#scene 01-05
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体格を見る限り、このナギという錬金術師はそれほど鍛えているようには見えない。
初撃で終わらせるようなことにはなって欲しくないが、もしかしたらそれもあり得るかもしれないと考えながら、クレハは刃をはしらせた。
腹を目掛けて水平に。
「おわっ!?いきなりかよ!」
あまり戦闘慣れしているようには見えなかったが躱された。
身体を無理にひねり、少しバランスを崩しながらこちらとの距離を取る。
「躱せるのね」
「あれぐらいはさすがにな……というか殺す気でやっただろ!?」
「ええ」
「ええ、じゃねーよ!」
わーわーと吼える割には余裕があるように見える。
「一応聞いておくけど、あなた魔法属性は?」
「それ聞く?というかホントの事答えると思うのかよ」
「信じてあげるわ。答えなさい」
「マジかよこの女……いいか、属性は“幻”だ。ちなみに魔法適正はアンタと同じでC」
「どうして、私の適性値を知っているのかはさておき、厄介な人ね」
この世界の魔法属性は一般的には8属性あると言われている。それぞれ、対になる属性を持ち、基本的にはお互いに強く、お互いに弱い。
“火”は“水”に強く、“水”は“火”に強い。
“風”は“地”に強く、“地”は“風”に強い。
“聖”は“魔”に強く、“魔”は“聖”に強い。
しかし、例外がある。
“時”は“幻”。
“幻”は“時”。
この二つだけはお互いに親和性を持ち、弱点という弱点を持たない。
特に“幻”の属性は魔法に対する抗力が強いと言われている。
たとえ人間であっても、自分の魔法属性によって受けるダメージに大きな変化をもたらすこの世界では、自分の魔法属性を教え、弱点を晒すような真似はあまりしない。
「最初から魔法で攻撃する気もなかったんだろ?それに、厄介なのはお互い様じゃないか?」
「やっぱり視えているのかしら?」
ナギが数歩踏み込むのに合わせて、こちらも大きく加速しナギへと突っ込む。
この男はそう簡単に死ぬような生き物ではないだろう。
つまり、本気を出してもいいはずだ。
低い姿勢から、速度を殺さずに高速の突きを繰り出す。
ヒューゲル流・七の型―流星。
今まで外したことはない。
今回も例外ではない。
切っ先は狙いをわずかにずらしたものの、ナギの脇腹を裂いた。
「いっ……本気で殺しに来てるじゃん、この人」
血の出る脇腹を抑えながら、ナギが顔をゆがませる。
「錬金術師とは一度戦ったけれど、貴方、妹弟子より弱いんじゃない?」
「どうやら我が妹弟子も大変な思いしてるようだなぁ……」
傷口に懐から取り出したポーションをかけながらナギが呟く。
「それLv.3のポーションに見えるけど……」
「ああ、よくわかったな」
「2万Eはくだらない物を惜しげもなく……」
「まあ、錬金術師ならこんなもんだろ?」
「……そう。じゃあ、腕とか首とかバラしちゃっても最悪大丈夫ってことね?」
「……首はまずいんじゃないかなぁ」
クレハが振り下ろした剣を、手に持ったロッドで受け止める。
しかし、純粋な力ではこちらが上回るようだ。
「なんで、こんなに力強いんだ、よ!」
やっとの思いで剣を弾いたナギが、距離を取る。
「力の使い方の問題じゃないかしら?」
「そっち方面専門じゃないから良くわかんねーけど……」
「それより、まともに戦ってもらえないかしら」
「はいはい、判りましたよ、っと」
こちらに向かい投げられたのはおそらく爆薬。
このパターンは彼女と戦った時と同じだ。
戦闘能力のある錬金術師の主な戦い方は、魔法を混合しながら、薬物を用い攻撃を行うというものだ。
斬るのはまずいと判断し、普通に躱すことにする。
投擲された瓶が描く放物線をくぐり抜け、ナギへと攻撃を仕掛ける。
地面に体を擦りながら、下からの斬り上げ。
そう上手くはいかないもので、ナギはそれを躱し、カウンターとしてこちらに攻撃を仕掛けてきた。
狙われたのは剣を持つ効き手だったため、反射的に剣から手を放し、体勢を持ち直し、ナギの腕を掴みとった。
「さすが“時”の属性。加速はお得意なようで」
「あら、お褒め頂いて光栄だわ。それで、」
ナギの投げた瓶の行く先を見る。
地面に広がった液体からは白い煙が上がっているように見える。
酸だろうか?
「女の子になんて物かける気なの?」
「避けれると信じてたよ、うん」
「私が傷物になったらどうしてくれるのかしら」
「その時は、責任を取って結婚しよう」
「そう、じゃあ安心ね」
そう言いつつも全く表情は変わっておらず、ナギの隙を探っている。
「仕方ないな、異世界産の錬金術師の本気って奴をちょっと見せてやろう」
「ええ、お願い」
ナギが取り出すのは小瓶。
しかし、先ほどとは色が違う。
今度こそ爆薬かしら?と思いながら、躱す用意を始める。
既に加速の魔法は展開してある。
ナギが投擲するタイミングに合わせて地面を蹴り、一気に加速――
「――!?」
大きく滑り、体勢が崩れる。
前に移動し、小瓶が起こした大爆発から逃れることはできたものの、ナギへの攻撃は行えなかった。
足元はあまり綺麗に整備されているとは言えないが、一応石畳が敷いてある。
頻繁に冒険者たちがここで諍いを起こすため、かなりの箇所が割れていたり、土がむき出しになっているが、足場は悪い方ではない。
原因は水。
ナギを中心に半径10メートルほどの範囲が濡れていた。
勿論、さっきまでこんなことにはなっていなかったはずだが。
「とんだペテン師もいたものね」
「違う違う、魔法じゃないって」
そういうと、ナギは空き瓶を一本取出し、その中に水を創って見せた。
「化学だ。中二までの知識でもわかるだろ?」
「私一応、アメリカの大学の修士学位持ってるんだけど」
「なんだよチクショウ、天才とか聞いてねぇぞ!格好つけてバカみたいだわ」
「そうね」
「……そこは否定してくれよ、オレの精神安定のために」
お互い武器を構えながらも、なぜか普通に会話をしている2人に野次馬達が何をやっているんだ、という空気を出し始めるが、クレハがすぐに次の攻撃に移ったことによって関心はそちらに向けられる。
「それで、錬金術で物質の形を変化させてるのと化学反応を起こしてるのもわかったけど、この世界に元素なんてあるのかしら?」
「そこはほら、感覚で」
「無茶苦茶ね」
「相手を斬りつけながら会話を試みてるお前も無茶苦茶だと思うぞ?」
苦笑いを浮かべながらもギリギリで剣を躱し、時には受け止め弾くナギ。
「九の型―明星」
「マジかよ」
刃に魔力を乗せることによって格段に切断能力の増したそれを、一切の躊躇なくナギに振り下ろす。
思わず持っていたロッドで受け止めたナギだったが、キンッという高い音共にロッドが両断された。
「次は身ね」
「本気で死ぬかと思ったぞ、今」
そういうと二つに切られたロッドを繋ぎ合わせる。
「だって、本気出してくれないんだもの」
「どこまでばれてるのかねぇ……」
「ここから、本気で魔法使うから、精々死なないように気を付けるといいわ」
「アレで本気じゃなかったんですか、クレハさん……」
クレハの踏み出す足元に魔法陣が出現していき、クレハの動きがそれを踏むたびに加速していく。
野次馬の中からそれを見ていたジーナにもその動きの異端さはわかった。
加速というのは“風”の魔法で用いられるケースが多い。そもそも自分の魔法属性が“風”であるためジーナはクレハとの差を強く実感した。
“風”の加速は常に追い風を受け続けるような物。後ろから押されるように力が加わり加速していく感覚。魔力自体を力に代えているともいえる。
しかし、ジーナがいま目にしているのは全く違う物。
短縮している。時間自体に影響を及ぼし、すべての工程を短縮していく。
地点AからBへと移るための時間を短縮することによって生まれる爆発的な加速力。
そして、彼女の扱うヒューゲル流は速度を生かす剣術。
ナギの身が危険だと即座に判断した。
「くっ……」
躱すべく動き出そうとするナギの足元には魔法陣。
「減速の魔法陣っ……」
「獲った」
クレハの剣がナギの首を通り過ぎた。
「ひっ……」
その光景を見て、思わず息をのむジーナ。
周りからも悲鳴や困惑の声が聞こえる。