illusion is mine - 4
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「では、いってきますね」
レベンは黒くて大きい十字架のようなギターケースを背負い、左手にはシュタンの修理道具を持ち、そして右手には、自分の荷物を持っていた。
「大丈夫かい、そんな大荷物で」
「大丈夫ですよ。もし事故に遭ったらシュタンを怨みますから」
「いや、事故に遭ってはいけないのよ」
「やだなぁ~、そんなこと知っていますよ。さっきのは、もしもの話ですよ。も・し・も・の」
レベンはいたずらっ子のように笑って見せた。
「口に出した言葉は、実際に起こることが多いのだから、くれぐれも気をつけてね」
「言霊、というやつですね。分かりました! 心配してくれてありがとうございます」
ジュイスは表情を一度として変えていなかった。レベンはそれでも、ジュイスが自分を気遣ってくれているのだろうと、その想いがヒシヒシと伝わってきた。
「ジュイスさん!」レベンはいきなり大声を上げる。
「どうしたの?」ジュイスは反応したままに言葉を出した
「必ず、必ず見に来てくださいね!」
レベンはそういい残すと、反転し、その後のジュイスの言葉を聞かないまま玄関を元気よく出発した。向こうの答えなど最初から決まっている。ただ、この言葉を伝えておきたかった。レベンは満足したように目を細め、ジュイスの家の庭を眺める。そこには、紫色の花の近くでぐったりと眠る鶏を見つけた。
「じゃあ、行ってきます!」
起こさないように、寄り添うような声で鶏に別れを告げた。
街は活気に満ち溢れていた。祭りの雰囲気に身を任せた街並みは、二日前に来たときのそれとは比べられないほどに明るい。香ばしいソースの香りや綿飴の甘い匂いが鼻の中を通り過ぎていく。レベンは目に映る売店を覗き込んではその匂いの発信源を探し求めた。そして、その場所に辿り着くと、少ない手持ちから硬貨を取り出し、腕から落ちそうなほどに買い込んだ食べ物を、口いっぱいに頬張った。
シュタンがいたらこんな自由に物買いできなかっただろうなと、レベンは幸せいっぱいになりながらコンテスト会場に向けて歩く。もしシュタンがこの場にいたら、
「売店で買うとは…どうやらお前は、無駄遣いが好きなようだな」
的な嫌味を言われるに違いない。頭の中でシュタンの台詞をあれこれ考えているそのときだった。
「こ、この匂いは…林檎飴!」
腕の中から、綿雨が入っているビニール袋がストンと落ちた。是が非とも林檎飴だけは食べなければいけない。それが私のお祭りを歩く上でのルールだ! と言わんばかりに、レベンは歩みを速めた。
祭りとあって、道には人がごった返していた。だからなのか、大きい荷物のせいで人の間を進むのがとても困難である。
きっとこれは、私に林檎飴を買わせないようにするシュタンの呪いなのよ! レベンは頭の中に悪魔の顔をしたシュタンを思い浮かべる。そして、その顔のまま、グハハハハッと言ってくるのが今にも聞こえてきそうだった。しかし、そんな軟い呪いなんかに負けはしない! 林檎飴を食べなければ何も救えない! と力強く豪語するかのごとく、レベンは大地を踏みしめる。
「お、レベンじゃないか! 林檎飴、食べるか?」
レベンが追い求めた発信源には、あの楽器部品店の店長、トムが立っていた。その格好は、白色のシャツに水色のエプロンを体の前に掛け、必死に清潔さをアピールしていた。ピカピカなのはその頭だけでいいというのに。レベンは心の中で呟いた。
「い、いくらですか」
レベンは意識しないようにしたが、それは難しかった。昨日トムから聞いたジュイスの件についての負の感情が、未だにどこか心の中で引っかかっていた。初めて会ったときに、どんな感じで接していたのか、どんな表情をしていたのか。まったく思い出すことが出来ないまま、レベンは俯きながらトムの返答を待った。
「お代はコンテストの歌だ。ほら持っていきな」
「あ、ありがとうございます……」
「あれ? あの背の高い男、ええと――」
「シュタン、ですか?」レベンは暗い声でぼそぼそと喋る。
「そうそう! シュタンだ。で、あいつはどうした?」
「ええと、今は別行動中で……」
「いいのか、これから打ち合わせだろ?」
「そ、そうなんですけど……ねぇ……」
レベンは歯切れの悪い言葉を並べる。レベンがふと顔を上げると、トムは屈託のない笑みを浮かべていた。
「何怖い顔をしてんだ? それに雰囲気も暗いし。もしかして、緊張でもしてんのか?」
「そうでもないんですけど……」
「じゃあ、どうしたんだ?」
トムに相談するようなことでもないし、そもそもの原因はあなたの昨日の発言なのだと声を大にして言いたかった。それを我慢してレベンがずっと黙っていると、トムが探るように言葉を出した。
「もしかして、昨日のことか?」
レベンは体をビクッと震わせる。
「ハハハ! レベンは分かりやすいな! 確かに、あれは少し言い過ぎたかもしれないな。申し訳なった」
「べ、別に謝られても」
レベンは戸惑いながらも、その表情は瞬く間に明るくなっていった。
「じゃあ、そのお詫びにもう一個林檎飴食べるか?」
「はい! 遠慮なくいただきます!」
レベンはそれぞれの手に一本ずつ林檎飴をトムから受け取った。レベンの頬も林檎のような赤色に染まっていく。
「コンテスト、楽しみにしているからな! この後用事が入っているのだが、出番に間に合うようにするぜ」
「はい! よろしくお願いします!」
レベンは右手に持った林檎飴を振りながら、コンテスト会場へと向かった。