#scene 01-03
「貴方、隠すなら眉も染めた方がいいんじゃない?」
「ん?ああ、なるほどね」
女性の目を見ながらナギが言う。
「ヴェルカの人かと思ったら違うみたいだ。まさかとは思うけど同郷かな」
「さてどうでしょうね」
女性がナギとの距離を詰め、後頭部にあるバンダナの結び目を解いた。
ナギの黒い髪が露わになる。
「やれやれ、別に隠してたわけじゃないんだけどな」
「ナギさん、ヴェルカの方だったんです、か?」
ジーナが驚いてこちらを見ている。
「いやちがうから、眼見てみ」
ナギが両目を開いてジーナに顔を近づける。
少し照れたジーナがその瞳の色を確認する。
「ほんとだ……瞳の色は暗いブラウンですね。あれ、よく見ると左右違うような……」
「気のせいだろ。それに、こっちの……えっとなんだっけ?」
「クレハよ」
「クレハ、さんの目も見てみ。ブラウンだろ」
日本人に一番多い色だ、とナギが続けたが、何を言ったのか周囲には聞こえなかったようだ。
「クレハさんもブラウンですね……ヴェルカの人はもっと冴えるような赤をしてますし……お二人とも何者なんですか?」
「いや、同郷と言い切れるわけじゃないんだけどな。まあ、似たような境遇かもなぁ……と思ったりして。とりあえず、報告してくれば?オレは、しばらくここにいるからさ」
「そうするわ。話があるから逃げないようにね」
「逃げねーって、こっちのお姉さんも説明を求めてるし」
じーっとこちらを見るジーナの方に目を向けながらナギが答える。
そう、と答えたクレハがカウンターに向かい、いくつかの討伐依頼、そして護衛の依頼を報告し、魔物から得た素材を換金していった。
「へぇ……ずいぶん魔石塊が出てるな。やっぱり辺境の魔物は長生きしてるからか」
「ブラッドウルフなんかは頻繁に狩られているせいで大きな魔石塊を体内に持っていることは少ないようですけど、それなりに高位の魔物になるとなかなかの大きさが取れるようですよ?……ああ、ナギさんは一応、錬金術師でしたね」
「一応って言い方が気に障るが、まあな。依頼してくれれば魔宝玉に精錬するけど?」
「考えておきますね」
「……そんなにオレの腕が信用できないか?」
「一週間近くここにいるのに毎日昼間私と喋って帰るだけの人に信用とか言われても……」
「うわー……ひでぇ」
「なあ、ジーナちゃん」
冒険者の数人がナギと話を続けるジーナに声を掛けて来る。
「ホントにコイツら魔人じゃねえのか?」
「ええ、違いますよ。ヴェルカの人たち特有の刺青も見当たりませんし」
ジーナがナギの袖をめくって見せる。
「ジーナちゃんが言うなら信じるけどよ、なんだって黒髪なんだ?」
「んー……まあ、オレの住んでたとこはみんな黒髪だったしなぁ。オレからすれば茶髪や金髪ばっかりの方が違和感あるというか……いや、でも大学もこんな感じだった気もする……」
そんな話をしているうちにクレハの方は万事済ませたようで、こちらに向かってくる。
胸ぐらいの高さで切りそろえられたストレートの黒髪は思わず見とれてしまうほど美しく感じたのは人種によるものか。
「さて、場所を変えたいのだけど」
黒髪だ、なんだと騒いでも、彼女はそれなりの美人で背もすらっと高く、問題のヴェルカ人ではないとわかり、恐怖感が薄れたせいか、男女問わず見惚れている。
「そうだなぁ、オレが泊まってる宿に行くか。あそこガラガラだし」
「虎の子亭ですね」
「そうそう。……なんでわかった?」
「この街で一番安い宿ですから」
「ほほう、まだオレを侮ってるな?」
ナギはジーナに挑発的な目線を送りながら、ギルドを出る。
それに続く女性2人。
“青い翼”が町の南端にあるに対して、目標の“虎の子亭”があるのは町の北西の隅だ。
広い町ではないにしても、少し歩く。
その間、奇異な者を見る視線にさらされるが、当の2人はもう慣れたものでジーナだけが不快感を覚えていた。
「おっさん、ちょっと食堂借りるぞ」
「あ、ああ……ってどうした美人二人も連れてよ。片方はジーナちゃんじゃねーか。茶でも出すか?」
「不味いからいらねー」
宿の経営者である男性を手で払ってナギが食堂の席に着く。
「さてさて、何から話そうかな」
「その前に私がどうしてここに来たかを説明させてもらうわ」
ナギの正面に座ったクレハが話を切りだす。
ちなみにジーナはそのクレハの隣に座っている。
「共和国にいる友人にから依頼を受けてね。それの持ち主を探してたのよ。大陸で2つしか存在してない完全オリジナルの腕輪をね」
「あー、なるほど話が見えてきたぞ……。でも、ひとつ言っておくが、これは自分で創ったもんだ」
「ええ、それについても聞いているわ」
「……大層な友人をお持ちなようで」
「私には話が見えないんですけど、要するにクレハさんは同郷の人を探しに来たわけではない、と?」
「ええ、偶然探し人が同郷かもしれないってだけね」
「……それは“だけ”で済ましていいんでしょうか」
ジーナが困惑する中、ナギとクレハはさらに話を続ける。
「それで、探してどうするんだ?」
「“兄弟子に会ってみたいから可能なら連れてきて”だそうよ。一緒に来てくれるかしら?」
「ちょっと待て、兄弟子!?おいおい、聞いてねーぞそんな話!てっきりあの爺さんに連れて来いって言われたのかと思ったぞ!?」
「あの爺さんとは、あなたの師匠である“アウグスト・シュヴラン”さんのことかしら?」
「……あのジジイ、急に居なくなったと思ったら懲りずに弟子取ってやがったのか……」
「それで、私は彼女の依頼を果たせるのかしら?」
「おい、“彼女”ってことは女なのか、あのエロジジイ、『次弟子取るなら女の子がいいな。今まで9人男ばっかりで全然面白くない』とか言ってやがったからまさかとは思ってたが……」
呆れた表情のナギとクレハの隣で驚愕の表情を浮かべるジーナ。
「あら、聞いてないのかしら。世紀の天才錬金術師は先月亡くなったわよ」
「……マジか」
「ええ。だから、あの子もあなたに会ってみたいって。彼人の10人の弟子のうち生きてるのは彼女と貴方だけだから」
「なるほどなぁ……少し考えさせてくれ。まあ、師匠の墓に手を合わせに行くぐらいはするけど、今は少しやりたいことがあってな」
「この世界の親じゃなかったの?」
「まあな。でも、オレはこっちに来てまだ2年で、半年ぐらいであのジジイ失踪しやがったから……あまり思い入れはないのかもしれない。そりゃ感謝はしてるけど。お前はどうなんだ?どうやら結構馴染んでるみたいだけど」
紙とペンを取り出し、何やら手紙を書き始めたナギがクレハに問いかける。
「私は4年になるわ。荒野をさまよってたのをヒューゲル家に拾われたの」
「ヒューゲルっていうと、公国の伯爵家だっけ?たしか、コーニッシュとかいう街の領主だったな」
「ええ、よく知ってるわね」
「そりゃ知ってるだろ、なあ、ジーナさん」
「え、ええ。大陸一と言われるヒューゲル流剣術の総本家ですからね……」
「こっちの世界は18で成人。ってことは成人するまで家から出してもらえなかったとすると、今19ってとこか?」
「……あっているけど、どうしてわかったのかしら」
不審なものを見る目でこちらを見るクレハ。
「まあいいや、とりあえず。目的はわかった。んで、ここからどうするか、だけど――……」