#scene 01-06
「……やっと魔法使ったわね」
「………………」
クレハの眼前に立つナギは揺らぎ、ゆっくりと空間に溶けて行った。
野次馬達がざわつくが、幻属性ならばこのぐらいできて当然だろう。
「怖い女だな、ほんとに」
「手加減されるのが一番嫌いなのよね」
剣を向ける。
「次は獲る」
「……おかしいな、殺し合いだっけ?」
おどけて見せるナギだが、次の攻撃に移ろうとしているのはわかった。
しかし、そう簡単に攻撃に移らせるクレハではない。
相手は錬金術師、時間を与えると余計な策を張ってくる。
魔法陣の上を駆けながら、トップスピードまで加速。
大きく跳躍したのち、ナギ目掛けて、剣を振り下ろす。
「六の型―雨月〈咲〉」
振り下ろす剣にさらなる加速を、しかし、得た感触は肉を断つ物ではなく、硬い何かを砕く物。
「変わり身!?」
ナギの姿の影が消え、砕いた小瓶が熱を帯びる。爆薬だ。
これに対応するために取った行動は二つ。
着地を考えず、大きく後方への加速。
そして、破裂する小瓶への減速。
結果として、かなりのスピードで地面に打ち付けられたが、直撃よりはましだろう。
「お望みどおり本気出したけど、どう?」
「性格悪いわね」
「良く言われる」
剣に体重を乗せ立ち上がる。
まとものダメージはあの一度きりだがかなり堪える。
「加速」
駆けだすとともに魔法陣を展開、速度で翻弄しつつ型を構える。
「七の型―流星」
「それは、一回視たな」
「!?」
前方にいたはずのナギが加速する後方に現れる。
思わず動揺し、そちらへと攻撃を放ってしまうが。
――しまった、幻影!?
そう思った瞬間には全く移動せずに構えていたナギから脇腹へと突きを貰った。
「ぐっ……けほっ、けほっ……うっ」
突きの衝撃でバランスを崩し、地面に転がり、胃の中の物を吐き出す。
口元を拭い、立ち上がる。
「これで、最初の一撃分は返したか?」
「……少し利子が大きすぎるんじゃないかしら?これ、痣になるわよ」
「その時はよく効く湿布薬を売ろう」
「……いい商売してるわね」
周囲を見る。
おそらく、目の前にいるのは本物だ。
そして、さっきから徐々に足元が濡れていっているのがわかる。
気づかなければ脚を取られるところだったが、気付いてしまえばこちらのものだ。
この距離ならば、すぐに詰められる。
そうなると再び流星がいい。
すぐに駆け出し、魔法で加速する。
狙うのはナギの本体。
しかし、もうこちらの攻撃が読まれているとすれば?
目標地点に立っているのは本当に本物だろうか。
「2回も見せてくれればさすがにわかるって」
「っ……!」
背後に現れた姿に気を取られる。
ここでバカ正直にこちらに攻撃することは普通しない。
しかし、既に前王に立っているアレも本物かどうか疑わしい。
――二人同時に斬る!
腕を加速させ、型を変える。
四の型―丘月。
ヒューゲル流にしては異色のパワータイプの技。地面を変形させるほどの斬撃を周囲に放つ。
「うそだろ!?」
後ろに現れた方が本物だったようでガード姿勢を取る。
そこへ攻撃を叩き込む。
無理な動きでバランスを崩したため、力の入っていない斬撃になったが、腕の一本ぐらいは使い物にならなくできただろうと、思った。
案の定その通りだったが、特に焦る様子もなくナギはポーションで回復を行う。
「……それ反則じゃないかしら」
「そう言われても、このクラスの怪我ほっといたら死ぬし……」
「わかった。次こそ首を貰うわ」
「……お前、この勝負の目的覚えてるか?」
「……あ」
「おいおい、勘弁してくれよ」
ナギが、傷に包帯を巻きながら言う。
Lv.3のポーションを使っていたようだが、完治はしなかったようだ。
「ところで、公国の貴族は平民とすごい仲悪いって聞いたけど、平民のオレにわかるようにその辺教えてよ」
包帯を巻き終わるまでの時間稼ぎのようだが、こちらも少し息を整えたいので乗ってやることにする。
「確かに、仲は良くないけど。ヒューゲル家は平民上がりだし、コーニッシュはそんな雰囲気がなかったから私からは何とも言えないわ」
「なるほど、公国行くときは気を付けないとな……」
「あなた、何言ってるの?貴族の癖して」
「……は?」
「貴方養子になってるんでしょ?アウグスト・シュヴランの」
「あ、ああ、一応。でも、共和国は貴族制は廃されてるはずだが……」
「なんか、帝国の爵位持ってたらしいわよ。よかったわね、シュヴラン男爵」
「マジかよ、あの爺さん……そんな話聞いてないぞ」
「彼女宛てに帝国から正式な書状が来てたわ。貴方の名前も入ってた」
「……爵位って返上できるんだよな?」
「普通しないと思うけど……」
「まあ、いいや。気づかないことにして、えっと、なんだっけ?勝負?」
「ええ」
クレハが容赦なくナギの顔へ向けて剣を振るう。
仰け反って躱すナギ。
数本髪が切れたようで宙を舞う。
「危ねぇ……」
型を使わない方が攻撃が通るように感じる。
気のせいだろうか。
向こうに休む暇を与えず攻撃を続ける。
まだ見せていない型なら通るはずと考えながら構えを取ると、その時、ナギの右の瞳にうっすらと魔法陣が浮かぶのを見た。
攻撃をやめて距離を取る。
「なるほど、解析の魔眼、といったところかしら」
「……そろそろばれると思ったけど。いや、最初から疑われてはいたか……」
「通りでこちらの手の内が透けてると思ったわ」
「まあ、判ってても速度についていけないんだけどな……」
「へぇ……いいことを聞いたわ」
剣を下段に構える。
「ここからもっと速くしたらどうなるのかしら?」
「そうだな……そもそも体がついていかないからな」
「じゃあ、私の勝ちじゃない?」
「それはまだやってみないとわからんぜ?」
ナギが動く。
こちらに向かってくる影は3つ。
2つが幻影か、それともすべてが幻影か。
幸い、攻撃手段に用いるロッドは特に得意としているわけでもなさそうなので、近接攻撃ならばこちらが有利だ。
しかし、解析が使えるとして、向こうがどこまでこちらの事を視ることができるのか。
おそらくだが、構えの段階でどの型を使うのかはバレている。
まだ使っていないものは5つ。
対策としては、極力使わずにここぞというところで使うか、そもそも視覚できる速度で使わないか。
彼の話が本当ならば、もう少し速度を上げれば彼の認識を上回れる。
考えているうち、向こうは接近している。
手に持ったロッドを前に構え、一度輝いたと思った瞬間、4本のナイフへと変形した。
一斉に投擲されたナイフは幻影の放った分も合わせて12本。
減速の魔法を用いて対処を行う。打ち落とすのは難しいことではない。
宣言通り、12本のナイフは全て打ち落とすことに成功した。という事は全て本物だったという事だ。
しかし、頬は裂け、腹と腿には鈍い痛みが走る。
12本の影に隠してもう三本。一つの影が5本ずつ投じていたのだ。
「くっ……」
「ギブアップか?」
「……ふふ、まさか」
ナイフを抜き、足元に捨てる。
血が溢れ出る。放置するのはまずいので持っていたポーションで応急処置を行う。
所詮はLv.2ポーション。そこまでの回復能力はない。
「久しぶりに、本気出すわね」
「……お手柔らかに頼む」
笑みを浮かべながら、クレハが加速する。