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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#03 黒の勇士編
61/131

#scene 03-02


「貴方たちも、私の力でお金儲けがしたいんでしょうか?」

「いや、特に金は必要としてない。どっちかというと、作りたいものがあるから知恵を貸してほしいって感じかな」

「それならば、お兄様を通してでも良いのでは?」

「サイアーズではダメだ。弱すぎる。王国と一緒に心中する未来しか見えない」

「一応、そのサイアーズの人間なのですが」


車椅子を少し動かし、机の側面にあるボタンに触れる。


「あら?鍵を掛けておこうと思ったのですが、ドアに何かしましたか?」

「あ、悪い。ドアの機巧の回路焼き切った。シャノン、閉めてくれ」

「はい」

「よろしいんですか?」

「いざとなったら窓からでも逃げれるし、人質もいる」

「なるほど……それで、私を攫いに来た理由は?」

「攫いに来たんじゃなくてスカウトだよ。実はギルドを立ち上げたばっかりでメンバーが欲しいんだ。アイヴィー・サイアーズ」

「それならば、もっと優秀な方を誘われてはどうですか?見ての通り、私は生まれつき足が不自由で、車椅子が無ければほとんどまともに動けません」

「それぐらいのハンデなら、オレが何とかする。アンタほどの機巧技師が入ってくれればきっとぶっ飛んだモノが作れると思うんだけど」

「あまり過大評価をするのはやめてください。そもそも、あなた達は?」

「あ、名乗ってなかったな。ナギ・C・シュヴランだ」

「シャノン・レヴェリッジと申します。先に告げておきますが、アーケイン・レヴェリッジの孫です」

「……ライバル会社から技術者を引き抜こう、という事でしょうか」

「まあ、アーケインさんとは商談をしてるから否定はできないけど、どちらかというと、機巧技師Lv.8なんて逸材をこんな環境で腐らせるのがもったいないっていうのがメインかな」

「確かに、環境はあまり良くないですが、なにぶんこの脚ですからね。これ以上を望むのは難しいかと思います」

「それにしても、妙齢の婦女子をこんな場所に軟禁しているのはどうかと思いますよ」

「まあ、気が向いたらで良い。連絡してくれ」

「お兄様には内緒でお願いしますね」


そういうと、2人の姿は霞のようにその場から掻き消えた。

2人が消えたその瞬間に、ドアが開き、メイドの1人が顔を出す。


「話し声が聞こえたように思えたのですが、どうかされましたか」

「いえ、少し行き詰ってまして、独り言です」


そうごまかすと、メイドは戸を閉めた。

机の方へと向き直ると、さっきまで書いていた設計図の上に見慣れない機巧装置の設計図が乗っかっている。

思わずそれを手に取る。


「これは……すごい」


右下に製作者名が記してある。

N・C・シュヴラン――先ほどの男の名前だ。


「こんなものを置いて行って、お兄様に見られたら―――っきゃ!?」


唐突に白い炎を上げて設計図が燃え上がり、机の上から消える。

その代わりに現れたのは黒いカード。

星を飲み込まんとする輪竜の描かれたそれをめくると、裏に設計図と同じ字で『“黒き新月(クレセント)”へようこそ』という文字と、数行の機巧式。


「機巧式は魔力の動きを指示する式。だけど、これは――」


この式は機巧式として成立していない。そもそも何を動かすための物かわからないからだ。

しかし、アイヴィーにはこれを解く方法がわかっていた。


「先ほどの、機巧装置の最初の式を使えば――数字が出ますね」


16桁の数字。

思い当たるのは、


「都市間通信用の通信機の番号ですか……」




サイアーズの屋敷から脱出した二人はリュディとミトの待つ宿へ向かうべく通りを歩いていた。


「アイヴィー・サイアーズから連絡は来るでしょうか」

「どうかな。可能性としては7割ぐらいかな」

「かなり高く見積もってますね」

「ああ!見つけた!」


背後から聞き覚えのある声がかかる。


「ナギさん、どういう事ですか!レイモンドに喧嘩売るなんて!」

「なんだお前か」

「そ、ソータ!アンタ走るの速すぎ!」

「ちゃんと説明してくれよ!」

「説明も何も、あの男がサイアーズ社の社長だというなら、貴族たちや他の商人に金をばら撒いてレヴェリッジを含む他の商会を押さえつけ、妹が作った機巧装置を自分が作ったと偽って販売している極悪人レイモンド・サイアーズなのだが――知らなかったのか?」

「そんな、レイモンドがそんなことをするはずは……」

「そもそもこの業界、レヴェリッジの1人舞台だったのに、ぽっと出の弱小会社がまともな方法でこんな急成長できるわけないだろう。少しは考えろ」


そう言い捨てると、ナギとシャノンは歩みを再開する。


「クラリッサ、もう一回レイモンドのとこ行くぞ!妹さんに会わせてもらう」

「絶対無理だと思うわよ」

「シャノン、リュディと合流したらまず“剣と車輪”に行こう」

「わかりました」


シャノンの取った宿はかなり、人気の少ない通りにあった。

やや料金が高めに設定されているが、客の情報を漏らさないタイプの宿屋なので仕方ないだろう。

部屋で休んでいたリュディと一匹を迎えて、王都へと繰り出す。

さすがにコルテスよりも人は多いが、活気があまり感じられない。


「私、王都ってもっとにぎやかだと思ってました」

「まあ、今は時期が悪いというか」

「今の王は王国の歴史上でも3本の指に入るほどには愚かですし、後継者争いもしてますからね」

「賢い奴はもう出て行ってしまってるかもな……これは早めに引き上げるか」

「アルダで一度アリンたちと合流して、どうしますか?」

「法国はあんまり興味ないから、マルキ、ティベリオを通ってさっさと帝国に抜けてしまおう」

「法国の首都は行かなくていいんですか?ナギさん」

「行きたいなら寄ってもいいけど、結構遠まわりになるんだよな」

「確かに、ティエリーは少し離れた場所にありますから……まあ、バイクを使えばそれほど変わらないでしょうけど」

「あ、でも、私はお二人と一緒ならどこでも楽しいので大丈夫です」

「きゅい!」

「そうか、そうか。じゃあ晩御飯はリュディの好きなものにするか」

「ベタ甘ですねナギ様。気持ちはわかりますが」


リュディを甘やかしながら、ギルドの中へ入る。

目的は、カードの更新(主に統轄ギルドを通して他のメンバーに所在地を伝えるために使われる)である。


「クレハ達はもうロデスに入ってるのか。少し急いだ方がいいかな」

「確かに、バイクで行けば帝都まで一日で行ける距離ですからね」

「アイツはオレよりもスピード出すから……キーリー生きてるかな」


2人の所在を一応確認した後、外へ。

夕食はシャノンのオススメの店へ行くつもりだ。リュディは料理自体の知識があまりないので好きも嫌いも判別があまりついていない。


「そういえば、法国が一部領土をルーツに移譲するとかなんとか。さっき、ギルドの中にいた奴の新聞に書いてあったが」

「パストやカントの街の辺りですね。あの辺りは資源も少ないですし、王国領に南北を挟まれているので持っていても旨味がないですから」

「敢えてルーツに移譲するってことは、ルーツは北の王国領、攻め取る気なのかもしれないな」

「……戦争が始まるんですか?」

「そうなるな。ま、それまでには王国は出るから安心しろ――っと、リュディ。止まれ」

「え?」


ナギが横に手をだし、リュディを止める。

その瞬間、斜め前の建物の扉を突き破って、男が飛び出してきた。

建物の名前は――青の翼(ブルーウィング)王都支部。


「何やってんだか……」

「ナギ様、この方」

「ああ……そういうことな。おーい、あんた。大丈夫か?」


受け身を取ったままの低い姿勢のままの男へ、ナギが手を差し出す。

その男の特徴は、黒髪、赤い瞳、浅黒い肌、そして腕、肩、顔の一部にみられる特徴的な刺青。


「すまない」

「何があったんだ?」


立ち上がるとナギよりも高い身長――190cmほどはある。

身体はしっかりと筋肉はついているが、筋骨隆々といった感じではなく、すらっとしている。


「――依頼の清算をしていたら、突然魔法を撃たれてな」

「なるほど……」


ぎゃははは、と品の無い笑い声が聞こえる建物の中へ目を向ける。


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