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四人で

 空が少し身をかがめて目を合わせると、みね子は赤くなってそっぽを向いてしまう。それを満足そうに、口に手を当てながら空も、視線を戻すと今度はみね子が首を上げて話しかける。

 家にいる時とは全然違う格好、時間が無かった割には丁寧に櫛を入れられた髪。空の普段着がどんなものかは知らないが、少なくともみね子はおしゃれをしている。

悠ではなく、空のために。

 仲むつまじく並んでいる二人から、付かず離れずコッソリと。悠は電柱の影に身を隠して、そこから頭だけをひょっこり出して睨むような、恨めしげな視線を投げかけている。

「ひどいよ、みね子。ボクと言うものがありながら」

 独りだからか、言ってることも支離滅裂に、責めるような口調も言葉尻は、すぼんでしまう。結局は寂しいのだ、みね子が空を選んだ事が、空がみね子を連れて行ってしまうことが。だから、悠の少し後ろをさっきから付いて来ている人物にも全く気が付いていない。

「大体、ど~うしてせっかくの休みなのにお出かけなんかするのさ?そりゃぁボクたち、約束してたわけじゃないけど、一言くらい相談してくれたっていいじゃない」

「ひとりごと?」

 「うわぁ!・・・とと」

 慌てて口を押さえるが、思いのほか大きな声が出てしまった。振り返って、じろりと睨んで見た顔は、何してるの、と言わんばかりに小首を傾る純だった。

 純は視線をみね子と空の背中に移して、悠の顔に戻して。何かをいおうと口を動かしかけたが、シーっと悠が口の前で人差し指を立てている事に気が付いて、ぱくぱくと動かしたきり、代わりに身をかがめて小声で話しかける。

 「もしかして、隠れてるの」

 「そ、今忙しいから後にしてくれる?」

 「今から、きみを誘おうと思ったんだけど」

 ぎくりと、純の顔を覗き見る。変わらずにこやかに微笑んでいるが、純がわざわざ誘いに来る理由に思い当たる節は一つしかない。

 「・・・もしかして、学園祭の話?」

「今この状況で話しても緊張感がないでしょう。実は、この前のプリンのカタに、空に映画のチケットを持っていかれて暇になったんだ。きみも共犯だろう?大丈夫、今日は何にも企んでないから、付き合ってよ」

それを言われると、弱い。あんなに美味しそうなプリンを目の前に諦めるなんて出来っこないもの。でも、ふたりに目を光らせてもいたい。純はへらへらと人のいい顔をしているが、引いてはくれなさそうで。天秤にかけるとぶっちぎりでみね子だけど、純には借りがあって・・・

「尾行、付き合ってあげてもいいけど」

え、とうつむいていた顔を上げて見ると、あまりのグッドアイディアによほど頬がゆるんでいたのだろう、小さく笑われてしまう。

「あの二人にばれたとき、何て言い訳するつもり?一人より二人の方が、自然だと思わない?」

「それも・・・そうかも。それじゃ、くれぐれも見付からないようにね」

「今さらな気もするけど、了~解」

そう言って純も悠に倣って電柱の影に身を寄せるのだが、一人でもはみ出していたのに当然隠れきれるはずもなく、それでも一応形だけはと、こそこそと柱の影から影へと移動していたのだが。

「ねぇ純、ちょっと聞きたいんだけど・・・って居ない?」

「こ、ここ。タスケテ~」

きょろきょろと見回すが姿は見えず。仕方なく一歩二歩と影から出ると、こつんと、つま先に硬い何かが当たって目を向けると。

安全柵に四方を囲まれてマンホールの丸いふたが外されている、誰かが落ちたりしたら大変・・・

「じ、純!大丈夫?」

見ると、純が苦労してマンホールから這い上がるる所だった。

「ちょっと覗くだけのつもりが、酷い目にあった」

「だから、安全柵は越えちゃ駄目だって。学校で習ったでしょう」

「好奇心旺盛な十代だからね。それより、気付かれてないかな」

そろりと、距離を許してしまったみね子と空を見ると、何事も無かったように変わりなく。ほっと胸を撫で降ろしたところ。

ごす、と鈍い音がして目を上げると今度は。

一輪車に衝突されて前のめりになっている純の姿。

「じ、純!大丈夫?」

見ると、一輪車の運転手はチッと舌を鳴らして轢き逃げて行く所だった。

「ひ、酷い!お詫びの一言もないだなんて。ボク、ちょっと捕まえてくる」

腕をまくしあげて勇んでいる悠の、その手に純の手が重ねられる。

その手はわずかに震えて、さっきまではあんなに元気だった姿は見る影もなく、そっと忍び寄る死の影におびえる姿はげっそりとやつれて、悠は真っ直ぐ見ることも出来ない。

「悠、いいんだ。ぼんやりしていたおれがいけないんだから」

「だけど!」

「おれはもう駄目だ、最後くらいは・・・側に居てくれないか」

「そんな、純・・・ボクを置いていかないでぇ!」

「すまない・・・(ガクッ)」

「純~!!」

「うるさぁ~い!!」

体が傾くほどの衝撃に耳を押さえながら目を向けると、腰に手を当てた鬼の形相のみね子と、腕を組んだ空の呆れ顔。

「ど、どうして?」

「気付かないわけがないだろう?あんな大げさで白々しい寸劇かまされたら、こっちだって気が散って仕様がない」

「害がないなら放っておこうかとも思ったけど、我慢にも限界があるのよ」

「あはは、ちょっと・・・やりすぎちゃったかな」

純と目を合わせて照れたように笑って誤魔化したい所だが、そうもいかないか。こめかみの辺りをひくひくさせてみね子が睨む。

「で、何の用?」

「用って・・・おれたち偶然、行き先が一緒なんだよ、なぁ悠」

「だから、それも聞こえてたわよ。ど~うしてくれようかしら?」

「お、落ち着いて、指鳴らさないでよ恐いから。・・・俺はみねちゃんがいいなら構わないけど」

「空がそこまで言うなら、仕方ないわね。放っておいても付いて来る気なんでしょう?まったく、世話の焼ける」

やった、と手を合わせる悠と、つられて手をたたきあっている純。とりあえずは、二人きりになる事は阻止できたが、悠は斜めを向いてしまったみね子の機嫌をどうにかしなくてはいけない。そこが・・・大変なんだよな。


「全く、どう言うつもりなんだ?せっかく二人っきりだったのに」

ようやく公園で落ち着いた頃にはもうすっかり日も高く、子ども連れや若者たちで賑わっていて、空の並ぶワゴンのクレープ屋には長い行列が出来ている。その隣、トラックのわらび餅屋で早々に買い物を済ませた純は、にやりと人の悪い顔をしてザマアミロと言わんばかり。

「どうもこうも、おれは悠を誘いに来ただけだよ。気付いていたんだろう、どうせ」

「おまえこそ、面白がってたくせに」

「わかるか?」

その顔があまりにも勘に触ったのだろう。空は早々にクレープを受け取ると、純が慌てて追いかけて来るのも待たずに、さっさと悠とみね子の待つ方へ行ってしまう。

「はい、みねちゃん。チョコクレープ」

「きゃぁ!大好きっ」

「悠、わらび餅買って来たよ」

「え・・・ボクもクレープじゃないの」

悠は手を出して、純はわらび餅を差し出して固まってしまう。ちゃんと希望を伝えなかった悠も問題だが、聞かなかった純も問題か。空は「ほらみろ」とクレープに口を付けるし、みね子はもう二口目に入ろうとしているところ。

「やっぱり、若者はクレープが好きなんだよ」

「むっ!二つしか違わないくせに、年寄り扱いはやめてもらおうか。おれの今の気分は断然わらび餅にきな粉だったの、それにクレープは飽きた」

「飽きたって、この間は俺の分も全部食っちまったじゃないか、挙句の果てには足りないーとか言って、コンビニまで走らせたのは何処のどいつだ?」

はぁ、と出来の悪い息子をたしなめる目で空を見て続ける。

「我が弟ながら、わからんやつだな。せっかく誉めてやってるのに。クレープはお前が作る具だくさんで充分、外で食べるのもじゃないだろう」

「何だよ、俺の作るクレープ以外は食べる気がないって言いたいのか」

「もちろんお世辞だ」

「お世辞かよ!」

歳の近い兄弟特有の雰囲気と言うものか、離れた姉ひとりの悠には馴染みの無いものだけど、あらかじめ口裏を合わせておいた漫才のような応酬は見ていて飽きない。遠慮なく罵り合っていても少しも剣呑な雰囲気はなく、仲のいい親友同士のようにも見える。

だからと言って意見までも揃う、と言うわけではないらしい。くるりとこちらをむいて、問い詰められる。

「どっちがいい?おれの買ってきたわらび餅か」

「純にクレープを買いに行かせてやりなよ」

「未練は残るけど、ここはわらび餅を貰っておくよ、悪いし」

よし、とこぶしを作っている純に、面白くなさそうに再び、クレープに口をつける空。そうこうしている間にみね子は早くも平らげてしまっているし。

「あ、あはは。とにかく、座って落ち着こうよ、あそこのベンチ誰も座ってないし」

「え、それって」

みね子が言い出す間もなく座ってしまったので、あ~あ、と言っただけで何を言おうとしていたのか。しかし座る瞬間、確かにいつもと違った感じはした、それも嫌な感じ。

「ペンキ、服についてるんじゃないの?」

さっと青くなって立ち上がると今度は、確かにねちっこい感触。恐る恐る背中を見てみると。

「あ~!」

「次の行き先が決まったわね。服屋さん、この辺りにあったかしら」


さっとカーテンが引かれると、真っ赤になった悠が必死にスカートの端を押さえている。

「ちょ、みね子!勝手に開けないでよ」

「あはは、いい格好よ、悠。一回やってみたかったのよね、こういうの」

「こういうって・・・近くにあったのがレディスのお店だった事は譲歩したけど、ど~うしてスカートばっかり持ってくるの!」

「穿いてるじゃない、似合ってるじゃない。はい次はこれ、ワンピースぅ」

「ね、悠くんコレも着て見せてよ」

「空クンまで」

それでも一応受け取ってしまう。かれこれ十着ばかりになるだろうか、パンツスタイルを選んでいてくれたのは初めの一着きりで、邪魔したくせに、と責められては大人しく着せ替え人形に徹するしか道は無くて。

「しっかし違和感ないわね、店員も気付いてないんじゃないかしら?」

「ボクはすっごく違和感あるんだけど」

「大丈夫、似合ってるよ。女の子みたいな顔だし、華奢だからね。俺なんかが着たら洒落にならないけど、これも今のうち、経験、けいけん」

「経験って・・・」

「あ!あのディスプレイ素敵。似合うわ、絶対にあうわっ!」

もごもごと煮え切らない悠の言葉は、浮き足立って行ってしまうみね子と、それに続く空には全く届いていない様子。そんなに気になるなら自分着ればいいのにと思いながら、もう一度鏡を見てみる。

そこに居るのは確かに悠で、いつも見ている自分の顔。だけど今はいつもと違う格好をしていて、まるで別人のようで、空が言っていたように女の子のようで。

首を振って目を逸らす。何度かまばたきをして今の映像を頭の中から追い出して、ようやく落ち着いて、気が付いた。

「純、いたの」

「一応ね」

「純は何かリクエストないの、ついでだからサービスしちゃうよ」

「女の子の服はわからないし」

「良かった」

半分やけになって聞いてみたのだが、これで一着は減ったわけだ。さっとカーテンを閉めると、足元にうず高く積まれた服の山。そのすべてが女物なのは仕方ないにしても、みね子や空が選んだものにはさすがに決めれない。それがたとえ、悠に似合っていたとしても、それを着てしまったら自分ではなくなってしまう気がして。

「ねぇ純、ボクは千夜に似てるの?ボクは・・・そんなに男らしくないかな」

カーテン越しにも純が驚いている顔が見えるよう。

純が、え、と顔を上げた時には肩をつかまれて、上体はカーテンの中、狭い個室に引っ張られていた。

「千夜はね、こういう格好がすきなの」

新しい服を着て首だけを鏡の方に向けていたが、純の方に向き直して、肩に手を掛ける。

「弟の好きになった女の子がどんなものか、見てみたかっただけなんだけど。久し振りね、純くん。私がわかる?」

すうっと目を細めて口元をほころばせる。それは純も良く知っている仕草、それは・・・

「もしかして本当に、千夜先パイ」

「・・・じょうだんだよ」

ぽん、と肩を押してカーテンの外へ。よろけそうになる所を何とか壁に手を付いて支えたのだろう。足踏む音はいかにも動揺していて、きっと今頃真っ赤になっている。

想像すると少し楽しくなってきて、ほんの少しだけ気持ちが晴れたようで。

「コレお願いしまぁ~す。って、あれ?純何してるの」

結局は自分で選んだ服に決めて試着室を出たのだが、赤くなりながらも苦虫を噛み潰したような顔を作っている純と目が会うと、ふんっと思いっきり顔を背けて、ディスプレイ前のみね子と空の方へ行ってしまう。

「やりすぎたかな」

ぽつんと取り残されたまま、仕方がないから店員と目を合わせた。

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