11:それを女は許せない
ダンジョン生活。
そう聞いたら何を思うものだろう。
危険?
宝物?
魔獣?
罠?
まあどれもこれも正解だ。
無人のダンジョンは逆に生物が住めない環境だと証明されているようなものだし、魔獣がいればそれだけで特殊なアイテム生成用の素材が手に入るのである意味宝の山だ。
そしてそんな環境だからこそ自分の宝を隠して、さらに罠を仕掛ける人だっているだろう。
でもね、そんなのは“当たり前”のことであってそれよりも何よりも辛いことがある。
そう、衛生環境だ。
当然魔獣が暮らすということは入った冒険者が逆に食われたり放置されたりで死体になったりそれこそ屍鬼になったりゾンビになったりとかもする。
腐ったものの臭いってのは強烈。
そんでもって獣が多い階になると途端に獣臭がする。
しかも血に濡れたり腐った肉片がこびりついたりとかしてるようなハイエナに似た群れで狩りをするジャグールと呼ばれるやつは凄い臭いを撒き散らしてる。
ちなみにその臭いで縄張りをどうとかおじいちゃんは言っていたけど。
やつらは倒してもその毛皮には価値が出ないし、肉も食べれないとヘイレム兄さんも言っていた。
水生生物のいる階はとにかく生臭い。
なんせダンジョンだけに風通しが悪いから。
ちなみにヌマガエルっぽいのもいたけど、とても凶暴だった。ハンリエ村のあの達観してるヌマガエル達を見習え。
……いや、あっちのほうが本能を忘れちゃったのか?
で、私が最も悩みとするのはあれだ。
まずトイレ事情とお風呂事情。
まあね、ダンジョンは危険な場所。安心してお風呂だなんてとんでもない。
とんでもない、がおじいちゃん曰く「不衛生な状態での強行軍は、心身ともに衰弱させたり病気になったりなどもするのだよ。だからこの魔法は覚えられるに越したことはないし使える人間がパーティにいると心強いものであるよ」という大切なものを私は学んだ!
その名も洗浄だ。
まんまじゃねえかと思わずにいられないけどこれが使ってみるとすごい。
身体の汚れが一瞬できれいさっぱりだ!
兄さんがちょうどジャグールの返り血で真っ赤になって試したけど、こちらも綺麗になった。
「うむうむ、イリスは覚えが良いのである」
「へええ、俺がいたパーティの洗浄魔法使いよりもずっと綺麗で気持ちいいな! ありがとう、イリス」
ふふふ、褒めてもらえた。
まあお風呂事情はこれで解決したものの、トイレ事情についてはダンジョンの片隅で安全を確保してから、というのが常識らしい。
そしてダンジョン内を徘徊するスライムも、襲い掛かってこない限りむやみやたらと倒してはいけない理由がここにあるという。
骨や新鮮な肉などが消えるのはダンジョンが栄養として吸収しているからなんだけど、排泄物や魔獣が与えた毒によって死んだもの、或いは毒持ちの魔獣の死骸などで宿主が栄養にならないと判断されたものは放置される。
それを片してくれるのがスライムというわけだ。
知能はほとんどなく、食べる・増えるの二点に重点を置いた本能で生きる生物。
食べるものはなんでも。
その有用性からか、ついでに美味しくないこともあってあまり魔獣たちも彼らを邪険にすることはあっても攻撃することはないそうだ。
増えすぎるとスライム同士で共食いもするらしい。うぇ。
で、その次に食事事情。
これが一番の難関だ。
なんせダンジョン攻略となれば、毒消し薬草予備の武器防具に砥石と要するに持ち物がいっぱいになる。
マジックバックがある冒険者なんて一握り。
余裕なんてなければ当然嵩張らない干し肉や米を乾燥させて作った糒だ。
この世界にもお米があるので糒が作れる。とはいえ、私が暮らしていた現代日本に比べると格段に味が落ちるのは正直悲しい問題だ。
とはいえ、普段きちんと水を含ませて炊き上げるご飯は結構美味しいけれど、干して携帯食になった糒は正直美味しくない。
なんせ糒は水とかお湯で戻すことが前提の保存食だけど、ダンジョンの中では水は貴重品。
なのでそのまま噛んで空腹を紛らわせることも良くある話。
だけど私は5歳児。育ち盛り。しかも我が家の家事担当イゴール兄さんは料理上手。
更に転生前の記憶では飽食大国日本で、姉のおさがり的な感じで余った良いものだって食べた。
あれ、ちょっと前世の記憶悲しい。
ともかく。
このダンジョンがいくら訓練とはいえ、私は納得がいかないのです。
美味しいものが食べたいじゃない。
そして私は前世の記憶から知っている。
魔獣は食べれる。
この世界では魔獣だって食料になってるしね!
じゃあなんでダンジョンの中で食料にしないのかと問われると、外の魔獣に比べると格段に強いことが一つ。
食料とすること前提で狩るのと、命がけのやり取りで倒すのとでは違うから。
そして料理をするための道具――調味料、鍋、水に余分なものがないから、だ。
だけど忘れちゃいけない、私は∞のインベントリ持ちなのだ!
鍋も水筒も調味料も実は持ってきたよ!!
とはいえ今回兄さんとおじいちゃんにバレてはいけないので作ったマジックバック(小)に入れてきたけど。
中身は大き目の鍋とまな板と包丁、5人家族で使うような大きな水筒(井戸水入り)、塩・胡椒、小麦粉にパン粉、ついでに台所から拝借した菜っ葉とパン。
ぴったり10個だ。
てなわけで、先ほど水生ゾーンで手に入れた(倒した)巨大蛇アマフェニアを前に私たちは階層移動の手前の休憩所のような場所で火を囲んでいる。
ちなみにこの火だけど、今回は魔法で熾しているけど発火剤を持ってくるのも常識なんだって。
まあそうだよね、魔法使いがいたってMP切れになってたりしたら大変だし。毎回使わせて重要な時にMP切れになりましたなんて笑えないからね!
その講義を受けた後で、発火剤の使い方を教わった。
「それで、このアマフェニアをどうするんだ?」
兄さんは気持ち悪そうに蛇をちらちらを見ている。
どうやら爬虫類系が苦手らしい。
「うん、食べようと思って!」
「え?」
「おやおや……イリスや、吾輩たちそんな荷物は……」
「うふふ! 私もちゃんとね、魔力の修行をした結果作れるものができたんだよ!」
「ほう?」
「これ!! まだ見た目はそんなに良くないけど……」
「……革袋?」
「うん、もうちょっと上達したらヘイレム兄さんに作ってあげるからね!」
「どれ、じじいにも見せておくれ」
おじいちゃんが手に取る。
そしてくるくると回しながら色々なところを確かめるように眺め、感心したように「ほう。ほうほう」と繰り返す。
「これはマジックバッグだねえ! 素晴らしいのであるよ、まさか作れるとは!!」
「ええっ、マジックバッグ?! ダンジョンの発掘物としてくらいしか流通してないってあれかい?!」
「いやいやヘイレム、マジックアイテムギルドに行けば人が作り出したマジックバッグがないわけではないのだよ、ただやつばらは技術を独占したいがためにろくすっぽ作成しないからね、とんでもない額での取引となっている上に王侯貴族に献上されるくらいしかないから結局のところ、ダンジョン産のものと併せても流通がないわけだが」
「そ、そうなのか……しかしすごいなイリス!」
「えへへ。でもこれまだ10個くらいしか物が入らないんだ。だからね、」
ずるずると引き出す鍋を見て、兄さんは目を丸くしてから鍋を火にかけるための足場を作ってくれた。
おじいちゃんは私の行動に笑っていた。
で、問題の蛇。
実は似たような蛇を私もイゴール兄さんに習って捌いたことがある。こんなに巨大ではなかったけど。
なので習った通りに包丁を当ててみる。固い。
「……固いね」
「うむ、アマフェニアは外にいるアマフェニアのダンジョン版であるが、その体格は外にいるものに比べ最大5倍にも成長するという報告が出ている。外皮は非常に厚く、並みの攻撃を寄せ付けないという。ヘイレムは熟練の冒険者であるから一撃で屠れたが、並みの冒険者では苦戦するであろうなあ」
「じいちゃんは俺を褒め過ぎだな」
ちなみに通常のアマフェニアの皮は素材としてそんなに高くない、いわゆる庶民向けの素材だ。
革製品の飾り程度にしかならない。
でもこの厚みのあるダンジョン・アマフェニアの皮は超がつく高級品。
出来れば綺麗に剝ぎ取りたい。
ちなみに高級品になる理由の一つはこれ。
剥ぎ取るって作業。
食用にする人は前述の通りあまりいないのだけど、ダンジョンの魔獣は超強力。つまり危険。
倒すにしても綺麗な状態なんてあまり望めないこともあるし、倒せたとしても剥ぐ作業をしている間にも他の魔獣に襲われる危険があるわけで。
パーティの損害状況や実力を考えたら、持ち帰るってのも難しい。デカいし。
マジックバックなら入れられないことはないけど、持っている人が少ないのが現状。
なのでこれほど綺麗な状態で、のんびり料理なんて始めちゃう我々が特異なのであると自覚せざるを得ない。
いや、おじいちゃんと兄さん任せにしっぱなしじゃないよ?!
私が現在修行と称して結界を張っているんだからね!
これは盾魔法の上級らしく、パーティが休む間一定時間範囲的に張れるもので気配を減らすことを中心に外部の存在が侵入できない形の魔力を形としているようなものだ。
盾魔法の方が強度は高い代わりに瞬間的なもので、こちらは侵入しようとするとぱちっと電流が流れるような感じ……なのかな?
強硬手段で来ようと思えば来れるらしいけれど、張った人間よりも強い魔力を持ってしか強制解除は難しいらしい。
幸いにもこのダンジョンで私よりも強い魔力を持つものはいないらしく、こうして結界を維持するという修行に勤しめるわけです。
このダンジョンの趣旨は鍛錬。
だから魔法系生物よりも肉体的に鍛錬となるような敵が多く生息しているというわけ。
まあその分私からしてみれば、食材の宝庫とも言えるんだけどね……。
その後私はイゴール兄さんの教えの通り捌くのに、包丁を諦めて形見のナイフで捌いた。
ちなみに私の料理の腕はすでに前世を越えている。
イゴール兄さんがね、色々教えてくれるんですよ。
「女の子だからいつかお嫁にいっちゃうなら、ちゃんとできないとね!」って。
フリルのエプロンつけて。フリルのエプロンつけて。
私? 勿論イゴール兄さんのお手製の、フリルのエプロンでしたよ?
で、蛇肉ですが。
案外捌いてみると鶏肉の様な豚肉の様な、でっかいからか通常のサイズのよりもずっと脂がのっていて正直美味しかったです。
塩コショウをして炒め、戻した糒と一緒に採取した蛇卵を使ってチャーハンしました。
おじいちゃんと兄さんに大変好評でした。
「イリスは料理上手であるな!」
「うんうん、このトシでこれなら十分だろう。それにしてもダンジョンであったかくてうまい飯が食えるなんてなあ」
「えへへ。イゴールにぃがお嫁さんになるには料理ができないとねって教えてくれるんだあ!」
「「嫁にはまだまだ行かさないから」」
「……」
綺麗に剥いだ蛇肉は、洗浄魔法を使って余分な血を洗い流して風の魔法を軽くかけておじいちゃんのバックに入れた。
また進んだ時には鍋とかの出番もあるだろうし、2人は意外な喜びに嬉しそうだったし私も嬉しい。
と次の階層へ行こうかと片付けて進もうとしたところで、悲鳴らしいものが聞こえた。同じ階層だ。
思わずヘイレム兄さんを見上げれば、顔つきが変わっていた。私のキノセイじゃないらしい。
おじいちゃんも同様だ。
「戻るぞ」
兄さんのその短い一言に、私も大きく頷いたのだった。