#scene 01-36
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「さてと、」
ナギが空を見上げながら伸びをする。
「軍はすでに撤退したし、私たちもそろそろ出る?」
「そうだな。というか、ヴォルフ大尉顔色悪かった、というか疲れてたな」
「そうね。まあ、何があったかは大概わかるけど」
「いろいろあるんだな、社会って」
「何を今更」
門の方へと向かうナギとクレハを呼び止める者が現れる。
「ナギさん、クレハさん」
「ジーナか」
「あら、何か用?支部長に巻き上げられた金を取り返してこいとでも言われたの?」
「巻き上げたって、人聞きが悪いな。否定はしないけど」
「否定しないんですか?まあ、それはいいとして」
「ほんとにいいの?」
「お二人はもう町を出るんですか?」
「まあ、予定は全部済んだしな」
「そうですか……」
「というか、貴女。昨日はギルドをクビになるかも、って落ち込んでいたのにどうにかなったの?」
「ええ、その代わり支部長が一度共和国の本部に呼び出されたみたいですけど」
「ああ……なんかさすがに憐れになってきた。一応謝っといて」
「火に油注ぐだけじゃない?」
クレハがやれやれといった表情でこちらを見る。
「クビになったら連絡くれ。うちで雇ってやる」
「不本意ですが、その時はよろしくお願いします。それより、今から出るんですか?」
「そうだが?」
何か問題でもあるのかと言いたげなナギの表情にジーナが食いつく。
「あのですね、ここからコルテスの街まで徒歩で半日ほどかかりますよ?夜の街道は危険です、し……あ」
「何か問題があるの?」
「危険ではないと思うぞ、ほら優秀な護衛がいるし」
「誰が護衛よ」
「それに、やろうと思えば速度は上げられるし」
「いくら魔力が続いても体への負担が大きすぎませんか?」
「まあ、何とかなるだろ」
「あ、わかりました」
ナギとクレハの姿を見ながらジーナが納得した声を上げる。
「お二人の着ているその服は魔法の効果強化と負担軽減の効果があるんですね?」
「いや?ないけど」
「どっちかというと、ナギの趣味ね」
「ええ!?」
「それよりも、ほんとに大丈夫なの?」
「ああ、最高速度はマッハ2ぐらいまで出ると思う」
「そんなのに乗って体大丈夫なの?」
「いくら魔法で保護していると言っても死ぬんじゃないか?とりあえず、基本60キロぐらいで行くから。ノってきたらもう少しあげるけど」
「了解。じゃあ、行きましょうか」
「目標は先に出たヴォルフの車を抜くことだな。最高時速50ぐらいって言ってたし、魔力効率もイマイチだったからたぶん抜かせるぞ」
「楽しみね」
「お二人は何の話をしているんですか?」
「まあ、ついてきなよ」
ナギとクレハに続いてガルニカ北門へと移動すると、ナギが腕輪からバイクを取り出す。
「物理法則とか完全に無視ね」
「今更それを言うか?」
「なんですか、これ?見たことないタイプの機巧装置ですね?共和国で流行ってる“自転車”とかいう乗り物に似ていますね」
「まあ、大体あってる。機巧式二輪って名づけた」
「名づけたってコピーしただけじゃない」
「中身は0から組み上げたぞ。――起動」
バイクを中心に魔法式が展開していく。
「重力制御と防御強化の魔法ですか……」
「というか、そんな魔法まで組み込んだら絶対倒れないし、死なないじゃない」
「いーじゃん、倒れないし、万が一ぶつかってもこっちは死なないバイク」
「極悪ね」
「しかも、ブレーキ付き」
「それは最初からつけてなさい」
式が安定し収束すると同時に、ナギがバイクに飛び乗る。
「行くぞ」
「ノーヘルでいいの?」
「一応着けるか?作ってるけど」
ナギがクレハに向かってヘルメットを投げる。
「ここまで服着せられてるなら完璧に仕上げましょうよ」
「まあ、お前がそういうなら」
ナギがフルフェイスのヘルメットをかぶる。
「ナギさん、ますます真っ黒ですね」
「だな」
「まあ、全身黄色のレザーよりはマシよね」
「そんなのも作ってたんですか!?」
「とりあえず、行くぞクレハ」
「ええ。じゃあ、またねジーナ」
ヘルメットをかぶったクレハがナギの後ろに飛び乗る。
「ありがとうございました」
「何にもしてないぞ。好き勝手暴れただけだ」
「ほんとにそうよね」
「そういえばそうでしたね」
「お前らな……まあ、いい。次、ガルニカに来た時は絶対に口説き落として見せるからなジーナ」
「えええっ!?」
「そうね。Lv.8の槍術師で騎士位の出身のなかなかのお嬢様なんてそうそういないものね」
「なんで私の詳細情報クレハさんにまで漏れてるんですか!?」
「じゃ」
「え、ちょっとまってください!って、はやっ!?」
追いかけようとしたジーナだったが予想していたよりもナギ達の加速が大きかったせいで一瞬で置き去りにされた。
「結局どこまで知ってるんですか――――!?」
「ジーナ、なんか叫んでるけど?」
「気にするな」
「というか一部しか伝えられてないけど、どこまで知ってるの?」
「戸籍に書いてありそうなことは大概」
「その眼ホントにどうなってるの?というかさすがにそれは嘘でしょ?」
「どうだろな」
クレハが懸念していた事故は起こらず、順調に街道を進む。
「どれぐらいで追いつきそう?」
「ヴォルフ達が出て半時間ぐらいだから、このペースで行けば15分ぐらいで追いつくんじゃないか?」
「そう、じゃあもっと速度を上げましょう」
「どれぐらい?」
「音の壁に迫るぐらい」
「お前、さっき自分で大丈夫か心配してた割には無茶いいやがるな」
「無理なの?」
「さすがにな。というかその速度だと制御できずにヴォルフ達轢き殺しそうだ」
「それはさすがにダメか……」
「マッハ0.1ぐらいでいいならやってみるけど」
「なんやかんやでノってくれるのね」
ナギがハンドルを握りながら、クレハに見えるように少し体をずらす。
「運転することもあるかもしれないから言っとくけど、右を手前でアクセルだ」
「知ってる」
「じゃあ、ブレーキはわかるとして、使うことはまずないと思うけど急加速するスイッチがある。ただ、これを使うと一気に溜めてる魔力食い尽くす。その代わり時速2400km/hぐらいなら出ると思う」
「是非押してみたいわ」
「押す時は半径10kmに人がいない平地で押せよ。それ使った場合はもう一回押せば急停止できるけど、その場合は乗っている人間がどうなるかわからん」
「つまり押さない方がいいのね」
「そういう事だ」
加速をやめ、スピードを維持する。
「これさえあれば大陸一周もあっという間ね」
「でも基本的に悪路を走るようには設計してないから、走れるのは舗装された道だけだな。そうなると出せるスピード上限も下がってくる。往来が多い道ほど速度を落とさないと街までに何人轢き殺すか……」
「まあ、使うときは考えるわ。というか、魔法で風の影響防げるならこんな恰好する意味なかったんじゃ?」
「自分で言ってただろう?オレの趣味だって」
「まったく……あら?」
目の前には無骨な装甲車が一列に並んで走っている。
さすがに定員オーバーなのか装甲車が大きめの台車を引いて走っている。
「思ったより馬力あったのね」
「むしろこれのせいでスピード出せないのか」
「ん?何だあれ……」
「おい、黒いのが猛スピードで迫って来るぞ!?」
後方の兵士たちがこちらに気づき、ざわつき始める。
ただし、ナギ達はその隣を真っ直ぐに通り抜けていく。
「はやいぞ!?」
「おい、なんだアレ」
先頭車両の前に滑り込むと派手にドリフトしながらブレーキをかける。
それに驚き、隊列は急停止する。
「タイヤ大丈夫?」
「大丈夫だろ。さすがに何度もやるとまずいけど」
前から二番目の車両からヴォルフだ飛び出してくる。
「何者だ!?」
「落ち着け、落ち着け。ちょっと挨拶しに来ただけだよ大尉」
「その声は」
ナギがヘルメットを取る。
「どうだろう。その装甲車の60倍ぐらいの機動力があるが、帝国軍で買ってもらえるだろうか」
「そ、それが事実ならば取り入れる方向で検討されると思うが、いったいどういう仕組みなのだ?」
「まあ、それは企業秘密だな。じゃあ、オレたちは先に行くから」
「コルテスで一泊するからまた会えるかもね」
クレハが手を振り、ナギがアクセルを回す。
騒乱の火種はガルニカを北上し、次の目的地へと向かう。
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