illusion is mine - 10
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終盤に差し掛かったコンテストは順調に進んでいた。後半の出場者のほとんどが弾き語りをメインとしているせいで、準備の時間といっても、メンバー分のマイクスタンドを用意したり、エレアコのアンプ接続をしたりする程度なので、ほとんど予定がずれ込むことがなかった。
「マズイぞ……こいつは本当にマズイ」
コーヒーを片手にハードボイルドな雰囲気で言ってはみたものの、焦っている気持ちを誤魔化すことは、簡単にはいかなかった。
シュタンは何をやっているのよ! レベンは未だ姿を現さないシュタンのことを考えると、貧乏揺すりが止まらなかった。
レベンはステージのほうに顔を向ける。シュタンが来なかった場合にはあの場所立って、一人で歌わなければいけない。しかも、全てアカペラというとんでもない状況だ。楽しいというより怖いという感情に襲われた。
そんな心配をよそにコンテストは淡々と進む。控え室の中は、出演を終えて一息ついている人や、楽しかったと笑っている人がほとんどになっていた。
レベンは騒々しくなっていく控え室の中を見回す。まだ出番を終えていないが他に何組いるのかを確認したかった。俯いている人が一人に円陣を組んで掛け声を出す三人組がいたが、どうやら、俯いているのは疲れて寝ているだけであり、三人組は終わりの儀式としての円陣だったらしく、終わった途端に感想を言い合っていた。
「『美少女とぶっきらぼう』の方、もうすぐ出番です。舞台袖に来てください」
男の人の低い声が聞こえてきた。その声で、レベンは自分の血の気が引いていくのが分かった。
「すいません」レベンは申し訳なさそうに言った。
「はい、何でしょう」
出番を知らせてくれたその男性は、受付で対応してくれたあの七三分けの人だった。機械みたいな人であることは受付のときによく知っている。
「まだ、来ていない人がいるんですけど……もう少し待ってもらえませんか?」
レベンが一縷の望みをかけて恐る恐る言うと、七三分けは「ふむ」と言って書類に目を通した。もしかしたら私のことを覚えていないかもしれない。レベンの希望が膨らんでいく
「ああ。私は言いましたよ。六時頃にここにいてくださいと」
どうやら、自分が私を担当したことを思い出したらしい。膨らんだ希望は花火のように儚く散り、レベンの背中や顔に冷や汗がとめどなく流れていく。
「そ、そんなこと言っていたかなぁ~」
「言いましたよ。私が間違えていることはありえません」
レベンがとぼけてみても、七三分けは少しも動じなかった。レベンの目には、七三分けの姿が大きな砦に見えてきた。
「お、お願いします!」
「いや、これが決まりなので」
レベンは両手を合わせてお願いするも、七三分けのこの姿勢を崩すことは無理だとレベンは悟った。レベンは軽く溜め息を吐いた後、重い足を引きずって席に戻り荷物を持ち、シュタンのギターを背負ってステージへと向かおうとした。
「ちょっと! 飛び入り参加は最後なんすよ!」
「この胸に溢れんばかりの情熱! パッション! こいつを無駄にすることはできないんだ!」
その言葉が遠くから聞こえてくると、テントの横を叫び声と共に一つの影が過ぎ去っていった。その後を追った男性は疲れて、テントの前で前傾姿勢になり、茶色がかった長い髪が顔を隠した。そして、そのままの姿勢で激しく背中を上下に揺らしている。
「どうした!」
七三分けがすぐに叫んだ。レベンは男性を心配しているのではなく、呼吸の整わない男性に向かってイライラしているようだと感じた。
「テンションが高い変な奴が……ステージに出ると聞かなくて――」
「何故止めない!」
「いや止めたんすよ! でも全然聞いてくれなくて」
「まったく! だから、チャラチャラしている奴は信用ならんのだ」
「んだとお!」
長い茶髪の男性が体勢を元に戻すと、目の前で激しい罵りあいが始まった。七三が冷静に相手の非をいたるところから探し伝えると、長い茶髪は「うるさい!」とか「それは関係ないだろ!」などの大きな声を撒き散らして対抗した。
レベンはその様子を横で少しの間見ていたが、二人がレベンの方を向くことはなかった。もはや、飛び入り参加者の件はどこかに行ってしまったようであった。
レベンは話しかけようと考えたが、ここで話しかけてしまうと、飛び入り参加の人が捕まって、そのまま自分一人での出番がやってきてしまうと察した。そこでレベンは、ここはシュタンを待つために、飛び入り参加の人がこのまま演奏できるようにした。
そしてレベンは、罵り合う二人を尻目にステージ袖へと向かった。どんな人が出るのか気になる好奇心で、レベンはニヤニヤしながら歩みを進める。
「いくぞ、お前ら! 俺についてこい!」
レベンがステージ袖につくと、どうやらMCがちょうど終わり、演奏が始まるところだった。曲に行く前に速弾きを少し披露した。会場がドッと沸く。
自分の魅せ方が上手いとレベンは率直な感想を持った。歓声に応えて手を振る姿も様になっている。しかし、この声。どこかで聞いた覚えがある。
「では、聞いてください。『アバンチュールでラヴィンユー』」
休日はキスで始めるぜ。マシンガンのようさ、フッフゥ~!
速弾きで沸いていた会場は、歌い出しで一気に静まり返った。歌詞、曲調。共に誰も聞き覚えがなかったからだ。
しかしレベンは違った。曲の正体を知っていた。そして、そこから今あのステージで歌っている人物の正体に気づくことができた。
「ぱぱぱぱぱぱ、パースじゃん!」
パースは会場の雰囲気に構わず歌い続けた。パースの歌が夏のような熱を帯びていく中で、会場は冬の嵐が巻き起こっていた。
「これ、出辛い……」
レベンのイメージは全て弾け飛んだ。暗いステージ袖で、引きつった笑い顔をしているのが自分でも分かった。




