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革命の日

本当に、アナタは可愛いわね・・・

物心のつく前から何度と無く繰り返されてきた呪文は、ほんの少し手を伸ばせば届く位置、決して届かないところにあった。

近付いてくる者は皆、大人も子どもも例外なく、まるで宝物を見つけた時のように目を細めて、我が事以上に喜び、悲しみ、時にはその為に躍起になる人物もいた。

ずっとそんな光景を見てきた。手を挙げればその通りに、進む先を光に照らされ、まるで神の采配のような。今は確かに・・・この手の中に在るのに。

「んん~」

「ユウ!どうかしたの、得体の知れないもの触っちゃった?」

「いや、そういう事じゃないから」

目も合わせないで片手でいなして誤魔化すが、納得していない雰囲気。それきりまた、一人でうんうん唸ってしまっては掛ける言葉も無い。

ユウが校内に出没するようになって一ヶ月。さすがに教師の目を避ける事も難しくなってきて引っ越した本部というか新たなアジト、学校の裏手にある小さな社の階段には、就業中にも関わらず数人の女子生徒が悠を中心にして輪を作っていた。

それでもさすがに、さぼってまで取り巻こうという豪胆な少女はそう居らず片手で足りる程度。初めの頃のマラソン大会さながらの大所帯を思えば随分と落ち着いたが。

女子限定、男子禁制。

今取り巻いているメンバーを見てもそうだが、いつからそんな事になっていたのか。お陰で当初は半数を占めていた男子生徒は悠に近づく事もできない。

無理を押して切り込んだところで弾き返され、押しのけられ、悠の姿も拝めない遠くではそういう攻防も数あったが昔の話。

先を越された手前、今さらのようにその輪の中に入るなんて男の風上にも置けない、というのが今の主流で、そんな事は女子制服まで用意した悠の知ったこっちゃ無い。だから、

「ボクって、そんなに魅力ないのかな」

長いまつげの影が顔にかかり、濡れた瞳が愁いを帯びる。同姓と思っていても、異性ならなお更どきりとしてしまうだろう横顔に思わずほうっと声が上がるのを皮切りに、それまで見とれていた一人が声を荒げる。

「ユウ!誰がそんな事言ったの、許せないわ」

「誰も言ってないよ、誰も・・・ボクの事なんて好きじゃないんだ」

「私たちがいるじゃない」

「そ。男の子が一人も居ないんだよね」

「いいじゃない、男なんて!助平でうっとおしいだけよ」

「厳しいなぁ。でも本当の所、女の子としての魅力に欠けてるって事だよね、まだまだ研究不足なんだ」

「そんな事は無ぁいっ!」

音を立てて、茂みから勢いよく姿を現した人物に、しおしおと深みにはまりかけていた思考が引き戻される。目をしぱたかせて声のした方に首をめぐらせると、がさがさと頭に積もった大量の葉を払いながら取り巻きたちの間を割って、その男子生徒は神経質そうにメガネの端を持ち上げた。

「貴女が女性としての魅力に欠けるなんて事は断じてない!あぁ・・・この時をどんなに待ち望んだ事か。女子生徒の膨大な取り巻きに囲まれた遠い貴女を、我々男子生徒がどんな想いで見つめていたかっ!・・・だが今ここに道は開かれた!勇猛果敢にもその一角に切り込もうというこの僕・・・」

「二年のタキガワじゃない」

「生徒会副会長」

大きく息を吸った所で引き取られてしまっては面目も無い。出口を失った言葉が喉の奥でわなわなと震えるように口が動いて、それからごろりと苦労して飲み込んでそれでもめげずに仕切りなおす。

「そ・・・そう、このタキガワが断言します。貴女は誰よりも輝いて、その光を持ってこの僕をここまで導いてくれました。雨の日も風の日もテストの日も、今日もこうして茂みに隠れて、ずっとあなただけを見ていました、これから先も単位が危なくても、出席日数が危なくても変わらず貴女を愛する事をここに誓いますっ!」

きいんと、耳が痛いほどの静寂。まるでプロポーズのような愛の告白。ストーカーまがいの彼は続けて、あっけに取られている悠にひざまずくと、その手を取って口付けした。

「ユウさん・・・付き合って、くださいますね」

「あの・・・本気?」

「愛の言葉が欲しいならいくらでも」

「本気、なのね・・・」

待ち焦がれていた、くすぐったいような感覚に顔が熱くなるのがわかる。蹴り飛ばしてやりたいと思う心が一瞬だけ首をもたげたが、こういう展開を期待していた自分も確かにいて・・・思っていたより嬉しいかも。

「あのさ、ボクちゃんと女の子に見えてるかな」

「貴女は誰よりも女性らしい、僕のローレライ」

「最後は意味わかんないけど・・・嬉しい」

頬を桜色に染めて顔をほころばせると、悠を中心にして色が挿されたように急に華やぐ。散々身の毛のよだつ文句を垂れていたタキガワさえも悠が伝染ったように耳まで真っ赤になって、照れたようにメガネの端を気にしている。

ぐっと、何かを飲み込むように悠に向き直り、視線が催促する。と、その顔を見た取り巻きたちがさっと青くなって、悠の方に向き直る。そうしてようやく、悠は今の状況が飲み込めた。浸っている場合じゃない、これでは流石にやばいだろう。どう思い返しても快く受けたとしか思えない。

「あ~・・・でも!今はそういう気分じゃないの、ゴメンナサイ」

そ、そんなぁ~と情けない声で奈落に落ちてゆく、せっかくの見得も台無しで拍子にメガネがずるりと滑る。反対に、取り巻きたちは手に手を取って喜びを体一杯で表している、のかはやし立てているのか。

これこそ神の采配、絶対のちから。

対照的とも言える反応は、確かに悠の一挙動によるもので、その効果は悠なんかには想像も付かなかったほど。

その日確かに悠は変わった。悠の望んだ、思いのままの形に。そして彼を取り巻く世界も。

その日の彼を皮切りに、解禁日でも待っていたかのような怒涛の告白大会が始まったのだった。

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