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illusion is mine - 2

 シュタンは踏むたびに音が鳴る階段を上る。ついさっきこの廊下ではレベンが騒いでいたし、静かな空間に意外と響くこの音で、流石に朝が弱いと言えど、無理矢理にでも起きてしまうだろうとシュタンは考えていた。シュタンはクスナの部屋に着いたところで、休むことなくドアをノックした。しかし、中からは何の反応も無い。シュタンはもう一度ドアをノックした。やはり、反応は返ってこない。

「クスナ、トランペット修理したから開けてくれないか?」

 シュタンがドアノブに手をかけると、ハンドルはいとも簡単に回った。そのままドアは開き、シュタンは引け目を感じながらも、クスナの部屋へと入っていく。

「クスナ、トランペットの修理が……」

 シュタンが入ったその部屋の中は、(もぬけ)の殻となっていた。部屋の右奥の隅っこには使われた形跡の無い白いベッドがぽつんとあるだけだ。窓から差し込む日差しもどこか冷たい。

「何だ……これは」シュタンの頭に昨日の景色がよぎる。

 誰も知らない。

 見たことが消えていく。

 初めから何も無かったように。

 ベッドに近づくと、窓枠の傍に一輪のタンポポが小瓶の中に咲いていた。花の様子はまだ新しく、つい最近摘まれたようで黄色はとても鮮やかだった。そのまま窓に近づき、外の様子を伺うと鶏が遠くの方を向いていた。

 鶏がいるその場所は緑色に溢れていた。小屋は長年外にあったからであろうか、その痛みは遠目から見ても隠し切れないぐらいだ。そしてその小屋の向こう側、庭の端には茎が長い紫色の花が咲いていた。

 シュタンはいつの間にかその庭に見とれていた。紫色の花は緑色の中でも一際目立っていた。あれが自分に庭を眺めてさせているのだろうか? 庭を眺めながらそんな疑問が頭の中に浮かんだその時だった。

「似ている……。昨日のあの時と……似ている」

 シュタンは慌ててもう一度庭を見下ろす。そこでは鶏が少し移動して、紫色の花の近くでのんびりと緑色の絨毯に寝そべっていた。

 あまりにも昨日と同じ過ぎる。何かが、クスナのことがあの場所で分かるのか。

 シュタンは庭を眺めながら正解を求めて頭の中の迷宮をさまよう。昨日のあの公園に行けば何か分かるのかもしれない。ただ、それはあまりにも非科学的なことだ。信じるようなことではない。しかし、クスナの部屋に入ってから現在に至るまで、昨日と同じような感覚に囚われ続けている。どうすれば、どうすればいい……。シュタンは目を閉じて意識を閉じ込める。


「私は、私が見ているものを信じようって」


 レベンの言葉がふと脳裏に浮かび、そしてシュタンの耳元を通り過ぎていった。歯がゆい思いが胸の奥から沸き上がってくる。対等だと考えていた二人の関係性は、いつの間にか形を変えていたのだと気付かされた。自分が持っていないものをレベンは持っている。それを受け入れることが出来ずにここで立ち止まっていては仕方が無い。

 シュタンは部屋を飛び出した。その勢いのまま廊下を過ぎ去り、大きな音をたてながら階段を駆け下りていく。

「ど、どうしたの!? シュタン!」リビングからレベンが顔を出す。

「すまん、急に用事を思い出した。だから、俺のギターを持って先に会場に向かっていてくれないか? あ、ギターは部屋にあるからな。それと、修理道具も忘れずにもっていけよ。」

 シュタンは早口で全てを言い切った。そして、そのまま脇目も振らずに外へ出て行こうとした。

「ちょ、何よその大荷物! か弱い私に全てを持って行けとでも言うの!」

「それを言っているんだ」

「何よそれ! てか、クスナのトランペットはどうなったのよ」

「もう済んだ。じゃあ、俺は行くからな。よろしく頼む」

 シュタンは黒い帽子のつばを、納得のいく位置に直すように左手で触った。

「ちょ、ちょっと!」

「後、コンテストに必要な道具として、小さなテーブルを用意するように伝えておいてくれ」

 レベンの言葉など耳に入れずに、シュタンは外へと繰り出した。

「いいのかしら? 追いかけなくて」

 ジュイスはレベンに歩み寄り、優しく話しかけた。レベンは口をあんぐりと開けたままで戸惑いを隠せないでいたが、徐々に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと話し始めた。

「シュタンが、私に荷物を持っていけとか、テーブルを用意しろと私に頼んだということは、コンテストには必ず出るということだと思うので、あいつのことを信じてみようかと思います。それに…」

「それにどうしたの?」

「シュタンが私に頼みごとをするなんて珍しいですからねぇ~。ここは、その信用に答えようかと思いますよ」

 レベンはにやけているのか笑っているのか分からない表情を浮かべていた。嬉しいような、くすぐったいような。そのままレベンは二階へとゆっくり上がっていった。

「お二人は、いいコンビね」

 ジュイスはレベンの背中を見ながら一人呟いた。


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