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ハツコイの君

 「評判になってるわよ、ユウの百人切りって」

からかい口調で顔を覗きこむと、照れたように満更でもない様子。堰を切ったようになだれ込む告白者の大群は、再び警備を強化した取り巻きの隙を突いたり、時には一角を切り崩してまで悠に近付く。まゆつば物とは思っても、みね子だって真相が気になるお年頃。タキガワ委員長の第一事件発生から半月、その数は増加の一途をうなぎ登りに、そろそろ三桁に手が届くとか何とか。

キャラクター物のピクニックシートに仲良く並んでお弁当。そろそろと昼寝に最適の季節を迎えてお昼時ともなるとここ、中庭も賑わしくなって来る。といっても、二人の周りはがらんとしたもの、他ならぬ悠のお願いでこの時ばかりは遠慮してもらっているのだ。と言っても何処に潜んでいるとも知れないので、あまり下手な事は言えない。

「百人も切ってないよ、大げさだな。まだ九十五人」

「そんなに・・・それだけ切ってりゃ同じ事よ。でも、もう少し何とかならないの、有無を言わせず一刀両断なんだって?それと、あなたさっきからわたしの作ったサンドイッチ避けてない?」

「き、気のせいだよ、確かに今はおばさま作の特製サンド食べてるけど・・・なんだよ、誰の為だと思ってるのさ」

「わたしの所為だって言いたいの?関係ないわ」

「酷い!こんなに愛してるのにぃ」

「だったらわたしの作ったサンドイッチも食べなさいよ!それに、それはもう耳タコ。・・・にしたって、何か理由でもあるの」

「みね子のサンドイッチは乾ききってて美味しくないけど・・・でもそんなキミの事が好きだからって言ってるじゃない・・・か」

すっとフォークを鼻先に突きつけてみせると、簡単に勢いが削がれる。三本の切っ先からゆっくりと視線をみね子の顔へ、口元は笑っているのに目が・・・恐い。

おばさま特製サンドイッチに伸ばしかけた悠の手は二、三度宙を漂い、散々迷った挙句みね子作に断腸の思いで着地して、意を決してちょっとだけ、ちぎって口に入れる。

「だって理由なんて・・・みんな勝手だよ、誰かが居なくちゃ納得できないなんて」

「今の所、そういう予定は無いって事?」

「まぁ・・・」

ふうん、と適当なあいづちで油断したのか、再びサンドイッチにかじりついて咳き込んでいる、失礼な奴だ。

みね子だって、悠の気持ちがわからない訳ではない。けれど同時に、誰もが納得できない気持ちも手に取るように解る。たとえ悠の言葉が本心からだったとしても、冗談か、はぐらかされたようにしか思えない。それは悠の性格がそうさせている事が大きいだろうが、他人を惹きつけて止まない容姿が大きいのではないか。

あんなに綺麗なのだから人並みの恋なんかする筈が無い、と。取り巻いている方も、告白しに来る方も、そんな気持ちを何処かで抱いているのではないか。それでもなお、想いを伝えずにはいられないのではないか。

自分ではないと思いながらも、理想であり続けて欲しいのではないか。ゆえに、悠が人並みな答えを返してくる事が許せないと言う、反発が表れているのではないか。

「けどそうだな、アノヒトが現れたら考えなくもない」

「え、ちょ・・・だれ?」

「ボクの初恋の相手なんだけどねぇ」

手を顔の前に組んであさっての方向を向いている。うっとりと夢見る瞳にはその時の状況がありありと写し出されているのだろう、みね子の目にはただ雲が白いばかり。

「演技の上手い人でね、中学生にして高校生に一歩も引けを取らないの」

「中学生と高校生が同じ舞台?珍しいのね」

「迷子になって困ってたボクにジャンボかるめ焼きをおごってくれてね」

「ジャンボかるめ焼き?珍しいと言うか・・・」

「それからね・・・」

「それってもしかして、この学校の人?」

「ど、どうしてそれをっ!」

わざとやっているのか何なのか、大げさに後ずさりしてわたわたと、残りのサンドイッチをぎゅうぎゅうと口に詰め込んで呼吸困難に陥っている。やれやれと水筒のお茶を渡して事なきを得たが、実にわかり易い。

「それじゃぁもしかして、その初恋の君を探す為に学校内を歩き回ってるの」

「そこまでしないよぉ・・・でもそうだね、会おうと思えば会えるんだ」

この学校に、アノヒトが・・・

それきりうつむいて何か考え込むような、思い悩んでいるような。いくら声を掛けても上のソラなものだから、つまらなくなってみね子もお茶を一杯。

それにしても、この悠が恋する相手なんて一体どういう人物なのだろう。男子生徒だろうか、今の悠を見る限りそこらの十束一からげでは到底太刀打ちできないほどの美しいし、女子生徒だったとしても、タカラズカみたいなものだろうかと、それも面白い。みね子は好奇心を押さえきれず、ついつい声が弾む。

「それで、どんな人なの?外見の話よ、綺麗な人?」

「ん~今はどうだろう?五年も前の話だから」

「五年って・・・あなた小学生じゃない」

「色々と、ね」

う~んと腕を組む。五年前は中学生で今この学校に居るのは高等部の三年生。しらみつぶしに当たるのはいかにも面倒くさい、こんなにも面白いネタなのに、都合よく向こうからやって来ればいいのに。

ありえないと解っていてもちらりと視線を投じる。今の話が聞えたのだろう、茂みから身を乗り出している女子生徒兼取り巻き、今にも向かって来そうな勢いと、それを必死に押さえている中等部生徒だろうか。向こうからきょろきょろと何かを探している様子でこちらに向かってくる男子生徒、告白挑戦者だろうか、挙動が不審・・・?

「悠、あなたにお客じゃないかしら」

はぁ、と疲れた様子で、みね子の指の先に視線を移してみると、彼の方もこちらに気が付いたのか、今度はしゃっきりと姿勢を伸ばして真っ直ぐ向かってくる。

「あの、えっと・・・」

上気した顔のままこほんと、気を取り直す。ちらりと悠の顔をうかがうように、少し迷ったように視線を泳がせて。

「・・・笠間さん?」

珍しく、目を見開いて何もいえないでいる悠の顔を見て、何かしら得るものがあったのか彼は、うっとりと目を細める。

「特に、用事じゃないんだ。ごめんね」

それだけ言うと、来た時と同じようにしゃきしゃきと行ってしまった。

まさに一瞬の出来事。

「なんだったのかしら。・・・わざとらしく手紙まで落としていって、大した演出ね。どれどれ・・・真澄純様、携帯電話料金請求書・・・?」

「見つけた」

「どういうことかしら?」

「見つけたよ、初恋の君」

「・・・もしかして、今の」

こくりと頷いて、みね子もようやく事の重大さに気が付く。世界はかくも狭く、かつ都合よく出来ているものなのか。これまで悠の元に現れた生徒の数を思えばそうでもない気もするが、悠はぽっと頬を染めて夢見心地、みね子ばかりが興奮して真っ赤になっている。

「ち、ちょっとそれって凄い事じゃない。どうするの」

「ど、どう・・・しよう」

「追いかけるっきゃないでしょう!」

勢い余ってつんのめりながらも駆け出す。まったく、世話が焼けるんだから。

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