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真澄、弟。

 歩いて五分、にも拘らず自転車で三分。学校選びの最重要項目が自宅から近い事、と豪語する純に、電車で三十分なみね子は怒りと言うより呆れてしまった。が、その条件を満たす偏差値の高い若宮高校に正規に合格しているのだから文句は言うまい。

「まさしく、目と鼻の先」

「おれの部屋からだと、校舎が見えるんだ」

「・・・だって。どうする、みね子?」

「え・・・うん」 

学校を出てから間もなく、会話が盛り上がる前に着いてしまった門構えの立派な日本家屋を背に微笑んでいる純にみね子も悠もただ見上げるばかり。

純の声で顔を戻して、戻しついでに悠はみね子に視線を送るが、未だ気持ちそぞろに仰向いて生返事を返すと眉根を寄せて首を傾げている、がその時のみね子にはまったく目にも、耳にも入っていない。ただ一点、四角く囲われた門扉の上端、表札に視線を合わせたまま固まっているのだ。

「真澄・・・」

「みね子どうするの?ここに居て持って来てもらう?何か雲行き怪しそうなんだけど・・・」

言い終わらないうちに、リクエストにお答えして悠の頬にひと粒。文句を言いたげな顔を雲に向けると、純が背中を向けて堪えている。

「降って来た、ね。このまま君たちを雨の中に放り込んだりしたら後がうるさそうだし。どうかな、ここは一つお茶の一杯でも」

「・・・仕方ないな、誘われてあげる」

両手を腰に当てて胸をそらしておどけて見せると今度こそは、純は吹き出して悠がさらに頬を膨らませる。恋人のようにじゃれあいながらも門の中に招き、当然みね子も続いているものと確認もしなかった二人もそうだが、みね子がようやく我に返った時にはしとしとと、雨音の他は何もなかった。


右を見ても、左を見ても誰も居らず。門の奥、半分開いたままの玄関の向こうに駆けて行けば呆れたような顔があることは確かなのだが、頭では解っていてもみね子の足はその場所から一寸も、動こうとはしなかった。

「置いていかれたわ」

それほど絶望するでもなく、楽観的と言うよりは無感動に近い気持ちは、意識のすべてが未だ戻ってきていないから。そんな頭でぼんやりと考える。二人は気付いただろうか、困った顔で見に来てくれるだろうか。

もう少しだけ待ってみようか。右を見て、左を見て、玄関の奥を覗き込んではあっと息をついて、振り返った時。

「何、してるの」

「きゃぁ!」

一歩飛び退くが場所が悪かった。わずかな段差に後ろから足を取られてバランスを崩し、視界が鉛色の雲をとらえて、何かに捕まらなくてはともがいた指先に何かがかすり、次の瞬間には逆にしっかりと手首をつかまれて、最悪の事態は免れたもののお尻から思い切り落下して星を見るはめになる。

「大丈夫?って・・・あれ?」

「痛た・・・は、はあい空。久し振り」

空と呼ばれた彼は見る見るうちに目を白黒させて、言葉も上手く話せなくなってしまう。みね子も、だらんと締まり無く手を振って引きつった笑い顔しか返せない。

「けど本当に、こういう事ってあるのね。真澄って・・・もしかしたらって思ったら本当なんだもの。半年振り、くらいかしら」

「あ、の・・・何で」

「何って、あなたが急に声を掛けるからこんな事になってるんじゃない」

「違・・・」

「こんな、学校から目と鼻の先に住んでたなんて、全然知らなかったわ」

「誰と・・・」

「今日は純に誘われたんだけど、」

「え!それって・・・」

「生徒会でお世話になってるの」

「あ~そういう・・・」

必要以上な身振りと手振りで勝手に勘ぐって、勘違いして、納得している空。ようやく落ち着いてきたのか胸に手を当てて落ち着かせて、反対の手がまだみね子を掴んだままという事にようやく気が付いて、真っ赤になりながら慌てて手を離す。

みね子もお尻をさすりながら立ち上がると、今度は耳まで赤くなって、右往左往して、また胸に手を当てて深呼吸している。みね子と同じくこの春からの真新しい制服を着た今は全然知らない男の子のようで、けれど何も変わらなくて。

けど確実に、離れていた時間の分だけ横たわるものが二人の間にはあった。それはみね子の奥のほうで今も疼いているのだが、気付かない振りをしている。

「で、でも元気そうで良かった。ぜんぜん連絡してくれないから心配したのよ。そっちは・・・彼女?」

「違う!ちがう、全然、全く、友だち、誤解!」

手を千切れそうなくらいに全力で否定するものだから、隣で不審そうな顔をしていた彼女はとうとう、見るからにむっとして、でも空は背中を向けたままなので気付かず、更なる否定を繰り返すものだから終にはぎゅうっと、足を踏まれて飛び上がるうちに、彼女は肩をいからせて行ってしまった。

それでようやく振り返った空は今度はさっと青くなって、

「あ!ちょ・・・みねちゃん、待ってて。すぐ戻るから!」

そう言ってぴょんぴょん跳ねながら五分くらい経っただろうか、帰ってきた今度は足を引きずって、頬に見事な紅葉型を作っていたのだから、みね子は呆れて腰に手を当てる。

「駄目じゃない、どうして戻ってくるのかしら」

「だから、彼女じゃないって、本当に友だち。一緒にお菓子を食べようと思ったの」

「それって、彼女って言わない?」

「食べるのは俺の作ったお菓子、試作品を試食。製菓部の先輩なんだよ、カスタードの鉄人って呼ばれていて、意見を聞こうと思っただけなんだ」

「別に気を使わなくてもいいのに」

あ~もう!と頭を抱えてうずくまってしまう。まったく空と来たら、昔からはっきりしないと言うか、言い方が遠まわしなのだから、鈍いみね子はいつも困ってしまう。そんな所も変わっていない、ほほえましいほどの彼。

そんな姿は余計に痛い。疼き続ける傷口からじわりと膿が染み出すように、顔を背けるばかりのみね子に、逃げられないぞと後悔を突きつける。

「・・・空、ごめんね」

「え?」

「クリスマスの日、あの日・・・わたし何か傷つけちゃったみたいで」

「・・・いいよ。と言うか、今さらそんな事言われたら、せっかく諦めるって決めた気持ちが鈍るし」

「何を?」

空と目が合う。

真っ直ぐにみね子をとらえている目は真ん丸く、大きく開いて、息が止まってるんじゃないかと思うくらいに瞬きすらしないから、みね子はもう一度、少し首をかしげてかがみこんで、何の話、と聞くとゆっくり口が動いて、でもぱくぱくと酸欠の魚のようで。

「も・・・もしかして忘れちゃった?」

「覚えてるわよぉ。あなたがわたしにケーキをくれたんじでしょう。あの後わたし、しもやけになって春まで辛かったんだから」

「・・・本っ当!鈍いっ!!」

「何よ、失礼ね!」

文句をつけてやろうと体勢を立て直したが、空は顔を手で覆ってあごを上げて、そうかそうか、と一人で納得している。

「みねちゃん!俺たち友だちだよね?」

「な、何よ今さら」

急に立ち上がってがっしりと肩をつかまれると、身長差で完全に影に隠れてしまう。いつの間に、見上げればいけなくなってしまったのだろう。高校生という肩書きも加わって男らしく、でも変わらずみね子の知っている空で。

すっと、真剣な顔を作る。肩越しに強ばった手の緊張がみね子にも伝わって、つられて息をのむ。

「あの、みねちゃん・・・」

ごくりと喉が鳴って、肩にかかる重みが少し痛い。

空の瞳にみね子が映る。

口が開いて、言葉が・・・

「だめだ~!」

手が離れた、と言うか突き放されたと言うか。みね子は少しよろけて、今度こそ体制を取り直した時には、空は視界からはすっかり消えていた。首をかしげながら、門から顔を覗かせると走り去る背中、それも見る間に小さく、角を曲がったのか見えなくなる。

「もう!何がだめだっていうのよ!」

全く、鈍いみね子には解らない事が多すぎる。

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