プロローグ
本作は不定期更新です。メインの息抜きに執筆し次第まとめて投下する感じで考えております。
※この小説はR-15ですらない極めて健全な小説ですが、意図せず突然消える可能性があります。
人間と魔族が覇を競い争い合うというありふれた設定の異世界、《ナロー》。
この世界でも御多分に漏れず人間と魔族は苛烈な争いを繰り広げていたが、人間領ではいま、俗に言う異世界転移が大流行していた。
「クソがっ! なんなのだ、あのクソ女神は! 異世界から好き放題に勇者を呼び散らかしおって!!」
魔族領の最果てに位置する魔王城。
その玉座に腰掛けているのは、ぷりぷりと怒りを露わにする魔族の少女だ。
美しい銀髪とまるっこい輪郭が愛らしいその少女の名はプニル。
魔族と一定の読者層に根強い人気を誇る、愛され系ロリぷに魔王ことプニル・マ・プニスティその人であった。
「しかもよりにもよって、異世界からだと!? 我ら魔族と人間同士の戦争に、無関係な異世界の住人を巻き込みおって! 拉致被害者本人にも、ご家族を含む故郷の大切な方々にも申し訳がないとは思わないのかッ!!」
プニルは怒り心頭だった。
「魔王さま! 大変です! 女神ビクソッチによって召喚された異世界勇者たちが、平均して4名から5名の奴隷ハーレムを形成して魔族領へと進軍してきています! あの連中、そこそこ強いです!」
「なんだとぉ!? 奴隷で、しかもハーレムだとぉ!? 奴隷って、アレか? 逆らったり口答えすると首輪が締まったりする系の、アレか?」
「そうです! 基本的には所有者に絶対服中的なアレです! なんでも女神ビクソッチは、『異世界勇者の召喚と奴隷の斡旋は基本ワンセットだ』みたいなことを神託で王族に告げたらしいです」
「ふざけおって! 最低限の反抗すらも許されない、自由を奪われた不幸な女たちをあてがって異世界人たちを煽動するとはなんたる悪逆だ! 許せん! あいつら鬼畜か!? 同族の尊厳をなんだと思ってるんだ!!」
女神ですら推奨する「異世界転移といえば奴隷ハーレム」という風潮に、プニルは物申したい気持ちでいっぱいだった。
「それ以前に、女連れでこっちの領土攻めてくるとか何考えてるんだあいつら! こっちは防衛のために部隊出すに決まってるだろ! それを、いざ戦闘になってあいつらの奴隷が死ぬといきなり「許せねえ……!」とか言いながら泣き出してパワーアップするからホントもう勘弁して欲しいんだけど! さんざん魔族殺しといてなに言ってんのあいつら!? あいつらの奴隷ってドーピングアイテムの代わりか何か!? 命をなんだと思ってるんだよ! 奴隷たち連れて帰れよ異世界に!!」
人間たちとの命に対する価値観の違いに、プニルは深く悩んでいた。
「前に超強かった異世界勇者に使者出しただろ! 『攻めてくんのやめたら元の世界に帰してやる』って伝えたやつ! あいつどうなった!?」
「はい! 使者は戻っておらず、勇者もまだ《ナロー》に居続けています」
「なんだとぉ! 使者は殺されたのか!? 遺族の方になんとお詫びすればいいのだ!」
「いいえ、使者に送った猫獣人族ですが、手篭めにされて勇者のハーレムに加わりました」
「なんでだよっ!!」
魔王プニルは持っていたグラスを叩き割った。
「それよりも魔王さま! このまま勇者たちを放置し続けますと、領民たちに被害が!」
「分かっておる! しかし配下たちは軒並み長期休暇中なのだ! 働きたがりの脳筋どもにやっとの思いで取らせた休みなのだ! ダメだ、呼び戻せない!」
魔王プニルは放っておくと無限に残業したがる配下たちの稼働調整に悩んでいた。
「いいじゃないですか。あいつら魔王さまに頼られたら泣いて喜んで働きますし、気にせずこき使いましょうよ」
「限度があるだろ! 体を壊したりしたらどうするんだ!」
「でもこのまま放っておいたら、兵士ですらない平民たちに被害が出ちゃいますよ!」
「うぐぐぐぬぬう! おのれ、おのれ異世界勇者たちめえ!」
罪もない領民たちの命と、働きすぎる配下たちの休暇。譲れないものの狭間で、プニルは苦しんだ。
「ああもう魔王さまったら見てらんないですよ! こうなったら、魔王さまも異世界召喚して人手を増やしましょう! こんなこともあろうかと、私ちょっと人間領に言って召喚陣を入手してきました!」
「マジでか! どうやって入手したのだ!?」
「金で買えました」
人間たちのモラルは今や絶滅の危機に瀕していた。
「しかしそれでは我はあの最低クソゴミ虫どもと同レベルになってしまうではないか……! 我々の勝手な都合で異世界から連れ出し、あまつさえ戦争に送り出すなど人道に悖る行いだ! ダメだ、許可できない!」
「大丈夫ですよ魔王さま。なんだかんだ魔王さまは過酷なノルマを課したりもしなければ、戦争で活躍すれば必ず認めて昇進させてくださいますし、年二回必ず賞与を支給してくださいますし、もしもの残業の際もきちんと手当てをつけてくださいます。確かに魔王軍は死ぬほど忙しいですけれど、それでもそんな魔王さまの元でこそ働きたいと、人間領からの亡命者が後を絶たないではありませんか!」
「そ、そうか?」
「そうですよ!」
プニル率いる魔王軍は、平均勤続年数世界トップクラスの超ホワイト企業だった。
ちなみに、戦時中でなければ男性でも育児休暇を取れる。
「それにどうしても戦いがダメというなら、謝って送り返して差し上げればいいではありませんか! 魔王さまの超絶魔力があればそれくらい余裕っすよ!」
「そうか? そうかな? よし、じゃあ我、ちょっと異世界勇者、召喚しちゃおうかなっ!」
「やっちゃいましょう! やっちゃいましょう!」
「「おーーーー!!」」
かくしてこの日、場末の飲み会の如きテンションの中、魔王と側近の手によって魔族領に一人の異世界人が舞い降りた。
その人物の名は揉井たくみ。
若干11歳の小学五年生。素人童貞。
一見してごく普通の少年のようにしか見えない、どこからどう見ても全年齢版の主人公であるたくみ少年であったが、実は彼には一つ、極めて特殊にして非凡な才能があった。
彼の故郷、地球という惑星の日本という国において、身近な人間たちを一人残らず幸福の最果てへと導いた、たくみの妙技。
その恐ろしさを、プニルは間もなく、味わい尽くすことになる。