#scene 02-06
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ナギが身を潜めるために侵入したのはドロルム伯爵の屋敷。
灯台もと暗しとでもいうべきか、街に比べていくらか警備が縮小されていた。
ここで交戦することも前提として、見かけた罠に逐一細工をしながら一つずつ部屋を確かめていく。
「あった、あった」
発見したのは主人が不在の執務室。
机の上に積まれた書類の1枚を手に取ると、どうやら黒い取引の収支表だったようで、
「戦争のために随分悪どいことをして資金をかき集めてるみたいだな。強盗と、人身売買もか……あとはこの理不尽な重税……」
書類の束を投げ捨てると、仕掛け本棚を強引に開き、ダイヤル式の鍵をぶち抜いて中身を覗く。
「記録によると、この辺の金は全部表には出せない奴みたいだから……まあ、全部パクっても問題ないな」
躊躇いなくすべて腕輪の中に収納する。
「さて、あとは地下牢のリュディヴィーヌと毛玉の様子を見に行くか」
廊下に出るべく扉を開くと、ちょうど廊下側から扉を開けようとしていたこの部屋の主と対面した。
「あらら」
「貴様、ここで何をしている!おい、誰か!すぐに来っぐふっ!?」
「ごめん、伯爵。しばらく黙ってて」
蹲る伯爵に手早く手錠と猿轡をつけ、執務室に放り込む。
鳩尾に膝をきめておいたので、恐らく気絶しているだろう。
「牢は……こっちか」
執務室の扉に認識阻害の魔法を掛け、自分にも幻術を重ねて悠々と屋敷のなかを歩く。
途中何人か使用人とすれ違ったが、まったくバレていない。
たどり着いた鉄の扉の前には誰もおらず、暗い石の階段を下りる。
「だ、だれ?」
「リュディヴィーヌ、起きてたか」
「きゅう!」
「そういえばお前も居たんだったな」
リュディヴィーヌと毛玉の入っている牢の前に立つ。
「男爵様は、なにをしに来たの?」
「男爵様って……ナギでいいよ」
「ナギ様?」
「……まあそれでいいや。とりあえず、ここからでるか?」
「いいの?」
「出たくないなら無理強いはしないけどっ……!?」
ナギが体を屈めると首のあった場所を銀の光が通過していく。
「危ないだろ?シャノン」
「申し訳ありません、避けられるとは思っていなかったもので」
「気を付けてくれ」
「ごめんなさいね、リュディ。少しナギ様とお話があるので」
「う、うん……」
笑顔でそういうシャノンに、恐る恐るといった表情で頷くリュディ。
ナギは溜め息をつくと先に階段を上る。
「ちょっと早すぎるんじゃないか?」
「今度は少し本気を出してみました」
背中の傷は治っているようだったが、シャノンの纏う甘い香りの中に微かに血の臭いが混ざっている。
「さすがに大陸最強の傭兵ギルドとなると、高位のポーションぐらい仕入れられるか」
「確かに可能ですが、これは私の自費で買ったものです」
「そうかい、悪かったな」
特徴的な形の短剣を構えるシャノン。
対するナギはロッドと機構装置のみを持つ。
「太刀は使わないのですか?」
「まあ、あれは少し反則だからなぁ」
「そうですか。戦う前に、一つ感謝と御願いを」
「……何の話だ?」
「リュディの前での戦闘を避けてくれてありがとうございます」
「お前にはなついてるみたいだし、あの子だって、お姉ちゃんが殺し合いする姿なんて見たかないだろう。それで、御願いってなんだ?」
「もし、私が敗れた場合は彼女の事を御願いできませんか?」
少し悲しげな笑みを浮かべながらそういう。
「考えとくよ。でも、敗ける気はないんだろう?」
「ええ、こちらもプロですから。それに、貴方のように強い人間と巡り会うのは久々ですので、私も少し興奮していまして」
艶のある笑みを浮かべながら、構える。
しかし、すぐにその笑みが曇る。
「シャノン様!」
屋敷内に残っていた数人の兵たちが集まってくる。
「あらら、邪魔が入ったな」
「そうですね」
シャノンが振り替えると背後からやって来た、数人の兵と合流する。
「こちらは私が対処しますので、どうぞ下がっていてください」
「しかし……」
「命令が聞けないならば、あなたたちをここで処分します」
「な!?」
「何を仰っているのですか!?」
真剣な目で唐突にそんなことを言い出したシャノンに驚愕する兵たち。
「もう、なんでもいいから早くしようや」
ナギは既に魔法式を展開しながら、頭をかく。
「せっかちな人は嫌われますよ?」
「いいんだよ、そのお陰で嫁さん手に入れたんだから……さて、じゃあ大きめの奴いってみようか」
ナギが近くの壁に手を当てる。
瞬間、壁に無数の亀裂が走り、壁が砕け散った。
「威力を制限すればこういうこともできるか、」
しかし、その直後轟音を響かせて屋敷が2つに割れた。
ナギが手を当てた方向の壁が地面が悉く瓦礫になっていく。
「……やっぱ戦術級の魔法を制御するとか無理か」
「実験で屋敷を壊さないでいただけますか?」
「悪い悪い、じゃあ、死なない程度に殺し会うか」




