性があるなら。曾祖父の恩人で、曾祖父にとって大切な友人を俺はきちんと弔いたい」


「……じいちゃん」


「……おじいちゃん……」


「どうか。俺もダンジョンに、同行させてほしい」


「……ふぅむ」


 おじいちゃんは私たちの方を見て、しょうがないなあと笑った。


「ナーシエルどの、同行を認めよう。ただし無茶な行軍をするつもりはないからそのつもりで」


「感謝する!!」


「あと身だしなみは整えることじゃな」


「む……、そうか。そうだな……」


 ナーシエルは前髪をぐっと持ち上げるようにして後ろで一つに束ねた。

 そしてそこに現れたのは、幼いながらにエルフらしい端正な顔立ちと、虹彩異色病(ヘテクロミア)と呼ばれる左右の目の色が違うものだった。


「改めて名乗らせていただく。俺はナーシエル・エル・ブリング。得意なものは双剣術、索敵術。魔法は精霊魔法で闇が少し。……左右の目の色が違うことで妙な扱いをしてくる連中や、気味悪がるやつらがいた。貴方がたも不気味だと仰るならば、また前髪をおろすこととする」


「いいや、見た目でどうこう言うつもりはねえよ。な、イリス」


「うん!」


「……感謝する」


 こうして私たちは、新しい同行者を加えて――またあの遺跡へと足を向けるのだった。

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