#scene03-37
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パーティーの翌日の皇城。
玉座の上のライズとその隣に座る前皇帝とその妻たち。
「それで、何のために遥々呼び出されたかと思ったら、ルイテル」
「まあ、父上と母上たちは形式上呼んだにすぎないけど。用があるのは皇帝陛下ただ一人」
控えるライズの側近やこの場に集まったそれなりに高位の貴族たちがあからさまに嫌な顔をする。
ルイテルと長く接してきた彼らだからこそ似たような経験があるのだろう。何かやらかしたのだという雰囲気を感じ取っている。
ルイテルの後ろに控えたナギとクレハはお互い目を合わせ首を振った。
ペトラはライズと前皇帝の放つ威圧にかなり限界が近い様な気がする。ドレスで隠れてはいるが足が震えているような気がする。
「はぁ……それで、今度は何をやらかしたか言ってみろ」
「父上、ここは一応私が。そうしないと兄上――ヴィーラント公は絶対応えませんし」
「――わかった」
「それで、ヴィーラント公。今日はどういった要件だ?」
「ああ、うん。ペトラと結婚したから。以上。じゃあ、時間取ってもらって悪かったね」
皇帝と前皇帝どちらも固まり、貴族たちも言葉を失った。
その後、気まずい空気が流れる。
「……おい、ルイテル。どうするんだ、この空気。本気で帰ろうとするな」
「あ、あ、あ、あ、あああ……私ちょっと耐えられません」
「あなたはもう少し頑張りなさいよ……」
クレハがペトラの肩を押さえつけ、無理やり落ち着かせる。
「どうする、と言われてもだね。もう僕の方から説明することはないよ?」
「――と、言っておりますが、どうでしょう、陛下」
「普通そういうのは事前に相談するものではないか!?おい、兄上」
「素が出てるよライズ――いや、昨日のうちに問題になりそうなところは全部通しておいたから大丈夫だよフェーレンシルト子爵家の寄親のフローエ候にも許可は取ってますが」
そういうと控えていた貴族たちの中からフローエ候と思われる人物が前に出る。
「身分差が問題となるのであれば一度、私の養子として――フローエ侯爵家の娘としてペトラ嬢をヴィーラント公と婚約させる形にいたいしますが。もちろん、フェーレンシルト子爵の許可は得てからですが」
「ははは、まあ、僕が直接フローエ候と親戚になって問題ないならそれでもいいよ」
「……兄上。もはや私と父上にはどうしようもないほど詰めてから来ましたね」
「だから素が出てるって。フローエ候がやられても僕にはシッファー伯とディースブルグ侯とオレインブルグ候、それとエッゲルト公の後押しがあるからね」
「宰相……」
「我々のところに話が来た昨日にはすでにフローエ候との交渉は済んでいたようで。正直、ペトラ嬢をフェーレンシルト子爵家のまま嫁がせるのが最良としか」
困った顔の宰相をライズがにらむ。
そして、前皇帝はエッゲルト公に話しかける。
「まさか、お主がそっちにつくとは思わなかったが」
「いえ、少し思うところがありましてな」
「ほう……?」
「ええ、今後の州間の貿易や海運の話を少ししただけです」
「偏屈なお主が買収されるとは思わなかった」
「それはそれは苦労したけどね。正直ナギがいないと無理だったね。宰相もナギがいないと昨日のパーティーには来てくれなかっただろうし」
「まあ、そうですね。そのために私の招待状だけヴィーラント公ではなくシュヴラン伯の名義にしたんでしょう?」
「他の面子もナギの名前の方が来てくれると思ったんだけどね、流石に伯爵の名前で呼びつけるわけにもいかなくて」
「ルイテル、本題が」
「危ない危ない。で、何だっけ?もう帰っていいの?」
「いや、もう――とりあえず、この場はこれで解散とする。ヴィーラント公は残ってくれ。私と父上から話がある」
「仕方ないな。ナギ、ペトラ連れて先に屋敷に戻ってくれる?」
「いえ、シュヴラン伯には鉄道計画の件で少し相談があったのです。ルイテル様のお話が終わるまでで構いませんので、いいですか?」
「ええ、勿論です」
◆
ナギとクレハはシッファー伯とエッゲルト公、ディースブルグ候、オレインブルグ候、それとフローエ候を連れられて別室に入った。
「さて、ある程度の準備は整いました。線路を先に敷き始めてしまって構わないのですね?」
「ええ、規格通りのものでしたら」
「それはご安心を。精密さであれば我が国の技術はなかなかのものです。それで皆さんにご同行戴いた理由としましては」
「線路を敷く優先度ですね」
ナギは街の位置だけが示された白紙の地図を用意された机に広げた。
「……いつも思うのだが、その精密な地図をなぜそう大量に持っている?」
エッゲルト公が尋ねるとナギは白紙の紙を取り出し、
「この程度の複雑さならば、まだ簡単に複製できる範疇ですので」
そういって、地図を増やして見せた。
「まず、取り組んでほしいのはエストールからラング、グーラ、シュトフェル、グビッシュ、そして帝都ダールベルグを結ぶ区間です。エストールからエンジンや車両なんかを輸出していく関係上これは最優先でお願いします。そして、ダールベルク側から線路や駅の整備をお願いします」
「国としては大丈夫ですね。陛下の許可もとっています。また、ラングの領主とシッファー伯爵としても問題はありません。グッビッシュ領主のフローエ候はどうでしょう?」
「こちらも問題ありません王都や東側との行き来が楽になりますし。警備が難しくなりますが、メリットは大きいでしょう」
「それはそれでまた別の組織――鉄道専門の警備隊を設置するようだ。ひとまず、どれほど効果があるかは様子見だがな」
「警備隊は基本皇帝陛下直属軍の一つとして扱い、いざというときは地方への介入も行います」
「それでは軍派閥の連中が良い顔はせんだろうがな。そもそも、これを提案したのは軍派閥が持ち上げたいルイテル殿下だが――おっと、余計な話が長くなったな。シュヴラン伯、続けてくれ」
「はい。とりあえずの第一段階、今説明した範囲が完成すれば、ほとんどは国と各州に任せることになるでしょう」
「現在、各州に問い合わせをして、許可をもらっている部分を優先することにします」
ナギからペンを受けとり、宰相が地図に線を引く。
「おっと、赤いインクですか。珍しいですね」
「その方がわかりやすいかと思いまして。よかったら差し上げるので使ってください」
「ありがとうございます。第一段階では初期計画の帝国東西線と呼ばれる路線を作ることになります。そのまま西側へ……といいたいところですが、ロータル州、グリーベル州の返答が遅いので一端こちらは放置します」
「エストールから東は私が整備を行います。東西線の東端はダンツィの街になります。構いませんか?ディースブルグ候」
「州都のディンガーやヴェルテ州の方は?」
「そちらも同時進行でオールディス支線を敷いていきます。そちらはエストールから北上、ディンガーを通ってアレント、リューベック、エストマ、ハインの順に」
「了解した。私はそれで構わない。というか、あまり知恵を出せなくて申し訳ない」
「いえいえ。オレインブルグ候はどうですか?」
「ザンドラ湖畔のデュムラーやテアに線路を引くのは難しいか?」
「そうですね……テアであれば少し考えもあるのですが……デュムラーは位置的にリューベックから短い線路を別で敷くぐらいしか」
「なるほど……だがそうなると国からの補助は望めないな」
「失礼、こちらに戻りますね。国としての第二段階はダールベルクから北へ、グビッシュから北へ向かいます。目標は橋都グルント。そこで合流し、北端はペルシュになります」
「そこからはどうするのだ?」
「そうですね……中央縦断線はヴェンツェルで停止します。南北線はそのままヴェンツェルを通過し、ヴァイアー、グーラへ向かいます。ここまでを第二段階としますか。シュヴラン伯はこの次はどうするべきだと思われます?」
「そこまでできたら一度様子を見るのもありかと思いますが、南のザームエル支線と北のマテウス視線が整えば東側はほぼ不自由ない物流が出来るかと」
「さっさと完成させて西側の軍閥連中を驚かせてやるのも一興か……」
「エッゲルト公、シュヴラン伯に乗せられないでくださいね。それと、フローエ候、何かありましたか?」
「いえ、ここまで急速に発展させると女神さまに怒られるような気がして」
「我々が作ってるのが戦争兵器ならもう大陸はおしまいでしょうけど――クラ」
「にゃ」
ナギが声を掛けるとテーブルの上に黒猫が降り立った。
「ここまでで、ヘルミオネ様からNGはあったか?」
猫は黙って首を横に振った。
「……シュヴラン伯、この猫は?」
「聖獣のシェキナです。幼体ですけど」
その聖獣は暇を持て余したクレハにいじられて地図の上を転げまわっているが。
「……成体にすることもできますがその場合は一人仲間を連れてこなければいけません」
「いえ、疑っているわけではないんですけど……思ったより可愛いものですね」
フローエ候がクラをなでようと手を伸ばすがその手は素早くクラに叩かれる。
「……すいません、なかなか人に懐く様な生き物じゃないもので。ルイテルですら触らせてもらえるようになるまで相当かかりました」
「そんなものなのか……」




