#scene03-18
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パンドラ・カステレードという少女が生まれたのは、メリザンド法国首都ティエリーにある裕福な宝石商の家であった。
父は根っからの商人であったため、あまり信仰に厚いほうではなかったが、パンドラの将来は高位の神官か貴族への嫁入りという事がほとんど決まっていた。
それが嫌で家を抜け出しては、魔法使いとして狩りをし、生活費を貯め、家を出ようとしていたのだが、もう少しというところで両親にばれた。
その時ばれたのが、家出を考えているという事であればまだましだったのかもしれない。両親にばれたのはその聖術への才能だった。聖術への適性が高ければ高位の神官になることができる。だが、パンドラの適性はそのあたりの神官よりも圧倒的で、いつの間にか聖女と呼ばれる立場まで祭り上げられていた。
聖女となったパンドラは、父に言われるままに金を持っている汚い貴族たちを治療し、教会から指示されるまま死んでも替えが効きそうな無駄に偉そうな神官たちを治療した。
教会に集う市民たちを治療しようとしたところ、護衛につけられた頭の悪い若い騎士にきりがなくなるからおやめくださいと、やんわり窘められた。
だが、今日でその生活は終わる。
この血に汚れた手を取ったこの瞬間から。
◆
シャノンと合流したナギはすぐに、バイクでの移動を指示した。ここから北のティベリオそこを超えるまで一気に移動することにした。
何せこちらは“聖女”様を攫ってきているのだから。
「シャノンとリュディで先に出てくれ。ティベリオの南門から少し離れたところで合流しよう。アーリック、彼女は責任もってお前が運べ。というか今すぐバイクに乗れるようになれ」
ナギの無茶苦茶な指示でも、今は必要なのでアーリックはすぐに乗れるようになった。もともとも馬には乗れたようで、似たようなものだと彼は言ったがナギは違うと思った。
「アーリック、じゃあ彼女を乗せてシャノンを追え。ティベリオの町には入らず、外延を徒歩で周るといい。バイクはそのまま腕輪にしまっておけ」
「わかった」
「アイヴィー、後ろにのれるか?」
「えっと、ちょっと待ってくださいね」
ナギの肩を借りて、地面に足をつける。
そして、手を離した。
「ちょっ!?」
「え?」
すぐにバランスを崩したが、たしかに一瞬アイヴィーは自立していた。
「……立てましたか?」
「立ててたな……少しの移動ぐらいならできるかもしれん。バイクに手をつきながらでいいから後ろに乗ってくれ。勿論、オレも手を貸す」
時間はかかったものの何とかアイヴィーが後ろに乗る。
街の方からはまだ爆音が聞こえているのでこちらに追手が来るにはしばらくかかるだろう。
「どういう事でしょうか……」
「あの魔法で少し状態が緩和されたか?」
「という事は、私の脚は治る可能性があると?」
「戦闘や長距離の徒歩移動は難しいかもしれないが、杖があれば歩けるぐらいにはなるかもしれない。もっとも、より強力な治癒魔法を組み上げないといけないが」
「期待してもいいのでしょうか?」
「とりあえず、帝国に入って落ち着いたらすぐ考えるよ」
「ありがとうございます」
「今は逃げよう」
「そうですね」
エンジンをかけ加速する。
今までよりもスピードは出ているが、ナギの背に抱き着いているせいか、不思議と高揚感を得たまま移動できた。
そして一時間半ほどいどうしてやっとシャノンが待機している場所に到着する。途中の徒歩区間はずっとナギにお姫様抱っこされていたせいもあり、アイヴィーは上機嫌で、それを見たシャノンは不機嫌になった。
「ナギ様、お疲れ様です」
「シャノンも。とりあえず今日はこの辺で野宿だな」
「といいつつ家を取り出すのですね」
日はとっくに暮れており、昼食も抜いたせいか腹も減っている。
それに今から行っても国境は超えられないだろう。
目指すべき帝国は案外近く、この場所から北西にあるツォーリの町のさらに北に国境の関所が存在する。関を超えればすぐにヴァルデマル帝国ゲアノート州ルッツだ。
ナギたちの機動力ならば帝国まで2時間というところだろう。
そこそこ立派な家を街道から少し離れた場所に置くと、中に入り、シャノンとキッチンに立つ。
「メニューは何にしますか?」
「ポトフでいいか?あとは――タラのムニエルぐらいか。あとはパン」
「十分に豪勢ですよ。私は野菜を切ってますね」
「そうか?リュディ、すまないが風呂の準備を頼む!アーリック、お前は先に体を洗って来い!服も血が取れなくなる前に洗っておけ!」
「わかりました!」「わかった」
ダイニングにはパンドラとアイヴィーが残され、微妙な空気が流れる。
洗面所を借りて手を洗ったパンドラは話のきっかけがつかめず目を泳がせている。
「あの、あまり緊張しなくてもいいですよ」
「ぅへ!?」
「私も、この中では新人ですから、むしろナギさんには商売敵だったのですけど、能力を買われてここにいます」
「……商売敵?」
「ああ、後程自己紹介の時間を取ってくれると思いますが、先に。私はアイヴィー・サイアーズと申します。よろしくお願いますね」
「サイアーズ家の!?こちらこそ、お願いします――それで、勢いでついてきてしまったんですけど、彼――」
「アーリックさんのことですか?」
「はい」
「彼のことは私も詳しくは知りませんので」
「ええ!?」
「悪い人ではないと思います。口数が多い方ではないですが、紳士的ですし、ナギさんが選ぶぐらいですから相当腕のたつ剣士だと思います」
「そうですか……まあ、見た目は嫌いではないですが流石に早まったかなぁと」
「まあ、ゆっくり知っていけばいいと思います」
すると、そこにアーリックとリュディが戻ってくる。
「あ、アーリックさんのお嫁さんでしたよね?」
「えっと、まあ、その予定の者だけど」
「私はリュディヴィーヌ・ルシェといいます。リュディと呼んでください。この子はミト」
「きゅう!」
「よろしくね、リュディ、ミト」
「強引にここまで連れてきてしまってすまない。アーリック・クラウジスだ」
「よろしく、アーリック。私はパンドラ・カステレード。家名をもったヴェルカ人に会うのは初めてだけど……」
「オレの家は一応騎士爵を持っているからな。まあ、自治州である以上はお飾りみたいなものだし、次男だから気にしなくていい」
「じゃあ、気にしない」
「なんだ、もう自己紹介か?」
「夕食できましたよ」
鍋ごとテーブルに置かれるポトフ。じゃがいもやニンジン、玉ねぎだけでなく、大きく切られた腸詰やベーコンが入っており、かなり食べごたえがありそうだ。
そして、ナギがどこからか手に入れてきたタラは薄く衣がかけられ、バターのいい香りを漂わせている。
「おいしそう」
「実家のほうが良いものを食べていたのではないですか?」
配膳をしながら問いかけたシャノンに首を振りながら答えるパンドラ。
「神官は一応は粗食という事になってたから、表では大したものは。まあ、裏で父たちが食べる高いだけの料理も胃がもたれるばかりでおいしくはなかったけれど。ワインもそこまで好きではないし」
「そうですか。まあ、ナギ様の料理の腕はかなりいいのでご安心ください」
「様付け?」
「ご紹介いたします。こちら、我々のギルドの長のナギ・C・シュヴラン男爵様です」
「いや、爵位とかどうでもいいから……」
「ああ、私はシャノン・レヴェリッジと申します」
「自分のは修飾子つけないのか」
「私の経歴なんて碌なものがありませんから。とりあえず、いただきましょうか」
パンドラがポトフをすくいあげ、口に運ぶ。じゃがいもはまだ形がしっかりしているもののやわらく、スープや一緒に煮込まれていた腸詰などの味がしみ込んでいてかなり美味しかった。
「おいしい……」
「おいしいです」
「きゅう!」
「よかったです、リュディ。まだ御代わりはありますから、いっぱい食べてください」
「はい!」
「ナギ、パンドラが本当に結婚してくれるとして、オレはこのままギルドに残っていいのか?」
「ああ、構わないけど。オレだって、嫁をサブマスターにしてるし……シャノンに手出しちゃったし……パンドラが望むなら一緒にうちのギルドに所属してもらってもいい。彼女、充分に強いからな」
「そうか、ありがとう」
「気にするな」
「……本当に、私を仲間にして大丈夫かな?アーリックも、私をお嫁さんになんかしたら、ルーツの人たちはあまりよく思わないんじゃないかな。これでも教会の聖女だったわけだし」
「一目惚れだ。他に理由はいらんだろう。それにナギが雇ってくれるらしいから、仕事はある。生活はできるから最悪実家に戻らなくも大丈夫だろう。正直、ナギにギルドに誘われなければ厳しかったが」
「そう、なの?ナギさん?様?は、どうかな?」
「そうだな……まず、元“蒼き太陽”の幹部」
シャノンを指さす。
「どっかの宗教のせいで未だに迫害されてるヴェルカ人」
アーリックを指さす。
「サイアーズのトップ技術師」
最後にアイヴィーを指す。
「これだけ追われる要素はそろってるし、今更一人や二人増えたところで変わらんよ」
安心した様子で、やっと落ち着いたパンドラ。
そして、スプーンを取ると食事を再開した。籠の中の聖女を辞めたのだ、泥臭く這いずり回る冒険者にならなければならない。そのために体力をつけねばならないのだ。




