#scene 01-08
「……それだけ余裕あるくせによく言うわね。手抜かれるの嫌いだって言ったでしょう?」
「そう言われてもなー……こっちには今は勝つ算段がないんだぜ?」
「でもまだ見せてない技も魔法もいくつかあるんでしょ?」
「それ使っても勝てないんだな……残念だけど」
「そう。“今は”という事は何時かは私に勝てるという事かしら?」
「まあ、そう深読みしてくれてもいい。まあ絶対に勝てるとは言わないけど、対等に遣り合うぐらいはできるんじゃないか?言っとくけど、これで限界だからな、オレは。お前みたいに身体能力良くないんだよ」
膝をついていたナギが無理に体を起こす。
貧血のせいか、ふらつくがそれをクレハに支えられる。
「おっと、すまん」
「限界というのはホントみたいだけど」
「嘘だったらどうしてた?」
「止めを刺してやったわ」
「お前、恐ろしい女だな」
そのまま、周囲を歩き破壊した箇所を錬金術で直してゆく。
手持ちから取り出した謎の物質の塊や不思議な形に曲がった金属片などどう考えても不用品を使っているが、相対価値的には高いので、この程度の穴なら埋めることができる。
そして、お互いそこそこの量を流し、地面に染み込んでいる血の上に空き瓶を置くと、血のみを吸い上げ、回収し、腕輪の中に収納した。
「……あなた、今私の血を回収したわね?」
「さて、どうだか」
「あまりの躊躇いのなさに止めるのを忘れてしまったけど、何する気?」
「まあ気にすんなよ、趣味みたいなもんだから」
「気持ち悪い趣味ね……」
「それよりも、これ使って体治せ。女の子だろ?」
己で傷をつけておいて可笑しな話だと思いながらも、Lv.8のポーションをクレハに押しつける。
「貴方これ……」
「それについて口外はするなよ?それしか手持ちにないんだから」
と言いつつも同じポーションを飲んでいるようにしか見えないナギ。
腹から出ていた血も、その他の傷も瞬時に治っていく。
ニセモノではないと確信したクレハがポーションをあおった直後、警備隊がこちらにやってきた。
「お前らが派手に喧嘩してた奴らか?」
「喧嘩じゃないけど、まあ、もう終わったから勘弁してくれよ」
「……まったく、気を付けてくれよ。ただでさえこの手の諍いは多いんだから」
「はいはい、すまんね。……そうだ、クレハにこれを渡さないとな」
そういうと腕輪を取り出し、差し出した。
「忘れてなかったのね」
「ああ、サイズは大きいだろうが手首に嵌めて20秒ぐらい魔力を流してくれ。それで馴染むはずだ。それと、個人認証機能もあるから最初に流した魔力波長の人間しか扱えないから注意しろ」
「わかったわ」
「――ナギさん、大丈夫ですか?」
クレハが賢者の腕輪をセットしているとジーナがこちらにやってきた。
「うん、無傷」
「いや、さっき思いっきりお腹刺されてましたし……何で傷ないんですか!?」
「まあ、いろいろあってね」
「しかもクレハさん、それ本物の賢者の腕輪……」
「ええ、どうやらそうみたいね。初期設定?みたいなのも終わったし、ここからどうするのかしら」
「とりあえずポーションでも入れてみるか?」
Lv.1のポーションを投げ渡す。
それを自然にキャッチした後、手の中から消して見せるクレハ。
「大体わかったわ」
「そうか、あとはコイツだな」
ナギが四合瓶をクレハに渡す。
「清酒“三日月”。今年の最高傑作だ。といっても作ったのはこれが二度目だが」
「どうして“三日月”?」
「ん?うちの苗字が三日月ってだけだけど」
「なるほどね。ありがたくもらっていくわ」
「共和国ではそれなりのものが出回ってるけど、やっぱり本物の味知ってるか否かが重要だよな。つくづく実感した」
「……あなた、こっち来たとき19だったでしょ?」
「おっと、今はのはオフレコで」
「オフレコも何も帰れないのだけど」
「ああ、そうだったな。忘れてた」
「クレハさん、それそんなにおいしいお酒なんですか?」
ジーナがクレハの抱えるそれに興味を持つ。
「さあ?でも、金貨20枚ぐらいの値段は着くんじゃないかしら?」
「最初に作ったやつは半分ぐらい爺さんにやったけど、残り30本ぐらい売ったら700万Eぐらいの値段が着いた記憶があるぞ。まあ、いろいろやってたらその金も随分無くなったし、商会ギルドに睨まれてるから表だって売れないんだよ」
「ナギさん、ほんとにそんなんばっかなんですね……」
「だからギルド創るんだよ。個人ギルドなら商いしても許されるし」
「清酒以外は作れないのかしら?」
「まあ、大体の飲食物はどうやって作るかはぼんやり理解してるけど、それなりに場所食うからな。スペース確保してからだな」
「そう。とりあえずこれは冷酒で戴こうかしら」
「そうしてくれ、それと……」
クレハにもう一本小瓶を渡す。
一合瓶にはいった酒。
「爺さんの墓に供えといてくれ」
「わかったわ」
「さてと、宿に帰って晩飯にするか……そういえばお前ら、宿は?」
「私はギルドの近くに部屋借りてますから」
「私は決めてないわ。今日着いたところだから。貴方の泊まってる宿はどうなの?」
「そうだな……とても綺麗とは言い難いがそれなりに綺麗で、街の端にあるから客は少ない。そして、この町で一番安いが、しかし、びっくりするほどメシが不味い」
「……最後のが問題ね。まあそんなに長居する気はないのだけど」
「まあ、オレはキッチン借りて自分で作ってるから、お前もそうすれば?」
「それじゃあ、そうしようかしら」
「お二人とも料理できるんですか……?」
「なんで意外そうなものを見る目でこちらを見る」
ジーナを怪訝な目で見るナギ。
「お二人とも貴族?ですし……料理人でもないのに男性が自分で料理するなんて」
「少なくとも、あそこのおっさんよりはうまいと自負してるが」
「虎の子亭は代々なぜか食事だけが絶望的に不味い、何か呪われてるんじゃないかって冒険者さんたちが噂してましたけど……」
「代々って、このガルニカ自体が成立したのが最近じゃなかったかしら……」
「噂っていうのは宛てにならんな」
野次馬達もすでに撤収したのでナギ達も宿へと向かう。
ナギの作る料理に興味があるというジーナも連れて虎の子亭へと入る。
食堂にはまばらに人がいるが、どうやら外ので店で買ったものを食べているようだ。
「おっさん、帰ったぞ」
「おお……2人も一緒か。なんか広場ではしゃいでたみたいだが……」
「まあ、少しな。それよりキッチン借りるぞ」
「ああ、まったく。どうしてオレの作る飯はこんなにも不味いのか……」
「調理工程を見る限り問題はないんだけどな……」
「やっぱり呪われてるんじゃ?」
「貴方、視てあげたら?」
「あー、気付かなかった。その手があったか」
宿の主人に解析を行う。
しかし、これと言って変わった様子はない。
「呪いとかはないみたいだけど……」
「そうなのか?というかわかるのか?」
「まあ問題があるとすれば、運が絶望的に低い」
「……おい、洒落になってないこと言うな」
「まあ、そんな事はいいとして、キッチン借りるな」
良くはないんだが、という主人を捨て置いてキッチンへと入る。
「肉が少しあるのと、玉ねぎ、あとは香辛料ばっかりだな……コルテスでもう少し買っておくんだった。米も少ないし、今日はパンだな」
「……料理しようと思ったけど、食材がないわ」
「お前な……」
「仕方ないじゃない。普通に持ち運ぶにはかさばるし、保存が難しいんだから」
「そうだけどさ……まあいい。今日はご馳走してやろう、その代わり手伝うがいい」
「それはありがたいし、かまわないけれど、どうして嬉しそうなのかしら?」
「バカやろう、自分で作るより女の子に作ってもらった方が嬉しいだろうが」
「そういう物?」
「私に聞かれても……」
ナギは肉を取り出し、挽肉へと加工していく。
「何を作るのかは分かったけど、これなんの肉?」
「なんか熊」
「へぇ」
「えええ!?へぇ、ですませて良い内容でしたか!?」
「大丈夫大丈夫、味は良かったから。臭みもないし」
「なら食べられるわね」
「お二人とも、ガッツありすぎです……」