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魔王プニル その1

「ぼうや、お名前は?」

「ぼくは楺井たくみ!」

「そうかそうか! たくみか! たくみは元気があってよいな! いま何歳だ?」

「11さいです!」

「そうかそうか! 11際か!」

「小学、5年生です!」

「そうかそうか、ショーガク、ゴネンセーか!」


 魔王プニルはにこやかに会話しながら、側近の淫魔族チュルシーの頭蓋を締め上げていた。


「痛い痛い! 魔王さま、超痛いです! 割れちゃう! 耳から中身出ちゃう!」

「あの、そっちのおねえちゃん、だいじょうぶですか? いたいって、言ってるよ?」

「ああ。大丈夫だよ、たくみ。このお姉ちゃんはな、痛いのが気持ちいいんだ」

「いだだだだ! 魔王さま! それ絶対教育に悪いやつです!! それにさほど気持ちよくもないです!」

「むしろ少しは気持ちいいのかよ!!」


 プニルにアイアンクローされてのたうち回るチュルシーと、息ぴったりのツッコミで場を和ませる魔王プニルの顔を交互に見比べ、たくみはにこやかに笑って言った。


「そっかぁ! 気持ちイイんだあ!」


 にぱー、と笑うたくみに、プニルの荒んだ心は少し癒された。


(おっと、いかんいかん。こいつも人間だと言うのに……。いや、こいつは人間だが、異世界の住人。我々の遺恨をぶつけるのは筋違いというもの……故に! 我はこの少年に癒されてもよいのだ!)


 癒しに飢えた魔王プニルによる完璧な論理武装であった。


(しかし、まさかこのような子どもが召喚されてしまうとはな……)


 癒されるかどうかはともかくとして、魔王プニルはたくみを異世界勇者として戦わせるか否かを悩んでいた。


(いいや。戦わせられるはずもない。11歳など、生まれたての赤ん坊に等しいではないか。そんな子どもを戦場に送り出し、あまつさえドロドロにタダレた奴隷ハーレムの最前線に送り出すなどあってはならぬ!)


 魔王はたくみを元の世界へと送り返すことを決めた。


「たくみよ。まずは勝手に呼び出してしまい、すまなかったな。親御さんも心配しているだろう。すぐに元の世界へ送り返してやるからな」

「おやご、さん……?」


 その言葉を聞いたたくみは、急に寂しそうに顔を伏せた。

 魔王プニルはたくみが見せた素直な反応に頬を緩ませると同時に、深く心を痛めていた。

 チュルシーは身悶えると同時に、深くメリ込む指に頭蓋を痛めていた。


「たくみ。お前、やはり寂しいのだろう」

「ううん。お父さんは、きょうも女の人といっしょだから」

「……なに?」

「まいにち、ちがう女の人が来るの」

「ほう」


 魔王プニルの眼光が急速に冷えた。


 ところで、楺井たくみの父、楺井もみ蔵は天才あん摩マッサージ指圧師である。

 彼の経営する楺井マッサージ鍼灸治療院は彼自身を含めスタッフの腕が良く、抜群に効くと評判であり、彼の腕に惚れ込み常連となる芸能人も多い。

 特に著名人たちは夜に予約を入れたがり、もみ蔵自身のスケジュールは常に数ヶ月先まで埋まっているという売れっ子であった。たくみの言う毎日違う女性が訪れるというのは言うまでもなく客のことである。だが、たくみの言い方ではまるでたくみの父のもみ蔵は人間のクズであるようにしか思えず、プニルが例えミスリードしたとしても無理らしからぬことであった。


「……それでは、お母さんはどうだ? お母さんは心配しているのではないか?」

「よにんめのおかあさんも、こないだ出てった」


 それに実際問題として、楺井もみ蔵は人間のクズだった。


「たくみぃ! すまなかったぁ!!」

「うわあ!」


 魔王プニルはたくみに抱きついて号泣した。そう、魔王プニルは牛の出産シーンで号泣するほどの脆弱な涙腺の持ち主だったのだ。


「たくみぃ! ここに住めぇ! 我が、我がお前を幸せにしてやるぅ!」

「ほんとう!?」


 たくみは喜んだ。実はたくみはそれほど家庭環境について思い悩んでいる訳ではなかったのだが、目の前にいるリアルな(ロリぷに)魔王とガチ魔王城にかなりテンションが上がっており、細かいことはかなりどうでもよくなっていた。

 たくみとプニルの身長差は、ちょっとプニルが高いくらいだ。ほっぺとほっぺを擦り合わせながらおいおいと泣くプニルと、ようやく解放されたが泡を吹いて意識を失っているチュルシーを交互に見やり、たくみは微笑んだ。


「ありがとう、おねえちゃん! じゃあぼく、お礼するね!」

「礼か? ふふ、我にいったい何をしてくれるのだ?」


 プニルは、目の前の少年が異世界から呼び寄せられた勇者だということも忘れて、ただにっこりと笑って聞いた。

 たくみも笑顔で答えた。


「うん! ぼく、おねえちゃんをうーんと、気持ちよくしてあげる!」


 まるで唐突に濃厚なキスシーンが流れたお茶の間の空気のように、魔王城の玉座の間が凍り付いた。

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