#scene03-32
◆
翌朝。
6時前に目を覚まして部屋を出るシャノンの足音を聞いて(もっともナギ以外には感知できないほど無に等しいような物音だが)ナギも起きだし、身支度を終えて階下に下る。
「おはよう」
「おはようございます。申し訳ありません、起こしてしまいましたか?」
「いや、普通は気づかないような物音だから」
「では、なぜナギ様は?」
「いやー、野宿とか多いと自然とな」
「なるほど」
二人で朝食を作り終えるころには6時半ごろとなり、そのころには珍しく全員が食堂に来ていた。無論、ライズや宰相、護衛の二人も含めてだ。
「兄上、昨日とは異なる大テーブルが設置されているように見えるのだが」
「はは、流石ナギだ」
「もう何も言いますまい」
「皆様お待たせしました」
パンとサラダ、スープ、オムレツと火を通したナギ謹製のハムという王族には少々質素化と思えるメニューだったが、思いのほか好評であった。
パンはドイツ風の硬めのもので、普通のものに加えてクルミ、チーズを混ぜ込んだものの3種類用意してあった。
ミトはクルミ入りがお気に召したようで一斤ほど猛然と食べていた。
「すまない、御馳走になった」
「いえ、このぐらいは」
「思わぬ幸運でしたね、ルイテル様の勧めに従っておいてよかったです」
「そうだろう、宰相閣下」
「また帰らなかったと妻と子供たちの機嫌取りは面倒だが、このようにご機嫌取り以外の会食であれば及ばれしたいものです。シュヴラン伯、またお邪魔してよいだろうか」
「相変わらず奥さんに愛されてるね、シッファー伯」
「ははは、仕事上家を空けがちですから、文句を言われますがね。この後一度屋敷に戻って、昼からまた城に戻ります」
「それじゃあ、宰相閣下、いや、シッファー伯にはこれを、ご家族にお土産としてどうぞ」
そういうとナギは紙袋に入ったものを2つに、紙の小箱を1つ差し出した。
紙袋も紙箱も無意味に凝ったデザインで三日月の印とシュヴラン伯家の秤の紋章がデザインとして入っている。
「これは?」
「紙袋の方は、先ほどのパン――チーズのものと、さっきは出さなかった蜂蜜を練り込んだものです。箱の方はハムです。時間がたっても少し炙れば美味しく食べれるはずです」
「おお、これで少しは機嫌も取れるというわけだ」
「私も最近結婚しましたので、ご苦労はわかります。最も、愛してもらえるという事は嬉しいことですけど」
「なるほど、まあ、私のように40も越えて娘も年頃になればもっと苦労は増えるぞ」
「精進します」
「ふむ、私にはないのか?」
「……ルイテル、皇帝陛下に贈り物って大丈夫なのか、賄賂とかそういう感じに受け取られたりしないか?」
「まあ、宰相ぐらいなら、同じ伯爵位だし大事にはならないだろうけど、皇帝はちょっと」
「なんだろう、納得いかないぞ兄上。私はダメで兄上がいい理由がわからん」
「いや、だって、僕、もう継承権ないし、ナギとは友達かつ同じギルドの仲間だし」
「いつだって何やかんやで美味しいところだけ持っていくよな、兄上は」
「護衛のお二人にもお土産を」
ナギは2人に紙箱に詰まったサンドウィッチを渡す。
それを2人はわざとらしく恭しく受け取る。
「昼飯にでも食べてくれ」
「ありがたく」
「いや、朝食も素晴らしかったですけど、お土産までいただけるとは」
「中身は、柔らかいパンに揚げたイノシシ肉を挟んだカツサンドと、たまごと、ハムチーズの三種類だな」
「ナギ、弟がうるさいからもう一つ用意できない?」
「ああ、うん、はいこれ」
ナギの弁当箱をルイテル経由でライズに渡す。
「じゃあ、そろそろ城に戻り……」
そういって車に乗り込もうとしたところで、門から誰かがこちらに入ってくるのが見えた。それは軍服を着たもので、
「ヴィーラント公爵、断りもなく失礼いたしました!しかし緊急時故、お許しください」
「いいよ、ライズ――皇帝陛下に用事なんだろう?」
「はっ、ご報告いたします。現在、ダールベルクの南西からワイバーンの群れの接近を確認いたしました。数が30以上と多く、冒険者ギルド、傭兵ギルドだけでは処理しきれないと判断いたしましたので、許可が出次第軍の用意をさせていただくこともあるかと」
「わかった、急いで戻る。お前も乗って行け、詳細を聞く」
「承知しました」
あわただしく去っていく皇達を見送ったのち、ナギはルイテルに尋ねた。
「なあ、ワイバーンってうまいのかな?」
「亜竜種のなかでは美味しい方だったと思うよ。上等な鶏肉みたいな味かな?まあ、取りに行くのに命のリスクが大きいから誰も狩らないけど……」
「なるほど、クレハ。準備」
「もうできてるわ」
いつの間にか、完全武装のクレハとシャノンの姿がナギの背後にある。
「唐揚げとか食べたいわね」
「唐揚げにはビールだな」
「そうね。上等なエールを用意しないと――樽で」
「どんだけ飲む気なんだよ……」
「しっかり休んで英気を養ったから、十分だな」
「そろそろ、役に立つってところを見せてやらないとね!」
「自由に撃っていいんだよね?」
「エレノラ、初めはちょーっと加減していこな?まあ、今回は毒は使えなそうやからうちはアイヴィーとサポートに徹するで?ナギ兄、魔宝石の精錬と刻印の練習サンプルが手に入りそうやから教えてな?」
「刻印、私も興味がありますね。パンドラさんとエレノラさんは魔法撃ちながら機巧装置を調整していくのでお任せくださいね」
アーリック、パンドラ、エレノラ、キーリー、アイヴィーが揃いの制服を着て玄関ホールに集まる。
「あ、ナギさん、私も行っていいですか?」
「おう、クラの実力がどんなもんか観てみたいからそっちメインで頼む」
「わかりました!」
さっと上着を羽織り、頭の上に口元にパンくずを付けた白い毛玉を乗せ、黒猫を抱き上げたリュディ。
ナギも自らのコートを取り出し、羽織る。
「ルイテル様!?いつの間に武装を!?」
「あれ?賢者の腕輪もらっただろう?入れとかないと」
「……というかそんなすごそうな剣持ってましたっけ?」
「ナギに作ってもらった特注品だよ。それと、制服も」
そういうとルイテルが来ていたジャケットを脱いで黒いジャケットに着替えた。
「ほらこの通り」
「流石、黒もお似合いですね!じゃなくて、いつの間に?」
「ナギと話してるときにこんな感じでーって言ってたら作ってくれた」
「無駄な制作力!」
「ペトラの分もあるよ、ほら」
「え?ありがとうございます――って、なんでルイテル様が持ってるんです?」
「え?そんなの僕の趣味で作ってもらったからに決まってるじゃん?」
「ううう、嬉しい様な複雑です」
「ルイテル、もう出るぞ」
「――だ、そうだよ?あ、ちなみに、エクトル鋼鎧が笑えるぐらい防御力あるからね、この制服。僕でも斬れなかった」
「わ、わかりました!すぐ着替えますから10分――いえ、5分ください!」
そういうとペトラは大浴場の脱衣所に駆け込んでいった。
「というか、ナギ兄。全員の制服ちょっとずつ違いがあるとかどんだけ凝ってるん?まあ、ロマンはわかるけど」
「さすが、我が妹。ふむ、そのローブ風のロングコートいい感じだな」
「ナギ兄もこんな感じやと思ってたけど、もうちょっとシンプルやな」
「まあ、オレの場合は接近戦もそれなりにするからな……」
「うちはいろんな薬をポケットに仕込んでおかないと落ち着かなくてな」
「お前危ないな……」
「あ、火薬もあるで」
「それは腕輪にしまっときなさい」




