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illusion is mine - 5

 シュタンはやっとの思いで第十二区まで来た。ここまで来るのにどれだけ頭を下げたか数えきれないが、数える暇も無いのだと考えることをやめた。

 第十二区は第一区と比べると賑わいは落ち着いていた。歩きながら周りを見渡すと売店の数も少なくなっている。そのためなのか、街を歩く人々は、カップルというより夫婦と呼ぶ方が相応しい方々が多く見られ。年齢層は第一区と比べると若干高めになっているのが見て取れた。

 シュタンは引き続き売店に興味を示すこともなく、また路地裏などを探すこともせずにひたすら歩いた。ここにレベンがいたとしたら、あれを買って、これが食べたい、などと言うに違いない。そうすれば、ここに来るまでにさらに時間はかかってしまっただろう。レベンを連れて来なくて良かったとシュタンは心の底から思った。

 しかし問題は、昨日のあの場所がどこの区にあり、どの路地に入ったかを覚えていないことだ。あの時は様々なことが一度に起きたおかげで、頭の中は混乱の真っ最中だった。それに、今あの場所を思い出しても、どこの区にあるか分からなかった。あの時は現在地も知らずに行動していたから仕方ない、とシュタンは歩みを進める。

 第十二区から第十一区に入るところまで来ると、大きな紫色の幟が入り口の左右に一本ずつ立っていた。おもむろにシュタンがその幟を見たとき、シュタンの目に幟の文字が飛び込んできた。

『アナリーゼ名物、ハカランダはこちら!』

 名物? ハカランダ? 

 ハカランダといえばギターなどによく使われていた木材だ。今はその数が減ったことで、使われることが稀になってしまい、その商品価値も著しく上がっている。それがこの街に名物としてある。クスナのこともあるというのに、これが気になって仕方がない。

「すいません」

 シュタンは我慢できず、近くで売店をしていた眼鏡を掛けた初老の男性に話しかけた。どうやら売っているものはポストカードのようだった。

「はい、何枚ですか?」

「いや、この街について一つ質問がしたいのですが」

「なら、一枚買ってくださいな」

 なんと現金な人なのだろうか。話しかけて断るのも悪いので、シュタンはポストカードを一枚購入した。写真をみると、そこにはありきたりな青空と枝垂れ桜が写っていた。

「毎度あり。では、質問をどうぞ」

「ハカランダがこの街の名物ということなのですが…」

 すると男性の眼鏡がキラリと不気味に光ったような気がした。

「ハカランダですか! あれは素晴らしいですよ! あなたが購入したそのポストカードにも写っていますからね!」

 どうやら触れてはいけないスイッチを、思いっきり押してしまったようだとシュタンは察した。鏡で見なくとも、自分の顔が引きつっているのがわかる。男性がありったけの情熱を注いでこれを販売しているのだろう。

「どう見ても、これは枝垂れ桜では……」

「何を言っているのですか? 色が違うでしょ! 色が! 紫色をしているはずだ!」

 シュタンが目を凝らして写真を見ると、ピンク色の桜だと思っていた花の色は、本当に紫色を呈していた。

「特に、第十区にあるハカランダは素晴らしいですよ! あの存在感は他の物と比べても一つ抜け出している。人目につかない公園にあるので、この祭りの最中でも訪れる人は滅多にいないのですが、あれは見たほうが良いですよ!」男性は雄弁に語る。

「そ、そうですか。ありがとうございました」

「あの道に入って、抜けたところの左手を進めばありますから」

 男性は丁寧にもそのハカランダがある場所の行き方まで教えてくれた。

行きたくはないのだが―――。

シュタンが男性の目を見ると、明らかに期待している眼差しでこちらを見ていた。何か自分に期待しているのがひしひしと伝わってきた。

「じゃあ……行ってみますね」

 断りきれずにシュタンは男性が教えてくれた道をなぞるように歩き始めた。一応公園だからクスナを探す上で見ておくべきだと、自分を納得させるように呟いた。

人生において、断り方も学ぶべきだったと後悔の念が心の中で芽生えた。


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