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途上世界のクレセント  作者: 山吹十波
#02 銀の暗殺者編
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#scene 02-07

シャノンが視界から消えると同時に、ナギは魔法を発動する。

先ほども使用した鉄壁(インプレグナブル)の魔法だ。

効果の持続時間は短いが、シャノンの刃を弾く程度には十分だった。


「その高位の地魔法は……」

「ああ、少し前にデカい猪討伐してな?その時いい感じの魔宝石が創れたんだよ」

「そうですか」

「ちなみにその時に一つ魔法も回収してな」


ナギが地面に手を置くと、魔法陣が広がる。


裂溝征壌(ファム・グラブ)!!!」


先ほど屋敷の半分を消滅させた魔法が今度はシャノンを襲う。

ナギを中心として波状に発せられる衝撃波は、地表に存在するものすべてを砕く。


「くっ!?」

「ああ、リュディヴィーヌのことなら心配しなくてもいい。あの毛玉結界ぐらい使えるだろうし」


シャノンの後ろにいた兵たちは既にどこかに飛ばされてしまった。

シャノンも服に着いた塵を叩きながら、体を起こす。

すでに屋敷は8割方壊れている。


「やりますね」

「まあ、オレとしてはこれで倒れないお前の方がすごいと思うよ」

「そうですか、光栄です」


シャノンが目に踏み出すと同時に視界から消える。

自身の速度と幻属性の魔法を活かした技。


「今度こそもらいました」

「っ!?」


咄嗟に躱すも、脇腹に当たった刃はナギの服を裂いた。


「……だからさ、お前らは何でそう易々とエクトル鋼糸で編んだコートを裂くの?」

「それは、もちろん。私のこの剣もエクトル鋼製だからです」

「まじか」


眼を向ける。

確かに純度は高くないがエクトル鋼が含まれている。


「でも、まあ、チェックだ」

「何を………!?」


自分の周囲に巻きつくように流れる魔法式に気づき驚くシャノン。


「いつの間にこれを!?今まで地属性の魔法を使っていたのに!?」

「まあ、それ自体は魔法に見えて魔法じゃないんだよ」

「――どういう事でしょう?発動する様子もありませんし」


といいつつ、詠唱解除も受け付けない。

シャノンがこちらを睨みつける。


「まあ、一瞬でも気を抜いたらお前の負けだから頑張ってくれ。クレハ相手と違ってこっちも奥の手使わないとやってられないんでな」


シャノンがこの術にまだ堕ちていないのはおそらくある程度魔法に対する耐性があるせいだ。そうなると、この術は幻属性の物だとわかる。


「あなたを倒すまで、私が集中を解かなければよい話でしょう?」

「まあ、そうだけど――――」


ナギが次の魔法を放つ。


「――なかなか難しいと思うぞ」

「!?いつの間に魔宝石を入れ替えたのですか!?」


水の戦術級魔法・氷晶千華(リエル・クリスタ)

空に形成された氷の華は、音を立てて砕け、もはや屋根など存在していない屋敷に降り注ぐ。


「この程度で――――!?」


ナギが次の魔法を放つ。

次に展開されたのは火の魔法。

それも戦術級魔法で、その名は。


火焔征天(フォク・エタル)!?――その規模の魔法を立て続けに撃つなんて、あなた本当に人間ですか!?」

「よく言われるけど人間だよ。それより、心乱したらアウトだから気を付けろよ」

「――言われなくとも」


シャノンが氷片と吹き上がる炎の間を縫って、ナギへと走る。


「正面のは幻像か……ならば、後ろ―――――!?」

「それも幻像(ミラージュ)です」


正面を走る幻像の影から、シャノンが攻撃を放つ。


「ちっ!」


咄嗟の回避で大きく後ろに下がるが、コンマ数秒遅くナギの胸に浅く刃が走る。

しかし、後方に大きく倒れながらナギがにやり、と笑うと魔法を放った。


「じばく」

「また!?」


ナギの周囲の空間が赤く爆ぜ、迫っていたシャノンも巻き込まれ吹き飛ばされる。

瓦礫の上に打ち付けられながらも、シャノンは集中を自らにかかる呪いの様な術式に回す。

火傷といくらか骨が折れているのかもしれない。かなり傷む体を無理やり起こす。

一方のナギは全身やけどの重傷を負っている。かなりフラフラと危なっかしい足取りだが、何とか立ち上がると、ポーションを取り出し一気に呷った。


「自爆すると肺まで熱風で焼かれるから息できなくなるんだよなぁ」

「高位ポーションですか……そういえば錬金術師でしたね」

「そうそう。それよりも、そっちの方の瓦礫に雇い主埋ってるみたいだけど、助けないでいいのか?」

「構いません。どのみち任務は失敗ですから。自分の事を最優先にさせてもらいます」

「そうかい。常勝無敗の蒼き太陽の中将様が自ら任務を放棄するとは」

「あなたを討ち取れば、この失敗の清算もできましょう。正直、自分より強い人間に出会うのはこれで三度目でして、そっちの方が魅かれます」

「……あんた中将だったよな?大将一人しかいないのか?」

「個人の能力というよりも指揮能力が高い物が将官として選ばれるのです。私としては支持を出すのは得意ではないのでもっと下でもよかったのですが」

「なるほど、結構まともな組織なのかもしれないなぁ……やってることは基本テロリストだけど。さて、そろそろ落ち着いたか?」

「お蔭様で」


身につけていた服は焼けて穴が開き、所々下着が見えているが、そんなことを気にする様子もなくシャノンは立ち上がる。


「そういえば、このうざったい術式はいつ消えるのでしょうか」

「そいつは、オレが消そうと思わない限り消えないぞ。たとえ、オレが死んだとしてもな」

「――つまり、これは貴方が殺されないための保険にもなるというわけですか」

「そそ」


ナギがロッドを振るい、魔法を展開する。

それはシャノンにとっても見慣れたもの。


幻像(ミラージュ)――それが私に効くと思っていますか?」

「逆に問うけど、お前は今、どっちが上だと思ってる?」

「!?」


目の前に立っていたナギの姿がさらさらと風にあおられて空に溶けていく。


「しかし、そこに居るはずです」


眼を閉じる。

視覚を遮断し、聴覚と嗅覚のみを用いてナギに対応する、

――心算だったが。


「……襲ってこない?――――まさかとは思いますが、逃げたのでしょうか?」


眼を開く。

街の方を見る。

住人たちや他の兵たちもこちらに気付いているようだが、危険と判断したのか敷地内に入ろうとはしない。

正しい判断です、とシャノンは思う。

そして、ナギを探す。


「一体どこへ……」


少しの失望を覚えて振り返った瞬間、ナギが笑みを浮かべながら瓦礫の上に座っていた。


「え……」


予想外の出来事に呆然とするシャノン。


「なかなか面白かったぞ。親と逸れた子供みたいになってた」

「……良い趣味をお持ちのようで」

「ところで、今一瞬、集中が解けたな」

「!?」


身体にまとわりつく式が光を帯び始める。


「さてさて、アンタは何分持つかな」



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