#scene 01-07
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ここまでは何とか手の内を隠しながらやってきたが、ついに眼の存在がバレた。もともと、この世界に来た時には既に持っていた出自のわからない能力だ。
この神様の祝福なのか、呪いなのかわからない、この“魔眼”はそれほど便利なものではなく、対象の情報を得る能力しか持っていない。
しかし、錬金術師という職業上、この眼はかなり有効に働く。
人だろうと物だろうと、固体だろうと液体だろうと気体だろうと、物質だろうと、非物質だろうと解析できるこの眼はナギという人物の戦闘スタイルにはかなり合致していた。
つまりは、魔法は魔法式の段階で読み取ることができるし、極端な例だが剣術の型を見るだけでその後の対応方法にある程度の目途をつけることができる。
しかし、この場ではその眼も役には立たない。
クレハの動きが先ほどよりも速くなった。
最早眼でとらえるのも難しいレベルになっている。
足元に展開していく魔法陣は先ほどとは変わっていない。しかし、動きは明らかに変わっている。
時属性の加速魔法というものを見たのは今回が初めてだが、大陸で一般的に用いられる風の加速魔法に比べて緩急の差が激しいように感じた。
風の魔法は所詮身体強化だ。しかし、こちらは事象に干渉している。体の限界に関係なく速度を上げられるはずだ。
それにしてもおかしい。彼女の魔法適正値はC。今使っている以上の連続使用は難しいはずだ。体への負担を考えても、今までの速度で限界だったはず。
それがなぜ跳ね上がったのか。
余計な考察をしている間に、避ける余裕はなくなっていた。
彼女クラスの剣士の斬撃を直接身に受けると死ぬ可能性が高い。悪あがきだが、身をひねり、幻魔法で虚像を創り、攻撃をそちらに誘導する。
それでも完全に避けることはできなかったが、一つわかった。
「加速の魔眼、か」
「さすがね。もうわかったの?」
魔眼という物について説明すると、神様からのもらい物で、コレの発生させる魔法に関しては自分の魔力や精神力、その他諸々を一切消費しない。
システムはわからないし、自分の体にそんなよくわからないものがあるのも正直気持ちの良い物ではない。
自分の場合は解析。属性は“幻”。
クレハは加速。属性は言うまでもなく“時”。
常時発動していてもこちらの負担は目が疲れるとかそんなレベル。
直接視ることに関係のない自分以外の魔眼はもっと負担のない物なのかもしれない。
実際、クレハは魔眼の効果で2つ3つ分の魔法をさらに重ね掛けすることでさらなる速度を得ている。
刃が掠った部分を抑えながら対策を考える。
魔法で虚像を作ったとしても、こちらの隙を突いた攻撃よりも早く、相手の剣が届く。
奥の手はないことはないが、今はまだ使えるだけの材料がそろっていない。
必死に刃を躱しながらも、さすがに無理があったのか地面に派手に転がる。
それでも追ってくる刃を躱すために、地面を抉り、足元を崩す。
下手に攻撃を仕掛けない方がいい。
距離を取る。
「いったい、何をしたの?」
「ん?ああ、ちょっと錬金術をな」
手の中で転がしていた小さな純金の球を見せながら言う。
「それを地面を抉るためだけにやるのもどうかと思うけど……」
「驚いたろ?」
派手にやり過ぎているせいか、それとも多すぎる野次馬のせいか、警備隊の人間が集まり始めているようだ。早めに決着をつけなければならない。
最早勝ち負けの問題ではない。
既に勝てないのは決まっている。問題はどうやって勝ちを認めさせるか、降参するタイミングを見極めなければならない。
もし警備隊の介入で終わったとすれば、すぐに場所を変えて再戦とか言い出しかねない。そちらのタイミングも見計らねばならない。
再戦するにしても、準備が必要だ。
それさえすれば、勝てるのだから。
そんな思惑を知ってか知らずか、こちらに向かって剣を走らせる。
タイムリミットが生まれたことに気が付いていないのか、それとも無かった事にしているのか。
あまり大きな魔法も使いにくいこの状況で、どうやってそれを成し遂げるのか。
限界ギリギリで剣先を避け続けながら、考える。
「集中しないと死ぬわよ?」
「なんで殺す気なんだよ……」
先ほどの金の球を鋼のロッドに変化させる。
錬金術というのは等価交換だとよく言う。しかし、ナギのレベルの錬金術師になるとそれを拡大解釈した術を扱うことができる。もちろん、生命や複雑な構造物を作ることはできない。
1の価値の物で1の価値の物を作るのがこの世界の錬金術の基本。
しかし、1の価値の物を100用意して100の価値の物を作るのがナギの錬金術。そしてそれが、彼の師であるアウグスト・シュヴランの至った大陸一の技術でもある。
先ほどの錬金術では約1トンの土を500g程の金に上位変換し、その金から鋼のロッドに下位変換した。
ロッドで剣を受け、何とか弾き返しながら後退する。この後の事も考えて、これ以上見た目の派手な錬金術はできるだけ使わない方がいいだろう。ここは魔法で応戦するべきなのだが、幻属性の魔法にははっきり言って殺傷能力がない。
近接攻撃ではまず勝てない。
仕方がないので先ほどから地道に集めている水を使う事にする。
攻撃をかわしながら、上空に向かい水の詰まった容れ物を垂直に投擲する。
戦闘開始と直後から集めていたので相当な量になっている。
「また酸?」
「いや、今度のはただの水だ」
落下してくるそれに向かいナイフを投げつける。
お互いずぶ濡れになるが、これで目的は完了。
「何が目的なのかしら?残念ながら今は透けるような服着てないのだけど」
「あー、それは残念だ」
「変態」
「やめろ、その眼。でも、ただの水でも、こうなったらそこそこ辛いだろう?」
自分の身体を伝う水滴も含めて、急激に凍てついてゆく。
「っ!?……なるほどね、これはまあまあ効くわね」
「だろ?」
体表面の広い範囲が凍てつく。中まで完全に凍っているのではないにしても、今まで通りの動きを維持できるかというと難しいだろう。しかし、それも一時的なもの、本日の気温は高めなのですぐに融けるだろうし、そもそも手で払えば取れる。
クレハは利き手の氷を払い、こちらに剣を向ける。
「それで、こんな一時的な時間稼ぎだけで終わりなわけないわよね?」
「当然」
自分の身体の氷を払いながら、ナギが答える。
「火傷ぐらいは大目に見てくれよ?」
融けかけの氷も含めて、すべてが瞬時に超高温の水蒸気へと変わる。
2人の姿は一瞬、真っ白な湯気に包まれるが、すぐに湯気は晴れる。
野次馬達が見たのは、腹に剣を突き立てられるナギの姿と、なぜか上着を脱ぎ剣を突き立てているクレハの姿だった。
「水気を含んでたのは主に上着だったから脱いだわ。それだけよ?」
「……っは、はは。一本取られたな。というかお前サラシって」
シャツの下に覗く布を見ながらナギが言う。
「仕方ないじゃない。こっちの下着可愛くないんだから」
「そういうもんか?」
「ええ、結構大事よ?それほど胸も大きい方ではないからこれでも困らないし」
「……そういうもんなのか?」
「そうね。ところであなた、腹から剣が生えているけど大丈夫かしら?」
「どうだろうなぁ……」
ナギが剣を掴み、乱暴に引き抜く。
内臓は逸れたのか、それほど血が出ているようには見えない。感覚がマヒしているだけという可能性もあるが。
傷口はそれほど深くはないが、腹に穴が開いているような状況で軽傷とはとても言えない。等級の高いポーションを使うのはもったいない気がしたが、目下死なないことの方が大切なので使う事にする。
「どう?私の勝ちかしら?」
「そうだな。ギブアップだ」