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魔王プニル その4

 

 ビクビクと痙攣するプニルの反応に、たくみは目を光らせる。

 いまこの時、一瞬と一瞬の合間にある刹那の時さえ、たくみは集中力を切らさない。その洞察力は全て、プニルの体に対する観察に向けられている。

 尋常ではない集中力であり、観察眼であった。そして得た情報から速やかに次の手を検索する頭の回転力と、判断を支える圧倒的な知識。その全てにおいて、たくみは11歳の少年とは思えない異常な才覚を見せている。


 聡明なる読者の諸兄は、もうお気付きになられたであろう。

 そう。たくみは決してたまたま異世界召喚されただけの、ただの素人童貞少年ボーイというわけではない。


 彼の持つ特殊にして非凡なる特技。

 それは父から受け継いだ、天才あん摩マッサージ指圧師としてのありとあらゆる技能であった。


 たくみがその才能に気がついたのは、たくみがまだ小学校に入るよりも前のことだ。

 ある日たくみは、母の誕生日に肩たたき券をプレゼントした。健全な少年少女なら一度は通るであろう、手作り感溢れる5枚綴りのチケットである。

 母にとって初めて受け取る、愛する息子からの誕生日プレゼント。その価値は金額では言い表せないが、かといって使わないという選択肢もまた、たくみの母には存在しなかった。


『たくちゃん、これ、いまお願いしてもいい?』

『うん! いいよ!』


 そしてたくみが、とんたんとんたんと母の肩を叩いた次の瞬間。


『ンアァーーーーーーーッ♪♪』


 愛する母は、たくみの前でだらしない奇声を発しながら失神した。母は敏感だった。そしてたくみもまた、僅か5歳にして、既にあん摩マッサージ指圧師として敏腕の域にあった。


 よかれと思って触れた途端に母が失神するという、普通であればトラウマものの経験をしたたくみであったが、しかし、そうはならなかった。なぜならば。


『凄いぞ、たくみ! 流石は父さんの息子だ!』

『凄かったわ、たくちゃん! お母さんね、すっごく気持ちよかった!』


 愛する両親が、掛け値なしにたくみをベタ褒めしたからだ。

 ある意味全ての元凶とも言えるこの両親の教育をきっかけに、たくみは未来の天才あん摩マッサージ指圧師として、その才能をメキメキと鍛え上げていったのである。


 その課程で、たくみは一つの真理に到達する。

 信念と言い換えてもいい。

 たくみが考え、たくみが生み出した価値観。


 それは、『気持ちイイ』は、人を幸せにするということ。


 たくみがその才能をもって患者に触れた時、老若男女、あらゆる人種の人間たちは、皆平等に「ンアーッ!」と叫んでお花畑へと沈んでいった。

 いつの間にか、たくみは指圧師ならぬ、ンアーッ師と呼ばれ恐れられていた。

 たくみのクラスの前には常に行列ができた。たくみはいつだって人の輪の中心に立っていた。そしてたくみの身の回りでは、なぜか吸水率の高いオムツが飛ぶようにして売れていた。


 自らの手にかかれば、誰だって気持ちよくなって幸せになれる。

 それはたくみの短い人生の中で叩き上げられ形成されていった確固たる自信。


 その信念は例え魔王にだって通用するのだということを、たくみは全身全霊で証明し続けた。


「どう? しびれた? おねえちゃん、しびれた?」


 ぐりっぐりっ


「ンアーーーーーーーッ♪♪ ンァアーーーーーーーッ♪♪♪」


 もはやプニルは意味のある言葉を発することすらできなかった。

 プニルは今、生まれて初めて、全身どころか脳まで支配するほどの痺れを感じていた。

 それはプニルにとって、とてもとても甘い、とろけるような痺れであった。

 たくみがまだ子どもだからこそできる、情け容赦の一切含まれない足裏への責め。

 今まで大地を踏みしめる以外に用途がないものと思っていたそこから走る、雷の如く全身を駆け巡るえも言われぬ快感。

 これ以上は危険だ。魔王の理性はそう叫んでいるのに、指先一つ動かすことのできない謎の強制力。どうして、どうしてこの手は動かない! まるで無力な幼子のように震えることしかできない自分自身を俯瞰して呆然とし、次の瞬間、たくみの手によってンアらされる。


 なんとも言えない、気持ちイイ痺れ。

 それに、支配されている。

 そのことを自覚したとき、プニルは既に、己の敗北を本能の深い部分で認めつつあった。

 足裏マッサージによって絶え間なく繰り返される暴力的なまでの圧倒的気持ちイイを前に、どうしても抗うことができないとプニルが悟った時、プニルには敗北に打ち拉がれる惨めさよりも先に、強く沸き上がる感情があった。

 それはありとあらゆる雑多な感情を、まるでオセロの盤面のように真っ白に塗り替え、征服していく、たった一つにして至福の感情。

 脳内にお花畑が咲き誇らんばかりの、とてつもない幸福感であった。


「あふっ……。き、気持ちイイ……」


 甘い痺れと快感。そして全能感にも等しい幸福感に包まれながら、たくみの責め(マッサージ)が始まってから僅か300秒にも満たない時間で、魔王プニルは失神した。

 全身を強く痙攣させ、穴という穴から暖かい汁を垂れ流し、「お花畑」と繰り返し呟きながら、それでもプニルは幸せそうに笑っていた。笑って逝った。

 チュルシーはその一部始終を魔導水晶によって撮影しながら、恍惚とした様子で「たくみさまぁ……♪」と呟いていた。



 こうして、どこからどう見ても健全なたくみとプニルの戦いは終わった。

 この日、魔王プニルを頂点とした魔族領と魔王軍のヒエラルキーに新たな頂点が生まれてしまったことを、多くの人々はまだ知らない。

 だがそう遠くない日に、人々は思い知ることになる。

 たくみの卓越したフィンガーテクニックを。

 それにより、圧倒的かつ半強制的にもたらされる『気持ちイイ』を。


 人間も魔族も関係ない。肉体があろうがなかろうが関係ない。そこに幸せを求める誰かがいる限り、たくみは戦い続けるだろう。


 戦場に立つあらゆる者が腰砕けになり白目を剥いて「ンアーッ!」と叫ぶ地平の果てで、果たして勇者は、魔王は、人類は、魔族は、まだ争いを続けることができるのか!?



 ――これはたくみが召喚当時11歳の素人童貞であったがためにノクターン行きを免れた、混沌の世界が平和へと至るまでの短い道のりを描いた物語である。

 

いったんここまでです。

次回更新は未定です。気長にお待ちいただければと思います。


もしよろしければ、メインの連載のほうもよろしくお願いします。


「女神と魔王の讃歌 ~私ただの町娘なんですけど、ホントに勇者か魔王にならなきゃダメですか?~」

http://ncode.syosetu.com/n4214cx/



以下次回予告。



やめて! たくみの特殊能力で、長年連れ添った肩こりを焼き払われたら、魔王軍で一定の支持を得ているチュルシーの社会的地位まで燃え尽きちゃう!

お願い、逝かないでチュルシー!あんたが今ここで逝ったら、魔王との約束はどうなっちゃうの? 理性はまだ残ってる。ここを耐えれば、たくみに勝てるんだから!


次回「チュルシー逝く」。デュエルスタンバイ!

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