illusion is mine - 8
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派手な号砲が夕焼けの空に響き渡った。
「さあ、始まりました! ハカランダ祭名物、ミュージックコンテスト! 今宵の栄冠を手にするのは一体誰なのか!? 皆様、ぜひぜひ最後までお楽しみください!」
きらびやかな衣装に身を包んだ進行役の女性は、最後に右手を振りながらステージの端に去っていった。ステージ上には、すでに最初に演奏を行うバンドのセットが出来上がっていた。
「おお~! 最初はバンドなんだ!」
「お、あのバスドラ鳴らしてみて~」
どんな曲が流れるのか楽しみにしているレベンの隣では、パースがドラムセットを見て興奮していた。そして、パースはすぐさまエアドラムを叩き始める。レベンは知らないふりをしてステージでの音出しに耳を澄ましていた。
音の歪ませ方が下手。これが最初にレベンが抱いた感想だった。その後、演奏が始まってもグルーヴ感がまったく無く、ダラダラと演奏が続いていく。
「こりゃ駄目だな。演奏云々よりも、歌がヒドイ。ありゃ、少なくとも学校を出ないで勝手に始めた連中なんだろうな」
パースが解説者気取りで話を進めていく。曲が終わると、賞賛かお世事か分からない拍手が起きた。一つの集団につき一曲がこのコンテストのルールなので、テンポよく事が進んでいく。ガールズユニットが歌えばパースは「茶番だぁ」と叫び、ラッパーが出てくると「こんなの歌じゃねぇ!」とヤジを送る。
「ねぇ、私全然楽しめないんだけど」レベンは拗ねていた。
「じゃあ、あれが音楽だって言っていいのかよ?」
「音楽は人の数だけあるんじゃないの? ま、これは―――」
「おい、レベン! セクシーなお姉さんが出てるぞ! こいつは最高だぜ! ヤッホォォォォォイ!」
レベンが言い終える前に、パースはステージ上の女性たちに夢中になっていた。黄色い歓声を彼女らに全力で送り、変な掛け声まで一人で出している。
こいつなんかとコンテストを見るんじゃなかった、とレベンは後悔をした。仕方ないので見てはいるが、隣のパースの煩さに何も集中できなかった。ステージ上のパフォーマンスというよりも、このコンテスト自体に乗りきれていなかった。
「おい、レベン。どこに行くんだ?」
立ち去ろうとするレベンを見つけたシュタンは声をかけた。レベンは振り返らないまま言った。
「もうそろそろ控え室で待たなきゃいけないから」
「ああ、そうなのか。また後でな」
パースはすぐにステージに顔を向けて声援を送り始めた。生き生きとしたその姿は、もはや自分たちを応援に来たような素振りを見せたあの人物と同一だとは思えなかった。レベンは小さく溜め息をついて控え室へと足を運んだ。
控え室は個室ではなく、テントの中にパイプイスが並んでいる簡易的なものであった。空いている席の一つに荷物を置き、その隣のイスにレベンは座った。周りには出演を待っている団体や出演を終えて反省やら言い争いやらをしている人たちもいた。
静かではないけれど、レベンはあの場所にいる時より数段落ち着くことが出来た。パースがいないだけでこんなにも変わるんだと、ある意味パースの存在の大きさにレベンは気付かされた。ああ、夜空の星に成り果てたパースが私に笑いかけくる。――どうでもいいけど。
レベンは目を瞑ってステージに向けてのイメージを始めた。自然と、膝の上に置いた右手の中指がリズムを刻んで膝を叩く。
始めに、シュタンが先頭を歩き、その後ろを私が歩く。シュタンは背が高いから、私の愛くるしい感じが出るに違いない。そして、シュタンがギターを用意している間に自己紹介と曲名を発表する。この時に必要なのは、明るい笑顔。これで、スカウトたちにまず良い印象を与える。ここまではバッチリ!
次は演奏中。ここでは小細工は一切無しで挑む。単純に考えれば、この場面でスカウトたちが欲しているのは歌唱力。それをガンガンアピールすれば、登場のときに見せた笑顔とのギャップに驚き、印象を強くすることが出来るに違いない!
最後に退場するときは、精一杯やりました、と言う笑顔を振り撒きながらこの街中に響き渡る拍手に手を振って捌けて行く。そうすることで、スカウトたちは「ああ、なんて素敵なんだ」と印象を与えて、ここでもう一回歌っている時とそうでない時のギャップを再確認させて、笑顔の素晴らしさをアピール!
完璧だ……。ここまでの流れを考えついてしまうなんて私は天才かもしれない。もしかしたら、私には演出の才能があるのではないかと、レベンは自分の才能に嫉妬した。
我に返って嫉妬に浸っていたとき、ぞろぞろと足音がステージの方から聞こえてきた。レベンは顔をその方向に向けると、先程までステージで踊っていた女性たちが出演を終え、控え室に戻ってきていた。女性たちは、黒、茶、栗色、金色、赤色の髪をしており、長さもバラバラで、衣装も誰一人として色が被っていなかった。しかしよく見てみると、お臍やら耳やらに銀色の花模様のピアスをつけていた。きっと、あの銀色がグループの統一性を表しているのだろうとレベンは感じた。
観察を終えると、今度は別の方から足音が聞こえてきた。ステージにいた人たちとは違って、荒野を走る猛牛のような荒々しさがあった。その音が途絶えるなり、「すごかったです!」や「ボルプ、セクシーでした!」といった、あのステージでファンになってしまった男達の声が聞こえてきた。どうやら、もう一度、目に焼き付けておきたかったらしい。その後も、一言典型的な褒め言葉は止むことを知らず、ボルプのメンバーも笑顔で手を振っていた。
「そこの赤髪で短い髪の女性! 投げキッスありがとうございました! もう、その魅力に俺は……メロメロです!」
聞き覚えのある声だった。そっとレベンが振り向くと、そこには鼻の下を伸ばして女性を見つめるパースの姿があった。目線はたぶん胸の辺りにあると推測できた。その言葉と同時にパースを取り巻く男たちは一斉にパースを睨んでいた。レベンがその投げキッスをしたという赤髪女性を見ると、続いていた対応と変わらない笑顔で手を振った。その応対にパースがにやけた瞬間だった。
「あれは、僕にやったんだ!」「いいや、私ニダ」「な、なにをいっているんだぁ~!」と後ろに並んでいたデブ、ハゲ、チビの三人が突然声を荒げ、パースに寄ってたかった。
あ~あ。レベンは直感的にパースがこの喧嘩を買うと予感した。パースは思ったら一途に動いてしまうから、きっと「この俺に決まっているだろう!」とか言って殴るんだろうなぁ。
しかし、その予感と反してパースは右手で三人を制止し、いつもより低めのダンディーな声で言葉を放った。
「ここで騒ぎを起こして誰が迷惑になると思う? 俺か? 君たちか? いいや、違う。そうだとも、あの女性たちに迷惑が掛かるのだよ!」
パースは平然と言いのけた。と思いきや、こちらに少し顔を向けるとウィンクを飛ばしてきた。さては、あの人に良い所を見せ付けたいらしい。
パースを取り巻く男性人からは、拍手喝采であった。パースもまんざらでもなく、頭を掻きながら照れ臭そうにしている。レベンはその乾いた音を聞きながら、パースが狙っている女性を見た。どうもパースの事を笑いながら見ているようであったが、明らかにそれは嘲笑としか受け取れなかった。残念、パース。
パースもいなくなり、一時の騒がしい時間は過ぎ去った。関係者が次の出番のグループを呼びに来ることで、控え室はもとの雰囲気を取り戻しつつあった。レベンもその雰囲気に乗じて、改めてコンテストを楽しみながらシュタンを待った。しかし、最初のインパクトを与えるために必要なその姿は一向に現れない。それ以降の足音に目を向けても、出番を伝える係りの人やねぎらいの言葉を掛けに来る出演者の友人たちでしかなかった。
「で、どうよ?」
「まったく気配は無いわ」
「じゃあ、今日も……」
「まだあきらめちゃ駄目よ!」
「でもさぁ」
その中でも、ボルプのメンバーはまだ残って話し合っていた。他の人たちは思い思いの場所で過ごしているのに、どうやら、スカウトが来ることを待っているらしく、金髪女性だけが前向きでいた。
「あのさ、言わせてもらうけど、良かったらすぐに来るんじゃない?」
「そうよ。スカウトにとっては、結果なんてどうでもいいんだし」
黒と茶の髪をした女性たちが投げやりに吐き捨てた。
「何で結果がどうでもいいとか考えるの!」
金髪の人がすぐに割って入る。その二人はたちまち不機嫌な様子で黙り込む。
「だってさぁ、これってダイヤの原石探しだよ? 可能性の無い人なんてすぐに分かるわ」
「そうそう。噂じゃあ、優勝者よりも準優勝のほうがスカウトに声が掛かるらしいし」
「え!? マジで!」
赤色と栗色の髪をした女性が話している内容に、金髪女性以外の二人が混じって話し始めた。四人は息継ぎをどこでしているのか分からないほどの早口で言葉を交え、時たま下品な笑い声を上げていた。
「いい加減にしなさい!」
その笑い声が一瞬にして吹き飛んだ。訪れる静寂。その四人だけでなく、控え室にいた全員が見た先には、震えながら俯く金髪女性がいた。
「なんでそんなにも簡単に笑えるの? 私たちの夢はそんなに軽いものなの? ずっと話してきたじゃない! スカウトの人たちに認められて、デビューして、大きなステージで歌って踊る。それが私たちの夢じゃなかったの?」
金髪の女性は熱い言葉を地面に吐いていた。体の震えは先程よりも増しているようにレベンの目は捕らえた。
「いや、もう夢とかいいから」
「てか、引くんですけど」
「現実、見ましょうよ」
「もう、飽きました~」
四人の女性たちは冷ややかな目で一人の女性を見つめていた。そして、それぞれがその言葉を言い残すと、そのままテントから出て行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あなたたちは……辞めるの?」
金髪の女性は顔を上げ、遠ざかる四人の背中に言葉を飛ばした。
「もう、あんな作り笑いは嫌よ」
「どうせ、足手纏いとか思ってんでしょ」
誰も振り向かずにそのまま歩き出した。その姿が見えなくなるまで金髪の女性はただただ立ち尽くしているだけだった。
音楽が鳴り止んでいたことに気付いたのはその後だった。準備に時間がかかっていたのだろう。すぐにこの場の雰囲気とは間逆の陽気なラテン系の音楽が響いてきた。
作り笑い。
レベンは座りながらその言葉について考えていた。さっき終わったシミュレーションについて思い返してみると、どうも「笑う」と言う部分が不自然に思えてきた。
笑うときはどんなときだっけ? 確か、楽しいと感じているときじゃなかった?
チラッと金髪の女性のほうを見てみると、今は椅子に座ってステージからの音楽を漠然と聴いているだけのように思えた。ステージ上ではあんなに生き生きとしていたのに、さっきの騒動がきっと影響しているのだろう。表情に力が無い。
今はもう考えることは止めよう。目を閉じてステージから聞こえてくる音楽に耳を澄ました。しかし、レベンの頭の中にはなぜか「足手纏い」と言う言葉が残っていた。軽快なボンゴのリズムに体を揺らしても、その言葉が自分の知らないどこかに行ってくれることはなかった。
何でこの言葉が? 足手纏いなんて一度も思ったこと―――いや、それは自分が勝手に思っているだけじゃないのかな? 本当は、シュタンは私のこと……。
そう思い返してみると、思い当たる節がいくつかあった。シュタンはいつでも私のことを冷たい目で見てくる。今回だって、このコンテストに出場する流れを作ったのも、私が前の仕事が終わった後、食べ過ぎてしまったせいでもあるし、仕事もほとんどシュタン任せになっている。今だって、何か用事があるとかいってどっかに出かけているし。しかも、私にその内容を伝えずに。…私のこと信用していないのかな…。
こんな暗い気分になってしまったのも、全てシュタンがここにいないからだ。レベンはそう理由付けて、引き続きコンテストを楽しもうと椅子に座り直した。
「さあ! コンテストも終盤に差し掛かってきました!」
え? 終盤だって! シュタンがまだ来ていないというのに!
これは、一人で歌うことも視野に入れておかなければいけないと、もう一度レベンはイメージをしようと目を瞑った。




