学園祭 3
生徒会メンバーと笠間くん、至急生徒会室に集合してください。
突然の呼び出しに向かったみね子の隣にはずっと悠がいた。顔も見たくない、そう思っていたはずなのに・・・
生徒会室には純が一人、めずらしく難しい顔を作っていた。みね子と悠の他にはおなじみのメンバーの顔も無く、どうやら一番乗りらしい。全員揃うまで少し待つ事になったのだが純はもちろん、ついさっきまであれほど袖にしていた手前、まして悠に声を掛けられる筈も無く。無言の間は意地と後悔の輪廻にはまり込んでは、這い上がり、またはまり込み・・・自分でも気付かないままに堂々と巡っていた。
だが幸いそれも長くは続かず、間もなくして待望の連中が現れた時にはどれだけ救われた事か。純も同じだったのかどうかは疑わしいけれど、待ちかねたように深く座り込んでいた椅子から立ち上がると難儀そうに机に両手を突く。
「全員揃ったな。・・・集合時刻には大分早いけれど、事は緊急を要する。この中に、生徒会の劇のチケットが販売されている事を知っていた者はいるか」
ざわり、と一様に信じられないといった顔。純はそれを一人一人確かめて、はぁ、とようやくみね子も良く知る顔に戻っては気が抜けたように深く椅子に座り込む。
「良かった~。様子を見る限り、メンバーの誰かではないと言う事は確かなんだ」
「心外ですね、会長は我々を疑っていたのですか」
「おれだって信じたくないよ、でも教師さんがたの一番の容疑の目はおれたちに向けられてるの。どうなってるんだって、こっちが聞きたいよ。何だって・・・おれの任期最後の行事にこんな事が起こるんだよ」
「何よそれ!侮辱罪だわ、詳しく説明して頂戴」
「これがそのチケットなんだけど、いつから、誰が売りさばいていたのか全く不明。と言うか今朝、開会式の直後に講堂で誰かが落としたんだろうな。よりによって教師に拾われて、おれが捕まった、と言う訳」
そこにははっきりと、ゲスト出演者ユウと銘打ってある。純はとうとう頭を抱えて、
「このマントに仮面で宣伝のつもりで校内回っていて、目立つ格好に宣伝効果抜群だと思いあがってたら。蓋を開けたらこれかよ」
「悠くん、講堂の所で姿見せちゃったから。最近ご無沙汰だったから、それで追われてるんだって思ってたけど」
「確かに、今になって思い返すとちょっと異様だったわ。追いかけてくる奴らの目の色が違うって言うか・・・生徒会は偽者のユウで客引きをしているって、うわさもあるみたいだし、余計に」
「ちっと待て・・・初耳だぞ?」
「え・・・わたしも今さっき、聞いた所だから詳しく知らないけど」
何だよそれ、と純はますます頭を抱え込み、一同苛立ちと沈痛な面持ちでうつむいてしまう。
今さらになって生徒会が抱え込んでしまった問題、そのどれもが悠の所為による。そっと横目で見ると誰よりも青い顔をしている、後悔する事に関しては右に出るものの居ない悠の事だ、恩を仇で返してしまった事に責任を感じているのだろう。また、そうした所で自分には何一つ手が出せない事もわかっているのだろう。
だが、みね子には正直実感が湧かない。初めての事に、予想も付かなければ臆する事も無い。けれど同時に、何も思いつかない。みね子にできる事はきっと、悠を・・・
だけどそれは。
悠、と呼ぶ声に目を向けると今にも倒れそうな顔をしている。それから悠と同じく純に目を移すとこちらも頭を抱えたまま、この一時間足らずで、すっかりやつれてしまったようにも見える。
「そう言う訳だから、悠には申し訳ないけど今日の所は・・・」
半歩、悠がよろけた所を見ていたのはみね子だけだったのか。誰も自身のつま先を見つめる事に必死で、余裕が無い。それでも一番早くに戻って来れたのは純だった。一番つらい立場なのに、一番余裕が無い筈なのに。
「そんな顔しないでくれよ。ちゃんとおれたちで対処して、きみには迷惑かからないようにするから。ただ約束は・・・ごめん、大口叩いておいて」
送るよ、と言った言葉が今でも頭に響いている。喉から押し殺したような声、悲痛に歪められた顔。裏門から抜ければ大丈夫だろう、追いかけられたりしたらおれの家がすぐだから・・・
優しい筈の言葉が、肩に添えられた手が悠を傷付けているのがわかる。今の彼にはどんな言葉も届かないだろう、慰めも、慈しみも、何もかも。でもそれらを掛けられるのは今のところ純だけなのだ、今は彼に頼るしかない。みね子にも何一つ手が出せない。
だけど・・・
はっと、顔を上げるといつの間に帰って来ていたのか。ぱちん、と携帯電話をたたむ純の顔には疲労と、苛立ちがはっきりと出ていた。思いの渦にはまり込むあまり、あっという間の帰室に思えたのだが時計を見るときちんと針は進んでいて、純は戻ってくるなり何処へか電話をかけていたらしい。
「今、空に連絡した。悠の代理は彼に任せよう、頼り無いけど」
「でも、大丈夫なんですか、確かに真澄空なら女の子は喜ぶだろうけど」
「そこが問題、だろうな。真澄空じゃぁ男共は納得しないし、その場はしのげたとしても後から文句を言われたりしたらそれもまた面倒臭い。犯人を捕まえて払い戻しでもしない限り納得しないだろうし、かと言って俺達にはそれをしている時間がない、もう準備に入らないといけないし、劇が終わらない事には。俺たちに出来る事は学園祭が終わる前までに何としても犯人を洗い出す・・・」
その時ぶつり、とそれまでかかっていた音響が途切れて、何事かと一同見上げる。故障か、とタキガワがこぼした言葉は多分皆が思っていた事だろう。だが再び突然、今度は雑音が大音響で耳を貫いて来たので思わず塞ぎ、すぐに誰かが調節してか収まった。
ざわざわ・・・それでも雑音は耳障りに、音が悪い。まるで電波の悪い場所で電話をかけているような。そこへ、新しい音が入る。草を掻き分ける足音だろうか。
「! きみか・・・これはちょっと、予想外だったな」
「あなたが・・・生徒会の劇のチケットを売りさばいていた犯人?高等科一年○○くん」
「・・・」
ざわり、と校内が揺れたのがわかる。今まさに、学園中を騒がせている事件ではないか。今や校内の誰もがこの放送に耳を傾けて、続きを期待しているのではないか。だが。ここは生徒会室、校内と生徒たちを取り仕切るのが仕事なのだ、純ははたと気が付いた顔で、
「と、とにかく止めさせる。放送室だな」
「ちょっと待って、この放送・・・止めたらそれこそ問題なんじゃないかしら。それに、あなたが行ってどうするのよ」
「そうですよ、会長。こう言う時は次期会長、このタキガワの出番ですから」
「何かひっかるけど、そうだな。それじゃジュリエットの婚約者役タキガワと、神父役コミヤマの二人は放送室を押さえて。きっと暴徒が押し寄せるか、もう押し寄せてるかも知れないけど。高等科一年○○と相手は・・・」
「悠よ」
「その二人を確保。移送先は・・・放送室からだと職員室が近いな、生徒指導の先生に引き渡し次第、戻ってくる事。もしも、二人では対処しきれないと判断した場合は風紀委員に出動要請、こっちですぐに動かせるように手配はしておくから、怪我はするな」
「了解」
そのままてきぱきと、携帯電話で何人かと連絡を取って、こういう時はさすがに生徒会長だ。平常から、さぼりの口実と抜け駆けの隙ばかり探していないで、こうしていればもっと信頼されてもおかしくないのに。
よし、と手配を済ますとアヤセのほうを向いて、
「一幕から出番のロミオことおれとその友人アヤセは舞台の準備を手伝った後に舞台袖で待機。もしもの時は放送終了が確認でき次第、幕を開ける」
「時間までに戻ってこられれば一番いいんだけど。全く、悠には苦労掛けさせられるわ」
「そんな、悠をダシに使おうとするからこんな事が起こる・・・」
思わず口を押さえるが遅い。恐る恐るアヤセの顔を見ると怒ったような、驚いたように目を大きくしてみね子を見返している。
「あなた、悠のカタ持つつもり?どうして?ケンカしてたんでしょう、せっかく家まで会いに来てくれたのを門前払い食らわすくらい意固地になってた筈でしょう?悠が居なくなった途端に手のひら返して。あなた本当はどうしたいの?最初に私に喰らい付いてきた時は随分骨のある奴だって思ったんだけど。・・・私の見込み違いだったみたいね」
「そんな事!・・・今持ち出す話じゃないわ」
「確かに、その通りだけど。でもね、はっきり言って迷惑なのよ。あなたが誰とケンカしていようと私の知った事じゃないわ。でもね、さっさと謝って仲直りすれば済むものを長々と引きずってる所為で機嫌が悪くなって、生徒会全体の雰囲気まで悪くしてた事。まさか気付いてなかったとは言わせないわよ」
そんな事、みね子自身が一番良くわかってる、謝れるものならとっくに。でも・・・唇をかみ締めて、言い返すことも出来ない。アヤセはじろりとみね子を見上げて腰に手を当てている。
呆れた顔をしている、呆れられる事をみね子がしている事も自覚している。本当はわかってるのだ、遅くなんか無い。今からだってみね子が謝れば、ごめんねと一言いえば。簡単な事なのに、たった一言なのに・・・
「ところで出番まで、しばらくあるジュリエットみね子は?ここで何してるの」
「だって、わたしが・・・行ったところで何も変わらないわ、かえって混乱するかもしれないし」
「冷静な判断ね。でも・・・あなた馬鹿よ」
行きましょ、と何かいいたげな純の背中を押して、部屋にはとうとうみね子一人きりになってしまった。わかっている。
このままではいけない、会って話をしなくてはいけない。みね子はもう一度、黙り込んでしまったスピーカーに目を向ける。嬉しかったのではないのか。会いに来てくれた事が、追いかけてくれた事が。本当は、
会いたい・・・




